第487話 内聞。
『……うーん、どうやら今日は宿に入ったまま出てくる気配がないわねー。やはりあの商人と何かしらのやり取りが目的だったんじゃない?』
『だが、アレがこの街の宿に居着いてから、これまで全く接触してこなかった相手だぞ。流石に無関係ではないのか?『視た』感じ親しい訳ではなかったのだろう?』
『……何も無いと言う訳でもなさそうだったがな。ただ、あの店はギルドにも近く、俺も何度か利用した事があるが……まさかあそこの店主が、あの耳長族と繋がりがあるとは思いもしてなかったな……』
『この街に来てから、街中では殆ど怪しい動きもないし、誰かと交友している素振りもないもんねー。基本的にはずっと宿とギルドを往復して、つまんない依頼を受けるだけ……。本当、何が目的なのかしら、あの白いエルフ。街の外に出ても適当に森の中を散歩するだけなのよ。依頼の品は採取する事もあるけど、その殆どは既に自分の収納から取り出すだけだしさ……。森に何か仕掛けられたかとか、収納からとりだした品物に何か悪い細工がしてあるのかとか色々と疑って調べてみたけど何も出ないし……。あの表情という事もあって、アレが何を考えているのかは本当によく分かんないわー』
『……だが、あれこそが行く先々に破滅を齎していると噂の『伝説の泥の魔獣』である事は間違いないのだろう?』
『ああ──だが、そんな情報を寄越した側である教会の方は『手出し無用』との事だったがな……まったく馬鹿ばかしい話だ』
『あれが歩くだけでその土地の力が弱まっていき、ひいては滅びへと導くと言う話だからな。危険である事は理解している癖に、奴らは手を汚したくないらしい。何かしらの対処はこちらに全て丸投げと言う訳だ。……本当に浄化教会の奴等もいい性格をしているものだよ』
『全くよねー。……でも、折角そんな貴重な存在なんだからさぁ……活かさないのは凄く勿体ないと思うのよねー……それこそ、その『力』も『身体』も……みんな、調べてみたいと思うでしょう?』
『…………』
『…………』
『…………』
『……フフフフ、皆、正直ねー。……でもそうよねー、軽く千の時を生きる伝説の魔獣ですものー、誰だって興味が湧くわー』
『一見すると普通の耳長族にしか見えないその姿も、きっと仮初めのそれだろうしな』
『ええ、そうね!あの身体にはきっと神秘がいっぱいよ』
『……それも、かの聖人曰く『その存在は、まさに魔法の権化であり、およそ百の竜を並べたとしてもそれが有する魔力量には遠く及ばず。その身は大地の澱みそのものである』とか──もしその逸話の一節が正しいのなら、あの身体の中にはきっと誰もが想像できない程の魔力が詰まっているだろう……』
『ええ、きっとそうね!それこそ、竜百体分でも魔力があるなら、今まで出来なかった実験や魔法の開発も大きく進むでしょうね!』
『うむ、あの身体を切り刻んで、何で出来ているのかも実験できれば、長生きの秘訣もわかるかもしれんしの』
『……ええまあ、そうね。でも、出来るだけ暫くは生きてる状態でも活用したいわー。そもそも、それだけの魔力をどうやって蓄えているのかも気になるし、個人的にはあの見目の麗しい身体を使ってぇ、ちょっとだけ楽しみたい事もあるしぃ……フフフフ、考えだしたら活用法なんて幾らでも出てくるわね』
『……とにかく、皆、アレを手に入れる事は賛成なのだな?』
『あらー?あなたはそうじゃないの?』
『……いやまさか。一応の確認を取っただけだ。儂でもアレには興味が湧く。……いや、あれ程の魅力的な素材に対して、興味が湧かぬ錬金術師はおるまいて』
『フフフフ、気持ちは分かるわー。わたし達魔術師から視ても同じですものー』
『──アレの血も骨も皮も、一欠片、一滴すら無駄にはできんぞ』
『……アレは言わば歩く宝だな。強大な力と永遠に近しい命か……全ての魔法使いや錬金術師達が望む物が詰まっている』
『うんうん。わたし達の為、魔法使いや錬金術士の技術進歩の為、ひいてはその先にある多くの人々の幸せの為に──アレは絶対に必要よ。喉から手が出るほどに、ね……』
『……ならば、そろそろ行動に移してもいいのではないか?』
『うむ、確かにな……それに、流石にこれだけ監視をすれば、もう十分に奴の──』
「…………」
──と、そうして何となく聞こえて来た話に暫く耳を傾けていたら、色々ととんでもない話を聞いてしまった私なのであった……。
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