第479話 守護。
「……すまない、ロム」
本来ならば話すつもりはなかったのだが、言った後になって『あっ……』と、私は自分の秘密を口走ってしまった事に気づいたのであった。……どうやらまたポンコツな所が出てしまったようである。
ただ、私のそんな言葉を聞いてしまった友としては、その話は十分過ぎる程に衝撃的な内容だったらしく──彼は酷く申し訳なさそうな表情をすると、すぐさま深く頭を下げて私に謝ってきたのであった。……いや、正直こちらの方こそすまない。
そのつもりはなかったとは言え、レイオスに地雷を踏ませてしまったようなものである。彼にそんな顔をさせたい訳ではなかったのに……。
だから、私は彼に対してすぐさまこう返したのであった。
『君が謝る事は何も無いのだ』と──。
「──それどころか君は、私に気を遣ってくれたのだろう?だから、『ありがとう』。レイオス」
その時私は、今更ながらになんで彼がこの話を持って来たのか、なんとなくだが理解できた。
……勿論、それが本当に合っているのかは分からない。
ただ、私が思うに、彼は自分達が結ばれようとするこの機会において、『私達の幸せ』も願ってくれたのではないだろうかと、私はそう感じ取ったのである。
『幼馴染である三人の中で、ロム一人だけ残す事が無いように』と。
『そして、あわよくばお互いに子供が出来て、その子供達も仲良くなってくれたら素敵だな』と。
──そんな風に想ってくれたのではないだろうか。
そうして私達みんなが幸せに笑い合える──そんな優しい未来予想図を、彼は思い描いてくれたのではないかと、私はそう想ったのだ。
いや、もしかするとこれは彼だけの考えではなかったのかもしれないな。
今頃はエアの方にティリアがその話をしに行っているかもしれないと私は思った。……うむ、そんな気がする。敢えてあちらの様子を『視る』事はしないけれども、そんな予想が容易にできたのであった。
──要は、友二人はこの祭りに際して、私達の関係をちょっとだけ進めてくれようとしたのであろう。
『レイオスとティリア』とまではいかないが、『私とエア』もかなり長い付き合いだからな……。
それこそ『人』で言えば、もう何人か子供が居てもおかしくないだけの時間だし、長命な種族においても普通に子供を得て夫婦になる者が居ても珍しくはないと想う。
『普通にであったならば』、今回の事は何もおかしな事にはならず、友二人の気遣いと言う名のその『企み』も本来ならば問題無く成功する類の『ちょっとした優しいお節介』になっていた筈なのだ。
「…………」
──だからまあ、それがこのような結果になってしまったのは、なんとも皮肉な話ではあった。
誰が悪いと言う訳ではないし、仕方のない話なのだから。
……まあ、強いて言えば悪いのは『私』だけである。
「……ロム、俺は──」
ただ、時に人は、悪気の無い一言によって誰かを傷つけてしまう事があるだろう。
正しいが故に、余計にその一言は重く鋭くなってしまい、相手の『心』を深く抉ってしまう事がある。
そして、同時に相手の気持ちを慮るがあまり、言われた方よりも言った方が傷ついてしまう事もまたあるのだ。
『そんなつもりはなかったのに、俺はなんて酷い事を言ってしまったのか』と、気に病む事が──。
……恐らく、今のレイオスは酒も入っているので、尚更そんな状態になっているのではと思った。
彼の場合、後悔を強く感じてしまう部分がある為、余計にその想いを抱き易いと言うのもある。
視ると、また自分で自分を責めている様な気もした。まるであの『岬の小屋』に居た時の様に……。
──ええい、悪い酒になっているぞ!
私とエアも酔うと記憶を無くして暴れまわるらしいが、レイオスもあまり酔い癖は善くない方だったようだ。
「…………」
──それに、実際問題として確かに私は『子を作れない』かもしれないけれど、それは既に覚悟の上でもあった事なので、本当に気にはしていないのである。
という事で、先ずはその悪い酔いや迷いを払拭する意味でも、彼には確りとその事を伝えていこうと思う。
君は思わず話題に出してしまっただけで何も悪い事はしていないのだから、謝る必要はないのだぞ、と。
……先ず、それは分かって貰えるだろうか?
「……わかった」
よしよし。それに最初の発言もだが、あれも少し私の言い方が悪かった様に思うのである。
……ほら、先ほど『君が言った通り私は化け物だ。だから子も出来ないのだ』みたいな言い方をしてしまっただろう?あれも正直、良くなかったと思う。
私がもう少し考えてオブラートに包んだ話をしていれば良かったと思うのだ。
だから、レイオスは何も気に病む事はないのである。
君は思いやりをもって、私とエアに優しい提案をしてくれようとしただけだからな。
気を遣ってくれて、私は嬉しく想っているのである。……これも分かるか?
「……ああ、分かった」
そうかそうか。よーしよし。……では、もう自分の事も責める必要もないのだぞ。レイオス。
それに、かつて君達の『王』が言ってあげられなかった分も含めて、勝手ながらも私は君に言いたいと思うのだが──。
『レイオス、これは私が自らが選んだ道だったのだから、後悔はないのだ』
「…………」
──要は、『こうなったのは私自身が望んだ結果なので、君が悲しみ後悔する事はないのだよ』と言いたいのである。
これもまた、少しだけ突き放すような聞こえ方になってしまうかもしれないが、『こちらに後悔はないのだから、君も後悔するな』と伝えたかった。……まあ、『王』が本当にそう思っていたのかは私にはわからない。
ただなんとなくも、『今の彼を見ていると『王』もそう想うんじゃないか』というだけの想像であり、何とも身勝手な話なのだが、それが私の素直な気持ちでもあったのだ。
私としても、大切な者達を守る為にこの身を『領域』へと変えたわけだが、それを間違いだったなどとはこれっぽっちも思っていないのである。
それに、子は出来なくとも、私にとっては『精霊達』や『ゴーレムくん達』、そして『大樹の森』に居る皆は私の大切な者達であり──言わばその『全員が子供』みたいな感覚なのだ。
だから、言ってみれば今はレイオスやティリアだって、私の子供みたいなもので……。
「……それは、わからない」
「……そ、そうだな」
……確かに、流石にそれは違ったか?だがまあ、言い過ぎかもしれないが、気持ち的にはそんな感じなのである。
だから、兎にも角にもそう言う訳で、もう一度告げるが、レイオスが気にする必要は全くないのだ。
私は気にしてない。レイオスも気にしない。二人共平気で、二人共大丈夫だ。……分かるか?
「……分かる」
よーし。それにな、正直な話をするならば、君がこの話をしてくれて、私は気にする所か今では喜ばしくすら想っているのだ。
……と言うのも、この地で君達が親になる姿を、私はこれから見守れるのだろう?
──それが楽しみでない訳がないのである。
だから私は『領域』として、精一杯君達の幸せと、そして生まれて来る君達の子供の幸せを、ちゃんと守っていこうと──そう奮起している所なのだ。
「……ロム」
「──ああ。だから、任せて欲しい」
君達の幸せは私が守る。私の魔法はきっとその為にあるのだから──。
「……わかった。ならば俺も、その幸せを守る為に協力する。全力を尽くそう」
「……そうか。ならば今後もよろしく頼む──」
「ああ、任せてくれ」
……と言う訳で、私のそんな言葉を聞き、いつしかレイオスの酔いも醒めたのか──彼は元の表情に戻るとそう言い確りとした頷きを返してくれたのだった。
彼と言う存在を、私がどれだけ頼もしく想っているか、それは最早説明するまでもないと思う。
それに彼が『全力で尽くす』と言えば、それは言葉通りの『全力』である事も私は当然ちゃんと信じているのである……。
なので──
「──それじゃあ早速で悪いのだが、その全力を尽くしやって欲しい頼みがあるのだ。……恐らくだけれども、エアの方にもティリアが『子作りの話』をしているのではないかと私は予想しているのだが、……それを止めて来ては貰えないだろうか?」
「…………」
……ん?レイオス?どうした?
ハハハ、もう酒は残っていないだろう?ちゃんと残りを視ていたので知っているぞ、私は。
──おっとっと、酔った振りをもう一回しようとしてもダメだダメだ。今さっき醒めたばかりではないか……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……レイオス?」
「……わかった。急いで行って来る……」
──そうして私は、走り行く友の背中に『頼む!全力を尽くしてくれ!』と、切に願うのであった……。
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