第495話 呉。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『わたしの事、覚えていらっしゃるかしら?』
紫と黒のまだら模様と言う毒々しい色合いをした槍を軽く携える女性──恐らくは『良くわからない存在達』に類するだろうその者から、突然の背後攻撃を受けた私は、寸前の状況に対する『読み』も冴えて咄嗟に【空間魔法】の収納から『木製の大剣』を取りだす事で防ぐことに成功したのであった。
そして、そんな彼女の方へと目を呉れると、彼女はさも私と知り合いであるかの様なそんな発言をした後、『ニタリ』と嫌な微笑みを浮かべているのである。
「…………」
「…………」
……ただ、それに対する私の答えは、申し訳ないが『否』であった。『誰だろう』と思っている。
一見して、槍も持たずに普通にしていればただの街娘と言って差し障りない格好の相手……どこかで見たのかもしれないが、あまりにも普通過ぎて逆に誰だかわからなかったのだ。
でも、それを敢えて相手に教える事もあるまいと、私は沈黙を選んだ。
『会話をする為にここに居る訳ではないのだ』と言う、そんな意思表示もしておこうと思ったのである。
……そもそも、戦闘の合間にベラベラと話し始める相手の心境が未だによくわからない。
これは別に私が口下手だからとか、そういう理由でもないのだ。
どちらかと言うと、『本気の戦いをそもそも楽しむ』と言う感覚が私にはないのかもしれない。
勿論、言葉で『相手の陽動や挑発を目的とする』事もあるだろう。それであれば私もまだ意味が見いだせる為に理解はできるのだが──
「……はぁ、やだやだ。折角の戦いなのにそんな顔。少し位話をしてくれたって『天罰』は下らないわよ?」
──いざ、こうして対面し戦うだけの様な状況で、彼女の様に自ら『隙』を生むだけのその行為においては、なんと愚かしい事かとそう思えてしまって仕方がないのである。
……現に、そんな言葉を発している彼女の左後方からは、私が既に周囲へと警戒用に仕掛けておいた『糸付きの泥』がひっそりひっそりと近寄って来ており、もう少しで『突撃スタンバイ位置』にも到着する所であった。君も『ジャリジャリ』を喰らうがいい──
「…………」
──とは言え、実際にはそんな風に偉そうな事を考えておきながらも、現状の私はかなり不利な状況ではあった。
なにしろ、どう足掻いても魔力量的にこれが精一杯であり……実は、これ以上殆ど何も出来る事がなかったりはするのである。
捉えた『無色透明の存在』も、『毒々しい槍を持つ女性』も、後はこの『木剣』でどうにかする位の魔力しか残っていないので、今は私からも不用意に仕掛ける事が出来なかったりするのだった……『泥』でまた気を逸らしてから、一撃を狙う位が精々だろうか。
その為、もしもの時を考るならば失敗する事も考慮し『内側』の皆に話をして呼びかける必要があるのだけれども……実は『内側』の方では今、エア達が大層気持ち良さげに『ウトウト』としている最中であり、それを邪魔するのが私としてはなんともしのびない状況でもあったのだ。
『命と比べたらそんな事……』と、中には思う者もいるかもしれないが、私にとってはその『そんな事』がとても大事で──エア達のその幸せそうな笑顔を守る為に、私と言う『領域』は生きているのである。
よって、結局はこのまま目の間の彼女の話に付き合いつつ、なんとか『隙』を突いてどうにかするしかない訳なのだが──
「……そうそう。そう言えば『天罰』で思い出したのだけれど……貴方に『神』から伝言を持って来たわ──それによるとね、どうやら『神は降参する』そうよ」
──と、何ともこれまたいきなりな話が彼女の口から飛び出してきたのであった……。
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