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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第5話 繋がり。

2022・09・25、本文微修正。



「……ま、まだ食べれるのか?」


「うんっ!おいしいからっ!」




 赤い『秘跡産果物ネクト』をペロリと綺麗に平らげた彼女が、干し肉にも手を出して暫く経った後の事。【空間魔法】で充分に確保していた筈の食料が短時間であっという間に消え去っていく光景を目にし、私は内心で冷汗をかき始めていた。



 充分な食糧を保存していたとは思っていたのだが……想像以上に彼女の消費量が速くて、このままでは確実に足りなくなる事がもはや火を見るよりも明らかだったのだ。

 だからこれは、折を見て一度『王都』の方へと食糧の買い足しに向かう必要があるだろうと、そう考え始めていた。



「…………」



 それにしても、彼女は今鬼人族特有のおへそ周辺が緩く開いている薄手の民族衣装を着こなしている訳なのだが……比較的動き易いようにと考えられたそのタイトな服を着用したままでも、あれだけの食糧を腹に収めたにも関わらず、一切そのお腹はポコリとも膨らんではいなかったのである。



 正直、不思議な光景だった。

 いったい机の上にあったあの山盛り達は何処に入ってしまったのだろうか?


 ……まあ、一応その疑問に対しては知識として『種族的な特徴』が影響している事は知ってはいた。



「…………」



 元々、『鬼人族』とはおへそ周辺から自然の魔素を取り込み、それを体内に循環させては肉体を強化する──という方法を生まれた時から自然体で行っている種族なのだが、他にも口に入れた食物の殆どを完全に体内で活用して、ほぼ排出等もしない──という、そんなとんでもなく素晴らしい消化器官をもつ種族でもあるのである。



 だからまあ、こればかりはほんと何度見ても驚きを覚えるばかりなのだ。

 ……知識はあっても、それを目にする度に『限度はないのだろうか?』とその都度思うし、消えた食物達の行方を考えるとその都度不思議にも思う。


 そして、その感覚はきっと自分では絶対に得る事の出来ないものなのだろうなと感じるだけで、そこには『世界の深さ』を想うのである。



 無論、少々大げさが過ぎるかもしれないが、『自分に出来ない事を他の人が出来る』と言うのは、それだけ素晴らしいとも感じるのだ。


 ……それに、彼女のその『才能』は、私の知るどの鬼人族の者達と比べてみてもかなり突出している事も察したのである。



「…………」



 だから、これは少し、彼女に対して指導しておく必要があるかもしれないと、その瞬間の私は考え始めた。

 彼ら鬼人族は取り込んで循環させた力の分だけ肉体を強化出来るという特性を持つ訳なのだが、その『加減』を知らないと周りの大切なものまで傷つけてしまうという恐れがあったから……。



 無論、子供の内からその扱い方に慣れていけば自然と身に着く筈の手加減と言うそんな初歩的な技術ではあるのだが……視た所、それこそ彼女の場合はその量が桁外れであり、無邪気に抱きしめた相手が水袋の風船の様に腕の中で破裂してしまうなんて言う──そんな、悲しい出来事が実際に起こりかねない懸念を抱く程であるならば、それをこのまま見過ごしてよい問題ではないだろうと、咄嗟に私は思い至ったのである。



 それに、これを運命と言っていいのかは分からないが、私はこと魔法に関して言えばかなりの自信を持っており、彼女の場合もこの魔法の枠組みに入れてしまえば『解決の糸口』はもう目の前にぶら下がっているようなものだとも感じた。



「…………」



 と言うのも、鬼人族達がおへそを起点に体内で循環させている力と言うのは実は『魔力』の事であり、私の様な『魔法使い』はその魔力の扱いに長けている者達なのである。


 よって、彼女にもその魔法使いになって貰えば、体内循環を更に精密に行う事ができ、余剰な魔力は体外に放出する事で対処が可能になるだろうと考えた訳だ。



 鬼人族はあまり魔法を好んで使う者が少ないらしいが、それは単に彼らが『体内魔力を中途半端に魔法に回すぐらいなら、体内の循環を高めて肉体を強化した方が絶対に強い』という常識があるからであり、恐らく目の前の彼女においてはその体内循環を十分に高めてもまだ十分に魔力が残るだろうと予想もさせた。



 ……いや、正直残るどころか、その力はきっと並みの常識を大きく超え、やがて大魔法を自在に扱うに足る『才能』へと至るのではないかと、内心私に武者震いに近しい感覚を与えた程でもあったのだ。



「…………」



 だから私は、その頃にはもう、きっと彼女へと『特別な視線』を向けていた様に思う。

 そして彼女の方も、満足した様子で私へと視線を向けていたから、自然と私達の視線を交わる事となった。



 瞬間、私は自分の中で、何かがカチリとはまる感覚を得た気がする。

 ……一目会った時から、変わらないその無邪気な笑顔は美しく、基本無表情がデフォルトである私にはとても眩しくも映った。その笑顔が陰らない様にする為にも、私は彼女には是非とも魔法使いになって欲しいとも思ったのだ。



 だがしかし、いきなり『魔法使いになってくれ!』では、彼女を納得させるには上手くいかない気もした。……それに、幼子の様な相手に対して、上手く口だけで説得して興味を持たせられるかと問われれば、私は己がそれに適さない事を痛いほど理解もしていたのである。



 なので、結局私は彼女に「見せたいものがある」とだけ告げて、彼女の手を引きながら家の外へと続く扉に向かって歩き始めたのだった。


 無論、彼女はその突然の出来事に、首を傾げてはいる。……が、それでも素直について来てくれる気にはなったのか、幸いにもその歩みは私へと続いてくれたのである。



「…………」



 そして、これは持論に過ぎないのだけれども……私は魔法を覚える際、自然の中に身を置いた方がより良いと考える、そんな少し古いタイプの魔法使いでもあった。


 今時は王都などに行けば、素質がある子供達へと魔法を教えてくれる専門の学園などもあるらしいとは聞くが、魔法とは本来彼ら(・・)の領分の技であるからして、そんな彼ら(・・)の存在を身近に感じた方がその分だけ習得も早まるだろうと。早まる気がするというのがその理由にあったからである。



 そして、ここで重要なのは『そんな気がする』という──その、ほんの小さな感覚の差異に気づけるか否かが、最も大事だったりする訳で……。


 何事も『最初が肝心』と言う言葉もあるだろうが、最初にその差異を感じる事が出来れば、魔法の感覚がより鋭敏になり、きっと強力に育つだろうと。無邪気な彼女の事だから、きっと彼ら(・・)とも仲良くなれるだろうと、私は不思議と確信してしまったのである。



「……そう言えば」


「うん?」



 だから、そうして彼女の手を引いて外へ通じる扉を出た時──。

 私が住まいとしてお世話になっている大樹の周辺には、特殊な薬草畑や花々でちょっとした花の絨毯のような綺麗な状況が広がっているわけなのだが、そこへと至った瞬間、私は今の今まで忘れていた大事な事を一つ思い出したのだった。



 同時に、私は彼女へと見せたいものを見せる為に、魔力を使い周囲の風へと呼びかけも始めた。

 花々はその風に揺れ、ほのかな香りが辺りを舞い、私が着ている薄手の白いローブもゆったりと風を受け止めて靡いていった。



「うわぁ!」



 最初に白いローブが浮き上がり、次いで風で地面から離れるに続き、私の足もゆっくりと浮き上がる。


 そして、私に手を引かれている彼女の身体もまた、それに続く様に軽やかに地面から離れ始めたのだ。



「浮いてるーーっ!わぁぁぁー!すごーいっ!」



 彼女は、自分の身体が宙に浮かんでいる事に驚くと、興奮と同時に恐怖も感じたからか『──離さないで』と言うかのように私の左手をぎゅーっと強く握りしめ、満面の笑みで感動の声をあげた。



 予想以上に、彼女が喜んでくれている事に私は好感触を得て、話を一旦止める。

 足元が花の絨毯の上スレスレ位を飛び続ける様に高さと速度を調整すると、私達はその上をまるで滑るかの様に流れて飛翔していく──。



「すごーいっ!すごいよッ!!」



 すると彼女は『凄い』という言葉を何度も何度も繰り返しては、楽しそうにずっと笑っていた。

 そこまで大した事はしていないが、こんなにも無邪気に喜んで貰える事に私も幸いを思う。


 ……そして、暫くはそのまま飛び続け、次第に彼女の心が落ち着いたところで、『魔法使いについて』の話をしてみようと、そんな心積もりでもあった。



「…………」



 だがしかし、そんな私の思惑とは裏腹に、彼女の無邪気な声に触発されたのか、次第に落ち着くどころか段々と騒がしさは増していき──花畑のそこかしこからは急に小さく『ラーラーララ―』とハミングの様な歌声が一斉に聞こえ始めたのである。



「なんか聞こえるっ!?聞こえるよッ!」



 それに、これはなんとも驚いたことに、彼女はちゃんとその声に気づいてくれたのだ。


 ……彼ら(・・)が初対面の相手に、ここまでノリノリに歌ってくれているのも珍しくはあるのだが、彼ら(・・)もきっと喜んでいるのだと思う。



「…………」



 いつもながら、その歌からは彼らの優しさが伝わって来るようだ。頭も下がる。感謝しかない。

 普段はここまでこちらへと歩み寄って来てくれる事などまず無い筈だが、もしかして彼らも一目で彼女の事を気に入ってくれたのかもしれないと思った。



 それとも、私の想いが伝わったのだろうか……彼らからは『協力するよ』と言う心も感じる。

 出来る事なら、彼女とも良き関係を築いていって欲しいと思う。



「……これは歌。彼ら『精霊達』が、私達へと喜びの歌を歌ってくれているのだ」


「──精霊の歌っ!?すごいねっ!すごいきれい!」


「彼らは自然と寄り添う者達。私達の良き隣人達だ。良かったら君も彼らと仲良くなって欲しい」


「どうすれば仲良くなれるのっ?いっしょに歌えばいい?」


「それもいい考えだ。だが、それよりももっと確かな方法がある──」



 そして私は一旦そこで言葉を止めると、『精霊達』の歌を背後に彼女の手を引いて一気に大樹の頂上まで浮かび上がったのだった。


 私達が今いるこの森はとても広く……大樹の天辺から一望して見えたのは地平の果てまで広がる青々とした木々の海が、どこまでもずっと続いている。


 肌に感じる今の季節は少し日差しがきついものの、生命の力強さを感じる事も出来て、私はこの景色も凄く気に入っていた。私の好きなものの一つだった。



 辺りには風が舞い。私はそんな好きなものを彼女にも気に入って欲しいと思った。

 大樹の上、天辺を間に挟み、そんな同じ光景を眺める彼女へと、続く願いを込めて言葉を紡いだのだ。



 『──魔法使いに、君もなって欲しい』と。



 私がそう告げると、彼女は私の方を見上げ、出会った時と同じ様な無邪気な顔で微笑み……。



 『──うんっ!なりたいっ!!』と、即答した。



 そうしてこの日、精霊達の歌に包まれながら、新たな魔法使いが生まれたのである。




またのお越しをお待ちしております

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