第489話 既視感。
「ロム、良かったらお前の『髪か血』か、何か『身体の一部』を貰えないだろうか?」
「──え゛ッ!?」
『外側の私』が『尾行者達』に『泥』を喰らわせ街から去った翌日の事……。
『内側』にて、友レイオスが私の部屋を訪ねてくると、寝ていた私に向かって彼は突然そんな事を言ってきたのである。
その為私は、これまで一度も出した事が無い様な、濁った驚き声が思わず出てしまったのだった。
……街で『素材扱い』を受けたばかりだったので、思わず過敏に反応し過ぎてしまったらしい。
当然、レイオスや『内側』の皆はその事を知らないので、何故私がそんな声を上げたのかと逆に彼は不思議そうに私を見ていた。
……ただ、『ダメか?』と聞きたげである彼の表情に対して、私は正直『別に嫌ではないのだが……』と、少しだけ微妙な心持ちになってしまう。
まあ、街であんな事があったばかりなので、仕方のない話である。
だが、分かってはいたものの、『まさかレイオスにまで『素材扱い』されてしまうなんて──』と、一瞬でもそんな事を考え過ぎてしまった自分が、なんとも少し恥ずかしかった……。
「…………」
「……ロム?」
「……ん、いや。なんでもない。それで、髪でよいか?」
「ああ」
ただ、幸いな事に私の表情自体は普段と全く変わらなかったので、レイオスには一切気付かれなかったらしい。大丈夫である。
それに、『髪を渡しても、彼ならば悪用もしないだろうし。まあ、いいか』と途中で冷静にもなれた。
『ちょうど伸びて来た所だったし、こんな髪でよければ別に幾らでも』とも思い、私は左手で耳の後ろ側にある髪を少しだけ無造作に掴むと、それを魔法で切──
「──え゛え゛ッ!ロム、髪切っちゃうのッ!?」
──ろうと思っていたのだが、今度は急に私の隣からそんな濁った声が急に聞こえてきたのであった。……びっくりした。
だがまあ、言うまでもないけれども、エアの声である。こちらもだいぶ珍しい。
因みに、エアが私の隣で寝ていたのは、ここ暫く『看病のついでだからっ!』と言って、夜にそのまま私の部屋で寝ていこうとするので、エア専用のベットをもう一つ部屋の中に用意し、そこで寝てもらっていたからであった。……先ほどまでは私の看病疲れもあってぐっすりと眠っていたのである。
エアは当初、『べ、別のベッドなんだ……ロムと一緒じゃダメなの?』と言って来たりもしたのだが、寝具と言うのは意外と個人差があるものなので、前にも説明したかもしれないが『その人に合った物である方が身体への負担が少なくなるのだ』と説得し、エア用のをちゃんともう一つ置く事にしたのであった。
……まあ、稀に使うだけならば一つのベッドだけでも十分だと思うのだが、何度も使うのであればやはりエアには『エアに合った装備』をさせてあげたいと思うので、頑張って作ったのである。
これまた因みに、私の寝床は若干固めで作ってあり、エアのはフカフカ割合が多めになっていた。
エアは身体が少し沈むくらいの感じが好きらしいので、ご要望に沿った形である。……うむ、どうやら今日も確りと御愛好頂けたようで、目覚めも良いらしい。作った私としても大変嬉しい限りであった。
「……おはよう。エア」
そこで、そんな柔らかふかふかベッドに沈んでいる状態から、いきなり『ガバっ!』と身を起こしたエアに先ずは挨拶を一つ。
ただ、そのベッドの効果もあってか、エアは勿論の事凄くスッキリと元気な寝覚めをしてはいるのだが、一緒に寝ぐせの方も元気よく『ピンッ』と跳ねているので、私はいつも通りそんなエアへと浄化をかけると、魔法ですぐさまその寝ぐせをせっせと直していくのであった。
だが、その一方でエアの方は自分のそんな寝ぐせの事よりも先ず、私の髪について聞き捨てならない様子で──
「おはようっ!──でも待ってっ、挨拶よりも前にさ!二人とも今、か、髪を切るって!ろ、ロムの髪を切っちゃうって話、してなかったっ!?」
「……あ、ああ」
「……してたな」
「なんでっ!!それは止めた方が良いと思うッ!!はいっ、ぜったいに反対ッ!」
──と、エアは『挨拶どころの騒ぎじゃないぞ!』と、『今はそれよりももっと大事な事があるでしょう!』と言わんばかり剣幕である。
私が髪を切ろうとするのは、全力で阻止する構えであった。……エアはそんなに私の髪に対して拘りがあったのか。初めて知ったのである。
「……なにか理由があるのか?」
「だって!ロムの髪は──」
──と言う訳で、反対理由があるならとエアに尋ねてみたのだが、どうやらエアにもちゃんとした『拘り』があったらしく、長めの反論が返って来たので……今回は少し割愛させて頂こうと思う。
途中からは何故か匂いの話にまで発展していたので簡単にまとめるのだが、要はエア曰く『今の髪型が凄く似合ってるから変えないで欲しい』という話であった。
その為、私としても『そ、それならまあ、仕方がないな』と思わず普通に嬉しくなってしまって、エアの反論にそのまま納得してしまったのである。……エアさんは凄く説得がお上手です。
『まあ、そうであるならば……』とレイオスも同じくエアの勢いに負けたのか、その想いを尊重してくれたらしい。一度は引き受けた話だったのだが 彼には申し訳なくも結果的に『私の髪』は諦めて貰う事になったのだった。
……ただ、そうなると今度は、『髪が切り頃になるまで待つか』『血』や他の何かを渡すかと言う話になってくる訳なのだが──実はそちらの場合、少し身体に痛みを伴う必要がある『血』等が、『領域の調整』にも少し影響を及ぼしかねないと言う理由から断らざるを得なかったのである。
なので、結局レイオスのその頼みは、私の『髪が伸びるのを待つか』『体調が戻るまで少しだけ待って貰う』という事になるのだが──
「──分かった。俺はそれで全然構わない。それよりも、朝からすまなかった……」
「いや、こちらもすまぬ……」
──という感じで、『また時機をみて、改めて話そうか……』という方向でまとまったのであった。
……ただその際に、ふと今更ながらに疑問に思ったのだが、『レイオスはなんでそこまで私の一部を欲したのだろうか』と、少し私は気になってしまったのである。
『彼ならば悪用しないだろうから』という──そんな信頼だけで普通に引き受けてしまった訳なのだが……。
『もしかしたら何か急ぎで必要だった可能性もあるし、ここはちゃんと聞いておいた方がいいかもしれない』と思い直し、私は改めて尋ねてみる事にしたのである。
──でもまさか、彼に限って『魔力』や『永遠に等しい命』が欲しいからとか、そんな事を言い出したりはしないとは思うのだけれども……それでも不思議となんだか、私の『心』は微妙な落ち着きのなさを感じてしまうのであった。
「…………実はな」
──だが、そうして案じていると彼は、少しだけ沈黙し照れるようにして頬を掻いた後、私達から斜めに視線を逸らしながら一言、ポツリとこう零したのである……。
『加護矢が欲しくてな……』と──。
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