第458話 敬慕。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『──向こうにいってあげたいけど……だめ?』
向けられたバウのその視線の中には、そんな問いかけが込められている様に私は感じた。
きっと、父赤竜のその取り乱す様を見て、バウは放っておけないと感じたのだろう。
『許嫁』となる赤竜の子を大切にするのであれば、その家族である父赤竜の事も大切にしてあげたいと思ったのかもしれない。
皆の仲を取り持つ意味でも、バウは自分が向こうに行くのが一番いいと判断したようだ。
……まだ幼いというのに、そう言う選択を確りと自らで出来てしまうのが、バウの凄い所だと私は思う。
「…………」
……バウはとても賢く、そしてとても優しい子だ。
だが、賢く優しいが故に、時に少し損をしてしまう事もある様に私には感じられた。
……なにしろ、本心ではそれを忌避したいと思っているのにも関わらず、自分が少し我慢をするだけで『許嫁』やその家族が助かるのであれば、それは良い事なのかもしれないと、判断が少しだけ状況に流されてしまっている様に感じるからである。
己で確りと決断した上での判断ならばまだしも、状況に流されただけの判断では時に迷いが生じた場合、その想いを貫き通すに足る自信が保ち難くなり、決断が揺らいでしまう事がある。
そして、一度その決意が揺らいでしまうと、途端にその居場所が辛く感じたり、逃げたくなってしまったりするものだ。
だから私は、バウがそうなってしまうのではないかと少しだけ懸念していたのである。
言葉にこそ出していないけれども、何となくだが私に向けられているバウの視線には、まだ迷いや曖昧な気持ちが多い様にも感じた。
だから、例えバウがどんな選択をするとしても私はその味方をし支えるつもりではあるのだが、出来る事ならばその選択はバウが己で確りと決断したものであり、後々後悔しないものであってほしいと思うのである。
「…………」
……すると、私の視線を通してバウにも伝わるものがあったのか、少しずつではあるがその表情には変化が見られた。
恐らくだが、『許嫁』かバウ、もしどちらかが不本意な想いをしなければいけないのであれば、それは自分で良いだろうと、バウは自分からそんな判断したのではないかと思う。何か決意をしたような良い顔つきをし始めたのである。
それは私の勝手な想像なのかも知れないが、その表情には『覚悟』が宿っていく様にも感じられた。
普段よりも若干『キリっ』としたその糸目には、凛々しい雰囲気も漂い始めている。
『許嫁』を得た事で、バウも漢の顔つきへと変わろうとしているのかもしれない。
……まあそれでも、バウの愛らしさは全く損なわれていない訳だが。
そして、未だ『ジッ』と私へと向けられているその視線の中には、『……私ならば、きっと分かってくれるだろう』という、そんな信頼が込められている様にも感じたのだ。
言うならば、ちょっと後押しして欲しい気持ちと言うか、肯定して欲しい気持ちと言えるだろうか。
……もしかしたらバウは、私の事をああして見つめる事で、ちょっとだけ力を貰っている感覚なのかもしれない。
──勿論、私としてはその信頼に全力で応えたいと思っているので、バウの力になれるのであればそれだけで嬉しく想った。
「…………」
……だが、そうすると今回の場合、バウが選ぼうとしている選択肢が『私達とバウが離れて暮らす』というものである事を、私の方もそろそろちゃんと向き合って受け入れなれけばいけないと思った。内心実は、バウには偉そうなことを思っておきながらも、私達の方がまだ揺らいでいる所があったのだ。
そしてそれは『内側』に居るエアや精霊達も一緒であった。
ただ、皆頭では分かっていても、心の素直な部分では自然と騒めくのを感じてしまうのだ。
……正直な話、寂しいという想いはどうやっても止められないという話ではある。
だが、ここで私達の方が目に見えて揺らいでしまったら、バウをもっと困らせる事になってしまうだろう。
だから、今の私はいつも以上に、気丈に振る舞わねばいけないと感じたのであった。
「…………」
……ただ、そうは言っても、時には少しくらいずる賢くなってもいいだろうと思った私は、そんな騒めく気持ちを落ち着ける必要があると判断し、私を見つめているバウに向かって両手を広げると『抱っこするからおいで』と言う仕草で、バウに抱っこのお誘いをしてみたのである。
普段そんな事をしない私が、そんな事をするのは大変に珍しい事ではあったものの、急に今は無性にバウの事を抱きしめたくて仕方がなくなってしまったのだから、仕方がないのであった。
──するとバウは、一瞬戸惑いはしたものの、そんなお誘いにも素直に頷いてくれて、パタパタと飛んで私の方へとゆっくり近づくと、ちゃんと私の腕の中に納まってくれたのである。
……瞬間、『……こうして抱っこしてあげられるのも、もしかしたらこれが最後になってしまうのだろうか』と、そんな言葉が頭に少し過ぎったりもしたが。『いかんいかん』と、私は頭を軽く振ってそんな思いをすぐさま打ち消しておいた。
そんな後ろ向きな考えに捉われずにちゃんとバウの事を見て抱きしめる事に集中する方が、今はとても大事なのである。
そうする事で、不器用な言葉を重ねるよりも、私はバウに想いが沢山伝わる気もした。
……すると、そんな想いが伝わったのだろうか、バウの方もいつもより『ギュっ』としてくる力が少しだけ強かったのである。
「……いくのか?」
「ばう」
「……寂しくないか」
「ばうっ」
「そうか」
……そして、想いを沢山伝えた効果が出たのか、私達はお互いに気持ちも固まってきたと思う。
私がそう問いかけると、バウも段々と元気な声で答えられるようになってきた。……決意も確りと出来たらしい。
そんなバウの姿を見て、私の方もそれで完全に決意を揺ぎ無いものとしたのであった。
『これからは多少離れて暮らす事になるかもしれないが、私達が互いを大切に想う気持ちに変わりはないのだ』と。
『困った時にはいつだって助けに行くし、寂しそうにしている時には直ぐに飛んでいけばいいのだ』と。
私とバウは、そんな風に気持ちを通じ合わせていた様に想う。
……ただ、そうしていると、何故か急にこのタイミングで、ふと私の心にはこんな想いも浮かんで来たのであった。
『……そう言えば、元々私はドラゴンと言う存在を、あまり好きではなかった筈なのにな──』と。
それこそ冒険者時代、数々の因縁もあったし、何度も辛い経験をさせられてきたから、私はドラゴン達が大嫌いだった。それはもう敢えて説明する必要がない程であり、変えようもない嘘偽りない正直な気持ちである。
もっと言うならばバウと出会う前まではそれこそ『羽トカゲ』だなんて言って、見つければ必ず狩らずには居られなかった程に、敵視してばかりだったのだ……。
だから、そんな気持ちが変わる事なんて、絶対に無いと私は思っていたのである。
私がまさか『ドラゴンを好きになる』なんてと、それこそ天地がひっくり返ってもありえる訳がないだろうと──
「…………」
──だが、あったのだなぁ。
……今では、こんなにも愛しくて堪らないのである。
「私はバウを愛しく想っているよ」
「……ばうっ……ばぅぅう」
──私が目を見つめながらそんな風にバウへと囁くと、バウは私の腕の中で少しだけ照れ臭そうにして、途端に何度も何度も私の頬に自分の頬を擦り付けてきたのであった。
それはまるで自分の匂いを私へとつけているかのようで、マーキングをして『忘れないでね』と言われているかの様にも思えて、私は何とも言えない微笑ましさを覚えたのである。
『離れてても絶対に忘れないから』と、その仕草からはバウのそんな想いが、言葉以上に強く伝わって来るのだった。
そして、バウのそんな気持ちに対して、私もまた返してあげたくなり、もう一言『……忘れる訳がないぞ』とバウへと囁いたのだ。
──すると、気持ちは通じたのかバウはその言葉に『ウンウン』と何度も頷くと、嬉しいそうに私の胸へと頭を『グリグリ』押し付けてきたのる。……その懐かしくもあるそんな仕草に、私はまたなんともバウに愛しさを感じたのであった。
……因みに、内心このやり取りで、尚更『離れがたい』気持ちが強くなってしまった様にも想う。ただまあ、それはここだけの秘密だ。
「──バウッ!ロムッ!……もうっ、二人だけでずるいよっ……」
「ばうっ!ばうばうっ……ばぅ……」
──ただ、私達そうしていると、ふと気づいた瞬間にはいつの間にか隣にエアも来ており、エアは瞳を潤ませたまま横からいきなり私ごとバウへと抱きついてきたのであった。……どうやら一緒に混ぜて欲しいそうだ。
今回エアは『大樹の森』でやる事が多くあった為、また複数人で押しかけると変に赤竜達を刺激してしまうかもしれないからと言う理由も相まり、ずっと『内側』にいる予定だったのだが、流石に『バウが私達の元から離れて向こうに行ってしまうかもしれない』と言う話を聞いては我慢しきれなくなって思わずこうして出て来てしまったらしい。
「…………」
すると赤竜達の方も案の定、いきなり出現したエアには驚いたようだが、私達の様子からなんとなく状況は察してくれたようで、危険はなさそうだと静観してくれていた。
……でもそう言えばと、こちらだけで勝手に盛り上がってしまっていたのだが、赤竜達からするといきなり私達が抱き合っているこの光景は全く意味がわからないだろうし、内心きっと首を傾げているに違いないと、私は遅ればせながらに気づいたのである。
そこで私は、彼らにもちゃんと現状の説明をしておく必要があると思い、一旦バウの事をエアへと託すと『バウはそちら側で暮らすと決めたようだ。だからこれからこの子をよろしく頼む』と、赤竜達に話したのであった。
「──ギャウッ!?ぎゃう!ぎゃう!」
──すると、その話を聞いた瞬間から、父赤竜は『娘は向こうに行かなくて済むのかっ!』と上機嫌になり、母赤竜と赤竜の子も内心『ホッ』としたのか、安堵する表情に変わったのである。
やはり、いきなり知らない土地へと娘だけを送り出す事の不安はとても大きかったのだろう。
その点を鑑みても、バウの決断は正解だったのだと思う。
「…………」
──そうして、『住処』の問題が片付くと、それから先の話し合いについては大した問題もなくトントン拍子に進んだのだ。
『許嫁』となった二人は『赤竜の塒』で暮らすという事で話もまとまり……バウをこの地に残して、私達も帰る事になったのだった。
『──ただ、もうこれで二度と会えないわけではないから』と。
『会いたくなったらいつでも会いに来るし、会いに来て良いんだから』と。
『……身体に気をつけて、ご飯はちゃんと食べてね』と。
……私とエアは、バウとの別れ際にそんな言葉を交わした。
ただ、なんと言うのか、言えば言うほどに切なさが募ってきそうで、なんだかいつも以上に言葉が上手く出て来なかったのである。それはきっとエアも一緒であった。
「…………」
……ただ、上手く言葉を話せない代わりに、せめて何かしてあげられないかと考え、ならばバウの好物だけでも残しておきたいと思い立ち、私は『お土産』とでも言えばいいのか、『引き出物』や『結納品』の代わりにもなればと、私特性の『超濃厚お食事魔力』をその場で沢山作ってバウへと渡したのであった。
するとバウはその一つを『パクリ』と口に入れると、『美味しいッ』と言う様にニッコリと微笑んでいる。
そんなバウの隣では、赤竜の子も少し興味深そうにしている為、私はバウに頷いて見せ『良かったら赤竜達とも一緒に食べて』と合図を送っておいた。
──そうした後に、私達はバウや赤竜達に見送られながらこの地を去ったのである。
「……バウ、あっちで仲良くやっていけるかな」
……ただ正直な話、そのままあっさりと帰る事になってしまったのだが、エアが言う通り私達の心配は尽きなかった。後ろ髪を引かれる想いが全く拭えない。
だが、それでもバウならば大丈夫だろうとは思う。あの子は賢く優しい。人にも精霊にも愛される素晴らしい子なのである。だからきっと、赤竜達にも愛される存在となるだろう。
それに私はバウの事を信頼しているので、きっと──
──バターーンッ!、バタン!、トテ……。
「……ん?なんだ?」
「……あれっ?何か聞こえたね」
──ただ、そうして『赤竜の塒』から背を向けてエアと二人で歩いていると、暫くして塒の方から『何か大きなものが倒れた様な音』が複数、突然私達の元まで聞こえて来たのであった。
……なので、その音の原因が気になった私とエアは、一度塒の方まで戻ってみる事にしたのだが──そこではなんと、私の作った『お食事魔力』を食べて気を失って倒れている赤竜親子の姿と、『……うんうん、気持ちは分かる』と言いたげに冷静に頷いているバウの姿があったのだった。
またのお越しをお待ちしております。




