第478話 為体。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……そ、そうか」
「…………」
「…………」
「…………」
……えっ、ちょっと待って欲しい。この沈黙はいったい何だろうか。
いきなり友の口から、『幼馴染二人の子作り予定』について聞かされた私としては、『そ、そうか』以上に言える事など無いと思うのだが……。
他に何か言った方が良い事でもあるか?そもそも今は私が何かを言う番なのだろうか。
それともこれは私が口下手だから分からないだけ?他の皆なら何を言うべきなのか分かっていると言う事なのだろうか。……もしそうであったのならごめんレイオス。
だが、だとしたら何だ?なんと言えばいい?何が正解だ?この沈黙がこれ以上続くと、私は冷汗が止まらなくなりそうなので何とかしたい。
──そもそもの話、何故いきなりこんな話をレイオスはしてきたのだろうか。疑問が止まらないのである。
深夜だとは言え、こんな『大運動会』の真っ最中に、それも私が審判に集中していて、思考能力をそちらに割かざるを得ないこのタイミングで……そんな大事な話を始めた理由が分からない。
この状態で難しい事を訊かれても、私はいつも以上に上手く答えられないのだが……いや、だからこそか?もしかして私の素朴な解答を期待しているのだろうか?
一見して、私の表情はまたいつも通り平静を装っている様に周りからは見えるかもしれないが、『内心』はずっと混乱が治まらなかった。それと、正直な話をしてもいいだろうか。
……全く何も、良い言葉が頭に浮かんでこないのである。ダメだ。このままだと沈黙が続いてしまう。
こんな時にもし、咄嗟に冗談の一つでも出して、この場を上手く治めたり繋ぐ事ができたらどんなに良いかと心底思った。……私のボキャブラリーの無さがこういう時にまた影響してしまうのを酷く痛感する。
「──!!」
『──そうだ!』と一つ閃きを得た。ここはいっそ昔のエアを見習って、両手を高く天まで伸ばすが如く美しく挙げ、エア流『熊の真似』でもするのはどうだろうか?あれならば、レイオスも堪らずに沈黙が笑顔に変わるかもしれない。
や、やってみるか……いや、待て待て、焦ってはいかん。まだ準備が整っていない。
それに、今更ながらに想うのだが、あの時のエアのあれは結局、『熊の真似』だったのか?それとも『ドラゴンの真似』だったのか?どっちなのだ?
そこら辺を正確に捉えていなければ、下手な私としてはきっと真似をするにしても気持ちが入りきらない気がするのだ。適当な事をやるだけでは逆に白けるだけだろうし、そういう部分は確りと気にするべきで──
──いやいや!待て待て待て!ここでそんな現実逃避をして何になる!
今、確りと向き合わねばいけないのはレイオスの『沈黙』にではなく、その『心』に対してだろう。
私はここで変な事をして笑いを取りたいわけでも、誤魔化したいわけではないのだ。もっと真剣に冷静になって考えるべきである。
それに今の彼の様子から視て、冗談の類で言ってきたわけではない事も一目瞭然だった。
ならば、私もそれを真摯に受け止め、確りと返答するのが彼の友としての最低限の礼儀であろう。
「…………」
だがしかし、そうするとまた振出しに戻る訳で……、なんと言えばいいのかと悩む事になるのだが……。
すると、そこで『そ、そうだッ!子供が出来るのは単純にお目出度い事であるのだから、先ずはそれを祝う事から始めてみるのがいいのではないか?』と、私は思いついた。
然らば──
「──レイオス。お、おめでとう……?」
若干、それが正解で良いのか自信が持てず、少しだけ語尾は上擦ってもしまったが、ありきたりな言葉ではあってもちゃんと、私はレイオスにお祝いの言葉を言えたのであった。……な、なーに、そんなありきたりな言葉であっても、大事なのは気持ちだ。美辞麗句をいくら重ねるよりも、この一言に私はこの気持ちの全部を乗せておいた。こっちの方がさぞかし中身が詰まっていることだろう……。
そんな『心』からのお祝いを込めた『おめでとう』だが、果して彼に上手く伝わっているだろうか。
私のこの極寒とも言える無愛想な表情から出てきたその言葉に、常人では『温かみ』を感じ取ることは難度が高くて出来ないかもしれないが、彼ならばそこにある真意を気づいてくれると私は思った。
だから届け、私のこの最大限の気持ちを込めた『おめでとう』──。
そして、きっとこれには友もにっこりと微笑んでくれ、たら良いのだが……その結果や如何にっ──!?
「…………」
「…………」
──だがしかし、彼から返って来たのは変わらぬ沈黙と、真剣な眼差しのみであった。
……不正解だったのか?内容的にはかなり良いと思ったのだが……。
私に対する友の表情は、未だずっと真っ直ぐなまま変わっていないのである。
──という事はつまり、簡単に言えば私はどうやら解答を間違えたらしい……。
だが、なんとなくだけれどもその視線を視るに、単純な間違いというよりかは、まるで彼は私の何かを見極めようとしているかのようにも視える。
その真っ直ぐに見つめて来る瞳の奥には、何かしらの秘めた熱い想いを感じさせるものがあったのだった。
……ただ、私の今の『探知』では瞳で通じ合う力などないのである。『泥』でも使ってみようか?うぬぬぬ、わ、分からない。何が正解なのかが。
──でも、逆に考えてみれば、もし今のが不正解であるならば、他の考えられる選択肢ももっと挙げていくのが一番いいかもしれない。分からないなら分からないなりに、出来る事はある筈だ。
そこで、言わば消去法に近い考え方になってしまうのだが、不正解以外に正解が眠っているのであれば、一つずつその不正解を塗り潰していけばちゃんと真の答えへと辿り着く筈なのである。
という訳で、先ずは友のあの真剣な視線をよく視て、その気持ちを察し選択肢を見つける事から始めてみる事にした。出来る限り彼が何を考えているのかを感じ取りたいと思う。
『彼が何を答えとして求めているのか、正解はきっとあの目を見れば分かる筈だ』と、最終的にはお得意の魔法使いとしての感覚に頼ってみる。
なんてったって私達は幼馴染だ。それくらいならば察する事も容易い筈だろう──んー、どれどれ?いや、待てよ、これは……。
『……あれほど真剣な表情?』をしていて、それに『私を見つめるあの熱い眼差し?』、それに『子を作る?』
……ハッ!!これは、ま、まさか、もしかしてレイオスは、私との子を望んでいる?だが私は男で──
「…………」
──いやいや!待て待て!なんと言う混乱の仕方をしてしまったのだ。正気に戻れ。感覚も今は忘れよう。そして冷静さはずっと傍に居てください。
レイオスは先ほど『ティリアと』と確かに言っていたではないか。まったく、なんと恐ろしい勘違いをしてしまう所だったのだ……。
──因みに、敢えて言うけれどもレイオスに男色の気配は昔から無い。もちろん私もだ。
……こんな事、もし言葉に出していたらとんだ赤っ恥をかくところだったのである。
だが、口にはだしていなかったので大丈夫大丈夫。落ち着け。落ち着くのだ──。
「──お前は、どうするんだ?」
「……え?」
……すると、私が混乱していたのが分かったのか、途中でレイオスは更にそんな問いかけを私にして来たのであった。
だが、『お前は、どうするんだ?』とはいったいどういう事だろうか。これはまた難解な問いかけである。
「…………」
ただ、『……あ、だが、これはもしかしてあれの事だろうか?』と、此度は『スッ』と頭に浮かんでくるものがあった。
──と言うのも、ティリアが『岬の小屋』にて、私の事を『実は密かに想っていた』的な話をしていた事から、もしかするとそれを慮って彼はこんな問いかけをしてきたのかもしれないと私は考えたのである。
要は、『私がレイオスの気持ちを知っているが故に、ティリアから身を引いた』のだと彼は勘違いし、彼は私に『ティリアの事をお前も本当は好きでいるならば、俺に遠慮する事はないんだぞ』的な感じで、私の真意を確認しに来たのではないだろうか……。
これからいざ結ばれて子供を作りたいと想っている相手が、実は私と関係を持っているかもしれないと言うのは、大変に『もやもや』とするものだろう。
だから、きっと彼のその熱い視線には、そんな意味が隠され──
「──お前は……エアさんとの、子は作らないのか?もう長らく傍に居るのだろう?」
──てはいなかったらしい。……今のは全て私の勘違いであった様だ。
『……ふぅー』と、思わずそんな安堵の溜息が零れてしまう程、今のは正直かなり危うかった。
先ほど以上のポンコツを口に出してしまう所だったのだ。あぶないあぶない。
話の内容的に最早赤っ恥では済まなかったかもしれないので、本当に口にしなくて良かったと私は思ったのである。
……ただ、言い訳になるかもしれないのだが、『領域の調整』と『審判役』で私の思考能力は本当にいっぱいいっぱいになっている為、これでもちゃんと真面目に考えてはいるのである。だからどうにかそれだけは分かって欲しいと思う。
それにまさか、友の問いかけの意味が、単純に『私の事』を尋ねているとは思いもしなかったのだ。
『俺はその予定だが、お前の方はどうなんだ?』なんて、聞かれているとは普通思わないだろう?
……いや、想うのか?これもただただ私が鈍感であったせいなのだろうか。
「……エアは子供を作れるだろう」
「……エアは、か?」
「ああ」
「……お前は、どうなんだ?」
「……前に、レイオスも言った通り、敢えて自分でも言うが、私はもう本当に化け物なのだ。この身は幾度も姿を変え、最早普通の『人』と呼べるものではなくなっている。……だから、不可能だろうな。側はあっても中身がない。よって、私に子は作れない」
「…………」
──そして、そんな鈍感でポンコツな今の私は、実はこれまで密かに隠していたそんな秘密を、口を滑らせて普通にレイオスへと話してしまうのであった。
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