第471話 悪辣。
(少し説明回的な話となります。また次話も少しだけこの流れが続く予定です)
(説明回を読むのが苦手な人向けに『後書き』にてまた簡単な『三行』まとめを書きますので、よかったらそちらもご活用ください)
元は普通の樹人族と言う種族の綺麗な女性であった喫茶店店主を、『巨大な樹木の魔獣』へと変えてしまったその『原因となるであろうもの』は──今、私の手のひらの上で、『赤い光り』を帯びていた。……これは、密かに『ダンジョン都市』のとあるダンジョンで手に入れていたものである。
その見た目は、『まるで血がそのまま結晶となっているかのようにさえ思える色鮮やかな紅色』であり、まるでエアの『血晶角』が、球体状に形を変えたとしたらこうなるのではないかと思われる様な──そんな数センチ程の小さな『赤く丸い物体』であった。
「…………」
……だが、先ず始めに言っておくのだけれども、この『赤く丸い物体』と『血晶角』については、完全に似て非なるものだと私は思っている。
確かに色や質感こそ『血晶角』とも大変似ている様にも見えるのだが、この球体状の宝石の様な物体、いや塊は……なんと言うのか『酷く冷たい雰囲気』を放っている様に私には感じられたのだ。
その冷たさは、分かり易く一言で言い表すのであれば『孤独』や『絶縁』とでも言えるだろうか。凄く『機械的』なものである様にも感じられた。
そして、見た目の美しい色合いとは裏腹に、同時にとても危うい棘を秘めているかの様な、そんな近寄り難い雰囲気も感じさせるのである。
その為、もう一度告げるけれども、エア達鬼人族が生まれた時から備えている『血晶角』とは、その点においても大きく異なるものだと私は想ったのだった。
……そもそも『血晶角』とは、鬼人族の生命の輝きそのものであり、その光は同じ赤ではあるけれども『あたたかさと優しさ』に満ち溢れているかの様な、そんなとても心が安らぐ雰囲気を内包しているのである。
だから当然、私の感覚からするとそれら二つは色が似ているだけの別物であると容易に断じる事が出来る訳で、実際にこの『赤く丸い塊』を手に入れた時のことを思い返せば、正直こっちの禍々しさは言うに及ばず、『血晶角』とは間違えるべくもないと私は思うのだが……これが何も知らない者達からすると、下手すればそんな勘違いを抱かれてしまいそうで、私はなんとも言えないそんな不安を少しだけ感じてしまうのであった……。
因みに、これを手に入れたダンジョンとは、私やエアにとっては懐かしの場所でもある──あの『お散歩ダンジョン』だったのだ。
「…………」
……それに正直な話をすると、『お散歩ダンジョン』以外であれば、私はきっとその存在に気づく事はできなかっただろう。
何しろこの『ダンジョン都市』で私達が一番よく入ったのがあの『お散歩ダンジョン』であり(それ以外入っていないとも言えるが……)、私達はそこ以外のダンジョンの変化前の様子を殆ど知らなかったからである。
だから、道場青年達の手伝いとして各ダンジョンの間引きをしていた際にも、たまたま『……一応確認しておくか』と入ったあのダンジョンにて、まさかこんな『悪辣な赤塊』がポツンと地面に置かれており、それも『まやかし』で隠されている等本当に思いもしていなかった発見だったのだ。
その上、ふとその存在に気づいた後も、当初はただ『石持』を倒した際に見る『魔石』の類かと思って不用心にもそれへと近づいていた私は、普通にそのまま拾おうかと手を伸ばしかけてもいた。
……だがその瞬間、咄嗟にこのダンジョンの特色を思い出す事ができて、私はここにその『魔石』がある事の『異常性』に気付く事が出来た訳なのだが──それも全てはここが『お散歩ダンジョン』だったおかげであったと私は心から想う。
率直にこれがもし他のダンジョンの中であれば、魔獣や『石持』も普通に存在する為、もしもその『悪辣な赤塊』の存在にたまたま気づく様な事があった場合、私は恐らく普通に触れていた可能性はとても高かったのである……。
「…………」
……ただまあ、おかげでその後直ぐに危険性にも気づき、【空間魔法】で触れずに収納してから『内側』で色々と検証した結果──私にはこれが高い魔力量の影響によってか『全く効かない事』と『触れても全く問題ない事』が分かるのだが、それにしてもこの『赤く丸い塊』の酷い悪辣さは最早言うに及ばないだろう。
──なにせ、『これに気付けるだけの力量を持った場合、それを防げるだけの魔力量がない者にとっては、それはこれ以上ない程の罠となる』のだから……。
この性質は『ダンジョンの死神』に酷く近しいものがある事を私は密かに感じていた。
それに何とも厭らしい事に、この他のダンジョンにも改めて入ってみて、私は注意深く同じ様なものが他にもないかと探してみたのだけれども……なんとこれ以外のダンジョンでは、私は一つも見つける事ができなかったのである。
なので、密かに道場青年達の協力も得て、もう少しだけ調べてみた結果──どうやらこれは各ダンジョンについてある程度の『攻略と理解』が進んでいる者でないと気づけない様な『まやかし』が条件的に掛かっており、逆を言えばその『攻略と理解』が進んでいる者であればその存在には比較的に気づき易くなっている事も分かったのであった。
それこそ、気づくだけであればそこまで『探知』に鋭くない者でも容易に見つけられるものであると知って、私達は皆その悪辣さに驚きを覚えたのである……。
当然、道場青年達にはその後ちゃんと注意を促しておき、これからダンジョンに入る際の周知事項として他の者達にも伝えて貰える様に頼んでおいたので、きっと今頃はこの情報を元に彼らから冒険者ギルドを通して各地にもすぐさま注意喚起が広がっていく事だと思う。
これは、『発見しても絶対に触れるべからず』もしくは『破壊推奨の危険物』であるのだと──。
……ただ、破壊する場合には『石持』を討伐する時と同様に『浄化』の力がかなり効果的ではある事も検証では分かったのだが、こちらの『悪辣な赤塊』の方はただの『石』とは違い、エアが何度挑戦しても完全に浄化する事が困難だった事から、かなり現実的ではないと言えた。
それも、多少の傷を物理的につけて破壊を試みようとしても、そもそもがかなり硬い上に勝手にその傷を修復する機能までも備えているみたいなので、かなり厄介な事は言うまでもない。
その為、結局は『発見しても触らない』事が第一に求められるのだが……これについては冒険者達の危機管理能力に委ねるしかないと想う。
……ただ、そうは言っても一見してとても価値がある様に見えてしまう上に、人を簡単に惹き付け魅了し兼ねない美しさを備えているのがこの『悪辣な赤塊』のなんとも厭らしい所であった。
「…………」
……なにしろこれは、状況から推察して触れてしまえば恐らく喫茶店店主と同様に『人を簡単に魔獣へと変質させてしまう効力』を持つのだから──。
またのお越しをお待ちしております。
『簡単なまとめ三行』
1店主が魔獣になった原因は、ダンジョンで見つけた『丸い赤い塊(?)』にありそうだ。
2エアの角とも色が似ているけども、全くの別物である。
3そしてその『赤塊』は触ると危険であり、壊す事も大変難しそうだ。




