第497話 自称。
『神は降参する』──と、神からの伝言だと言うそんな言葉を発した『毒々しい槍を持つ者』は、また『ニタリ』と嫌な微笑みを浮かべている。
……ただ、そんな伝言に対しても私が表情一つ変えない所を見ると、肩を竦めて『面白くもない反応ですのね』とでも言うような、深いため息を一つ零したのだった。
「──まあ、敢えて言わせて貰うのであれば、『わたしが知る神々の一部』が、そんな事を話していただけ、という話なんですけれど……。そもそも、この世には様々な分野に神様がいらっしゃいますから、考え方や在り方なんて言うのも様々なんですのよ?──だから、意見の食い違いも多くて、好き勝手にそれぞれのやりたい事を追求する方々ばかりで……って、ご存知でした?」
「…………」
『毒槍を持つ者』は、『話したいと言う欲』が強いのか、溜息を吐いた後からは私の反応などお構いなしに自分の言いたい事を暴露し始めた。……その様子からは、嬉々とした感情と共にある種の狂気を私に感じさせる。
彼女は『神』と自称している存在達とだいぶ近しい所にいるらしいので、己の知る神々の話を──その不満を、止めどなくぶちまけていた。……敵側である私に『あなたの相手している存在はこんなものなのだ』と語る事によって、精神的な安定を図っているかの様にも見える。
『毒槍を持つ者』は恐らく、『神々』に対しての『尊敬の念』と言う感情は非常に薄いのだろう。
寧ろ、その言葉の端々には、嘲笑が混じっている。
『神』と言う存在の愚かしさを伝える事によって快感すらも感じている様だ。
……実際、彼女は語りながら神々を馬鹿にし続けていた。
曰く、『自分達から仕掛けた癖に、今更、降参だなんて、なんて愚かなのだろうか』と。
曰く、『それならば、最初から仕掛けなければよかったじゃないか』と。
私と言う存在が、基本的に『攻め』よりも『守り』を重んじていると言う事で、彼女は仕掛けなければこちら側に被害が出る事もないと、私の様な耳長族の事など放っておいたほうがいいと──実際に申した事もあったそうだ。
「…………」
……だが、そんな彼女の言葉はある意味当然の如く、神々には届かなかったのだと言う。
そもそも、神々によって生み出されし彼女達は、その命令には従わなければいけないと言う『性質』を持つのだとか。
だから、内心で幾ら『嫌だ』と思っていても、一度命令を受ければその通りに行動するしかない。
そしてその結果──彼女の仲間の多くは『大樹の森』を襲撃し、誰一人帰らぬ者となった。
「あなたのような『化け物』に挑めばそうなる事は最初から……考えるまでも無く分かっていた事です。……下手な小細工を幾つ弄した所で、神々ですら直接戦って勝てぬ様な存在に、どうしてわたし達が勝てると思ったんでしょうね……本当に、愚かですわ──」
「…………」
──それほどまでに、私の存在と『大樹の森』と言う『魔境』が、神々にとって許せないものだったのか……その理由についても、彼女には全く意味がわからなかったのだと言う。
……そして皮肉な事だが、最後の最後までそんな神々の意思に抗う『心』を持ち続けた彼女だけは、ある意味で『神の命令に従わねばならない』と言う呪縛から解放され、『大樹の森』と言う死地に辿り着く前に逃げる事が叶ったのだそうだ。
──それは言わば、私達で言う『差異』を超えた瞬間だったのだろう。
彼女は、一つの『壁』を超えるに至った。
そして、それまで不明瞭だった『心』に、大いなる前進を感じたのだとか。
……要は、彼女は『自由』を手に入れたのである。
「──でもですね。そんなわたしの『変化』になど、神々は気づきもしないんです。……まあ、正直な話それどころじゃなかったのでしょうね。多くの手駒を失った混乱から余裕がなくなっていて──たった『一人』、生き残ったわたしの事など既に眼中にありませんでした。逃げた事を咎めるでもなく、生存を喜ぶでも無く、また元の活動に励めと、神々の役に立てと、……ただ、それだけでしたわ」
「…………」
その瞬間、彼女は『……ふざけるな』と強く想ったらしい。
彼女の生まれた意味を、その是非を、こんな者達に左右されたくないと、その時強く強くどこまでも強く、彼女の『心』は抱いたそうだ。
そして、その結果──
「──『喰らって』やりましたわ!!ええっ!それはもう!爽快な気分でしたねっ!!フハハハハハッ!!」
……恐らく、彼女が『話したくて話したくて仕方がなかった部分』はまさにそれだったのだろう。
口を裂けんばかりに大きく開くと、歯を見せて彼女は高らかに笑い続けていた。
何人かの『神と自称している存在達』を、不意を突いて彼女は文字通り食べてやったのだと。
そんな彼女は嬉々として語る、『神の力』なんて全然大したものじゃなかったと──。
そんな彼女は狂気と共に笑う、『神の味』も全然美味しいものじゃなかったのだと──。
……寧ろ、こんなもの(『神』)を口にする位ならば、『人』を喰らった方がまだ幾分も美味であったと──
「…………」
……そしてその果てに、私がそれまで『モコ』と呼んでいた存在の一人──正確には彼女曰く『神人』と言うらしいが──『毒槍を持つ者』は悟ったらしい。
『この世に、神々など不要なのだ』と──。
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