第465話 昇華。
「ロムさんっ!エアさんっ!来てくれたんですか!」
心奪われる『特別な壁画』を眺めて居た私達の事に気づいた道場青年は、嬉しそうな声をあげると救助途中にも関わらず私達の元へと走り寄って来てくれた。
そして、私達が見つめていたその壁画に彼も目を向けると、『……あっ、なるほど』と私達がこの絵に対して興味を抱いていた事を察してくれた様で、自分達の事を話すよりも先にこの絵の事について私達に教えてくれたのだった。
……ただ、そうは言っても、特別彼も何かを知っていると言う訳ではないらしく。
彼曰く、本当に、この瓦礫の街で奇跡的にただこれだけが運よく崩壊を免れていたのだと言う。
そして、たまたまこれを発見した彼は、動けるようになった救助者達の手を借りてこの避難所まで運んでくれたのだそうだ。
ただ、青年も他の人々もそれから暫くはこの絵を見て、今の私達と同様にまるで時間が止まったかのように眺め続けてしまったと言う。
そして、この絵とその下に刻まれたメッセージを見て、彼や他の者達は『生きる勇気』を貰ったのだとか……。
「『勇気をありがとう。いつかまたこの街で』……その言葉に、俺も生き残った皆も、凄く励まされました。そのたった一言で、みんな未来へと目を向ける事ができる様になったんです──」
──そう話す青年は、それをきっかけにして瓦礫となったこの街を前に、皆と誓い合ったのだと言う。
『いずれこの場所を元通りにしよう』と。
『どれだけ時間がかかっても必ず復興させてやろう』と。
生き残った自分達こそが、『ダンジョン都市』に生きた全ての者達の明日となるのだと。
亡くなった者達のやって来た事を無駄にしない為にも、未来を作って行くのだと。
──そんな風に、生存者達と一緒に彼もそう強く想える様になったのだとか。
「……だから、もう二度とあんな魔獣なんかにも負けはしない。絶対に俺達の力で、この街を以前よりも強い街にしてみせます──」
そう語る青年の目には、とても強い光が宿っている様に視えた。
……ほんの少し前まで、『泥』を通して彼の姿を視た時にはもっと落ち込んでいたように見えたのだが、それももう大丈夫そうである。
この絵をきっかけにして、彼は……いや、彼らはもう既に歩きだし始めているのだろう。
見れば、遠巻きに私達の様子を窺っていた周りの者達も、道場青年と同じで皆良い表情をしているのであった。
「…………」
……すると、そんな彼らの様子を見たからか、私達も不思議と少しだけ元気を貰えた様な気がしたのであった。
喜べばいいのか、悲しめばいいのか、分からなくなっていたそんな気持ちにも、少しだけ喝を入れられた様に思う。
──それに、少なくとも『絵の中の理想の三人は微笑んでいる』。
ならば、その理想へと近づく為にも、より幸せになる為にも、同じ位笑える様になる為にも、もっと頑張らなければいけないなと素直に想ったのだ。
『貴方も、勇気をもって、理想に向かって進み続けて』と──。
その絵を通して、私はまるで彼女からもそう言われている様な気がした。
……かつては、あれほどまでに『理想』を描く事を苦手としていた彼女を知っているだけに、その絵から伝わる想いは私の心にも凄く響いて来たのである。
「…………」
──するとだ、そんな風にふと昔を思い出した事がきっかけになったのか、私は彼女の『絵』にちょっとした秘密が隠されている事に気づいてしまったのだった。
と言っても、私が彼女へと贈ったものを思い返せばそれも直ぐに答えがわかってしまうかもしれない……。
なにしろ私はかつて、彼女に『剣と盾のおまじない』と言う、そんな一つの【呪術魔法】を贈ったのだが……エアは覚えているかな?あ、いや、あの時は寝ていたかな?覚えてない?そうかそうか。
ただまあ、とりあえずそんな魔法があり、それは使用者によって如何様にも効果を変える魔法なのだが、使えば必ずしも効果を発揮する様な都合の良い魔法ではなかった事だけは確かなのである。
それに、『呪術』とは人の心に寄添い、人の心と共にある魔法であった。
そして、あの時の彼女はその魔法を必要としている状態でもあったのだ。
要は私はその魔法によって、彼女が未来を切り開くために前向きになってくれることを願い、同時に彼女の心の支えの一助となってくれればと想って、その魔法を使ったのだった。
でも先ほども言ったのだが、この魔法は使用者本人がどれほど頑張って来たのか、どれだけ研鑽を積んだのかによってその影響の度合いが変わると言う、そんなとても不安定な魔法でもある。
なので、どれほどの効果が出るのかは正直、私にも全くの未知数ではあった。
だが、そんな不安定な魔法ではあるものの、人の心を救いたいと願った『心優しき呪術師達』によって編み出された、『最高の心の回復魔法』である事に変わりはないのである。
その為、彼女にもきっと何か良い効果が出てくれるのではと、そう言う風に思って使った訳なのだが──
「…………」
──結果としては、本来は使用者本人にしか影響の出ない筈のその『剣と盾のおまじない』と言う魔法を、どうやら彼女はその手によって『絵』と言う形へと見事に昇華させてしまったらしいのだ。
……要は、彼女の描いたその『絵』は、『剣と盾のおまじない』の魔法効果をどうやら少しだけ持っている『魔法の絵』になっていたのである。
その為、私達は自然とその『絵』を視る事によって、そこから伝わる彼女の想いを介し魔法を掛けられていた、とそう言う訳なのであった……。
「…………」
ただ、『絵』に掛けられた効果自体はとても微弱なものなので、『剣と盾のおまじない』よりはもっと曖昧なものではある。
……それに、単純な魔法と言うよりかはもっと純粋な想いによって構成された何か……まるで『奇跡』に近い様な気配を持つ魔法なのであった。
──当然、こんな事は誰にでも出来る事ではなかった。
正直、私からすると単純な魔法道具は作れても、こっちは作れる気が全然しないのである。
……何しろこれは、魔力もほぼ使っているわけではないのだ。
その為、現状は呼び方もわからないので一応は魔法の括りで捉えているが、実際は別のものだとも想っている。
──つまりは、そんな不思議な『良くわからない力』を、彼女はこの『絵』へと宿していたのであった。
「…………」
……ただ、そこで先に一つだけ大きな勘違いを解いておくと、彼女のその『絵』からはとても『優しい心』のみを感じると言う事である。
つまり要は、あの『良くわからない存在達』が使う様な嫌な雰囲気はこれっぽっちも感じないと言う話であった。……そこだけは私にも簡単に区別がついたのでまず間違いないだろう。
──だが、逆に別物だと分かるからこそ、尚更その『良くわからない力』が何なのか疑問が湧いてくるわけなのだが……、まあなんにしても、それだけの研鑽を重ね、自然とそんな『魔法の絵』を描き出すに至った彼女の事を、私は本当に心から素晴らしく想うのだった。
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