第466話 在処。
『魔法の壁画』について、道場青年から話を聞いた私達は、きっとそれぞれで思う所があったのだろう。私達の間には考えごとしている時特有の独特な空気感が漂っていた。
勿論、それは悪い沈黙ではない。
ただ、それぞれがなんとなく今は邪魔をして欲しくない空気感を発していると言えばいいのか、考えごとに没頭したそうな雰囲気なのである。
私が、その『絵』について考え、この絵を描いた彼女の事や『剣と盾のおまじない』の事を想った様に、エアやバウもまたそれぞれが『絵』を眺めながら、何かしらの想いに耽っているのであった。
そして、私達に話をしてくれた青年も同じく一緒にそんな雰囲気の中に居た訳なのだが、その途中で急に、彼は少し難しそうな表情を浮かべた為、私は気になって彼の方へと顔を向けたのである。
すると、彼の方もまた私に見られている事に気づいたらしく、私と目が合うと、彼は『……あっ、その』と少し視線を『キョロキョロ』と彷徨わせて、少し言いづらそうな事がありそうな様子を出したのであった。
なので──
「……どうしたのだ?」
──と、私は彼に尋ねてみた訳なのだが、すると彼からはこんな答えが返って来たのである。
「……あのー、この壁画の事なんですが、これってロムさん達の姿が描いてあるじゃないですか?」
「ああ」
「……やっぱりこれって、持って帰っちゃいますか?」
「…………」
青年のその言葉を聞いて、流石の私も『……あー、なるほど』と、察しがついた。
……要は、この『絵』はもう元の所有者がいない為、その所在が定まっていないのである。
だから、それならば描かれている本人である私達が持っていた方が、この『絵』にとっては良いんじゃないか?と、そんな配慮を彼はしてくれた訳なのだけれども……本心で言えばきっと、彼も本当は持って帰らないでほしいと想っているのだろう。
そんな気持ちが彼の表情にはありありと出てしまっているのであった。
「……はい。まあ、そうですね。俺って言うか……俺達って言うか。この『絵』には本当に皆が『力』を貰ってるんで、無くなってしまうとまた寂しくなるというか……その、だから出来ればこのまま残しておいて欲しいと思って──」
──と、つまりはそう言う事らしい。
当然、この『絵』は私達にとっても特別なものではある。
だから、出来る事ならば『宝物』として持って帰りたい気持ちは私達にも強くあった。
「…………」
……だが、どう考えてもこの『魔法の壁画』のあるべき場所はこの街であると、私は想ったのだ。
そして、それはエアも同感であったのか、横を見るとエアも『うんうん』と頷いていたのである。
必要とされる場所にあってこそ、この『絵』もそしてこれを描いた彼女も喜ぶ気がした。
皆が『理想』を追い求められる様に、『勇気』をもって未来を切り開き、過去を支え明日へと強い一歩を踏み出していけるように。
これから復興していくこの街にとって、この『絵』はまさに相応しいと思えた。
だから、私達は彼らにこの『絵』を大事にしていって欲しいと伝えたのである。
「ほんとですかっ!やった……ありがとうございます!」
……いやいや、礼は私達にではなく、この『絵』を描いてくれた彼女へしてくれると嬉しい。
そして、これからも大切にしていって欲しいとも思う。
ただ、もしもこの『絵』を乱雑に扱ったりしている様な事があれば、その時は私達がもらい受けに来るからな、と一応はそんな風な念押しを私がすると、青年は『わかりました!ちゃんと大切にします!毎日みんなで祈りも捧げますからっ!』と言って微笑むのであった。
──だが、待って欲しい。それはそれで少しだけ問題があるのだ!
「……すまん、祈る事だけはやめてほしい」
「……え?ああ、はい。……わかりました。じゃ、じゃあ、感謝に留めておきますっ」
……もしもまた、あの良くわからない『信仰』の力が集まってきては大変だと咄嗟に思った私は、青年に対してそう告げた訳なのだが、流石に青年もそれには直ぐに理解が及ばなかったらしく、不思議そうに少し首を傾げるのであった。
ただ、どうやら少し経った後に『ロムさんて謙虚な人なんだなぁ……』とでも思ってくれたのか、なんとか納得はしてくれたらしい。
『ち、違うのだ。本当は謙虚でも何でもなくて……』と、内心では本当はそう伝えてあげたかったのだが、『祈られる事』の方が嫌だったので、青年にはその勘違いをさせたままにしておく事にしたのであった。
「…………」
──そうして、その後はエアやバウと一緒に、青年達の手伝いをしながら『ダンジョン都市』の復興に私達は協力する日々を送ったのである。
因みに、エアは基本的に治療担当。バウは瓦礫撤去。私は土砂を移動させたり、穴を掘ったり埋めたりを沢山手伝った。
……まあ、その時の詳細は割愛させて貰うが、その結果として街の一角には新たに『共同墓地』も完成し、完成したその場所で私達は沢山の者達と『別れの挨拶』をしたのである。
すると、現状はこの街で『共同墓地』が一番大きな場所となってしまった訳なのだが、道場青年や生存者達は『絵』のおかげもあってかちゃんと前を向けており、『俺達が絶対に直ぐにまた以前よりも大きな街にしてやるからな!だから、安心してそこで見守っていてくれ!』と言って、皆で張り切っていた。思う所は色々とあるだろうが、それでも元気よく新しい建物を造り始める彼らの姿はとても印象的だったと想う……。
エアの治療によって酷い怪我を負っていた百人弱の生存者達も既に全員復活しており、そんな彼らと一緒に街を作りながら、時にはダンジョンで魔獣の間引きをしたり、時には色々と相談に乗ったりして、私達は新しい『ダンジョン都市』の礎を作り上げていくのであった──。
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