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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第46話 久。





 森に雪が降った。

 木々に積み重なる雪の重さで、普段よりどの枝も苦しそうに僅かに枝垂れている。

 そんな雪が積もる中、火の精霊達は忙しそうに外を走り回っていた。

 この季節は火の精霊達の方が意外にも元気そうな者が多そうに見える。


 ……後で聞いてみれば、寒さで領域が落ち着いて、普段抑えに使っている力を持っていかれないで済んでいるからなのだとか。

 まあ忙しい火の精霊も居るらしいので、こればかりは個人差があるのだろう。



 この日、精霊達からお願いがあって私達は外へと出ている。

 用があるのは私だけと言う事なので、エアは私の近くで魔法の練習をし始めた。

 外でもちゃんと寒くないようにしっかり前に作った厚手の服へとエアは着替えている。暖かそうで安心だ。



 外に出て精霊達に話を聞いてみた所、簡単に説明するとどうやら魔力が欲しいと言う事であった。

 それぐらいならいつでも言ってくれれば、喜んで手伝わせて欲しいと、私は二つ返事で引き受ける。


 大樹の周辺に普段からいる様な者達は、ある意味で精霊達の中でもベテラン勢らしいのだが、時々こういう事もあるので今回も彼らに必要なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 というか、外へと出た段階で直ぐに気づいたが、今大樹の周辺には力が弱くて余裕のない精霊達が沢山居た。

 よく見るとどの精霊も厳しい状況の者が多く、その子達へと魔力を分けてあげて欲しい、と言うのが今回の話の要点であるようだ。勿論私は即応した。



 そう言う訳で、大樹の周辺には今未だ人型を取れない、自然の結晶のままの姿で漂う多くの精霊達の姿が見えている。その見た目は色とりどりの綿毛の様にも見えた。


 彼らはここになんとか存在するだけで、今にももう消えてしまいそうなくらい弱っており、私はすぐさま魔力を拡散させ、それぞれの属性と体の状態に合せて回復させるように放射していく。……苦しかっただろうに、よく頑張ったな。


 目一杯に放射させている私の魔力の噴射は、まるで雨の様に辺り一面へと広がっていった。



 火の精霊達は弱い精霊達の誘導の為、不慣れながらもあっちへ行ったりこっちへ行ったり頑張って走り回っている。その姿は小さいお子さんを持つお父さんが、四苦八苦している様にも見えた。


 元気のない精霊達はまだまだ後ろに沢山控えているようだ。

 なーに、日頃のアンチエイジングで鍛えた私の実力をお見せしようではないかと、私も全力で集中していく。

 魔力は少し長めのお天気雨の様に、一時間程は降り続いた。




 魔力を補給し終わった綿毛たちは、もうみんなすっかり元気になったのか、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、普段は来れない観光地に団体客がやって来たみたいに、どれもポワンポワンと楽しそうに跳ねている。

 よく見れば火の精霊達だけではなく、各属性ごとにいつもの大樹にきている者達が綿毛達を引率しようと頑張っている姿も見えた。みんなテンションが上がっている子供達の世話に忙しくしているらしい。


 彼らは大変そうだけれど、私は楽しそうにしている綿毛達の姿を見ているだけで癒されて嬉しくなった。好きなだけ居て欲しいものだ。




 ……だがしかし、ここの様にあまり魔素の濃度が濃い場所に居ると、元の場所に帰った時に濃度差で倒れちゃうから、綿毛達に長居は良くないのだそうだ。

 酸素濃度の高い場所から、いきなり濃度の低い山の上等に行くと呼吸が苦しくなるようなものらしい。

 最悪の場合は存在の危機にも繋がるのだと聞けば、彼らのあの焦り様も納得である。……私も急いで手伝った。



 私は魔法を使って綿毛達をささっと風に乗せて運んで行く。

 火の精霊達は虫取り網みたいなものを振り回して、せっせと回収していた。……君達、仲間の扱いが酷くはないかな?



 『もう帰らなきゃいけないのかー』とポワンポワンもしなくなり、どことなく残念そうな綿毛達。

 力がついたら、いつでもおいで、と私はそんな言葉を彼らに掛けながら、待っているから頑張るんだぞと伝えていった。

 そんな私の言葉が分かったのか、色とりどりの綿毛達はふにょんと頷いてみんな納得して帰って行った。



 『懐かしいね』


 『うん。懐かしい』



 すると、そんな私の言葉を近くで聞いていたのか、珍しくも比較的ベテラン勢の中でも若い方だと思われる水の精霊と風の精霊の二人組が、私の方を見て微笑んでいた。……はて?なにが懐かしいのだろうか。



 『わたしたちも弱い時にそう言って貰ったから』


 『がんばってここに来れる様に、力つけてきたんだよね』



 『気づかなかったの?』と、『どーだ!褒めて見ろ!』と胸を張って二人は自慢気にそう語って来る。

 どうやら二人は今とほぼ似たような状況で、ここに初めて来た時に私から同じ言葉を言われたらしい。



 ……恥ずかしながら、私は記憶力の問題でその時の事を覚えていなかったのだけれど、私は素直に二人を称賛した。

 そして、そんな私の称賛に同意するかのように、帰りがけの周囲の綿毛ーズもぷにょんぷにょんと少し激しめに飛び跳ねている。


 恐らく彼らも『すごいすごい!』と二人に言いたいのだろう。

 綿毛達からしたら、二人は人型を取れる精霊達の中で一番直近の先輩にあたると言う事なので、その気持ちも分からなくはない。


 かなり年上のベテラン勢だと、距離が遠く感じられて中々目標にし辛いけれど、二人なら綿毛達にとっても、良き目標であり身近に感じれる存在なのだろう。要は慕われていると言う事である。

 『私達もお二人みたいに頑張ります』と言う気持ちが、綿毛達のぷにょん具合から良く滲み出ていた。



 二人は逆に周りから注目を集めてしまった事で、恥ずかしそうにして照れている。

 実際に大変な努力をしたのだろうと私は思った。



「おかえり」



 だから、私からもその時の言葉を発した者として、二人に心を込めて何か言葉を伝えたいと思った。

 ……まあ、私の口からなんとか出たのは、その四文字だけではあったが。

 それ以上に、上手く言葉にしようとしても、何故か急に、次に合う言葉が全く頭に浮かんでこなくなった。



 二人の想いがちゃんと報われて欲しいと、普段からお世話になっている精霊達にしっかりと私も素直な気持ちを言葉にしたいと思ったのだが、その想いは急にカラカラと空回るばかりである。



 当然、言われた二人の方は、キョトンとしていた。

 何故、急に『おかえり』なのだ?と思っているのだろう。



 ただ、言葉に詰まっている時と言うのは、だいたいこんな状態になるものなのだろう。

 全く言葉が浮かんでこない。

 普段から無愛想である事が功を奏して、内心の動揺がまだ表には表れていないが、実は私、かなり固まっていた。


 簡単に言うと、内心で『何か言わなきゃ、何か言わなきゃと、焦るばかりで、でも何を言えばいいんだ?』と言う状態になっており、俗に言えば、頭が急に真っ白になってしまったのである。



 同じような経験をした事がある者じゃないと、中々に伝わり難いそんな感覚だとは思うが、私はその瞬間、間違いなく白目を剥きかけた。



 私が『おかえり』と言い、二人がキョトンとしてから、この間僅か二秒。

 私は、自分が今テンパっている事を自覚した。



 ……だが、おいおい待て待てと、流石に私も無駄に歳を重ねてきたわけではない。

 こういう場合の対処方も、ちゃんと経験として私は既に心得ているのだ。

 勿論、人それぞれに頭が真っ白になった時の対処法はあるだろうが、私の場合、こういう時には『得意な事に頼る』と言う方法を取るようにしている。



 つまりは、言葉が出ないんなら、魔法に頼ればいいと、私は瞬時に頭を切り替えたのだ。

 そこで、先ほどまで綿毛達に魔力を送っていたのとほぼ同じ方法で、私は二人へと魔力を送る。

 そこには二人への今の私の素直な気持ちを、全て込めていた。



 もっと前にちゃんとした言葉を聞きたかっただろうに、忘れていて申し訳なかった……と言う謝罪。

 力をつけてここに戻ってきたその時に、何か一言でも言えていたら……と言う後悔。

 その後もずっと思っていても言いだせなかったのではないだろうか……と言う懸念。


 そして、二人の成長と帰還を、私が心から喜んでいる……と言う素直な歓喜。



 そんな複雑な感情を、なんとも言葉に出来ない自分の不甲斐なさも追加で込めて、私は魔法を使って感情を伝えた。


 元々精霊達は魔力でお互いの心をやり取りする事も多い為、この方法は彼らにとっても分かり易い筈である。

 歳をとったのだから、もっと気の利いた事が言えないのかと、自分を叱咤したくはなるが。

 ダメな時はダメ。これはしょうがない事なのである。

 頭が真っ白になる時は、誰にだって、いつだって起こり得るものなのだ。

 肝心なのは、事が起きた後に、直ぐに切り替えていくのが重要なのである。



 それに、肝心の気持ちはちゃんと二人に届いてたようで、二人は顔を赤くしながらも嬉しそうに笑って許してくれた。

 今回は魔法に頼ってしまったが、次回もし、今回の綿毛達が戻ってきた時には、ちゃんと言葉にして伝えてあげたいと私は思う。最低でも今回よりも言葉数は多めにしたいものだ。




 ……せめて『おかえり。待っていたぞ』と。



またのお越しをお待ちしております。

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