第454話 赤糸。
連れ去られてしまったバウを迎えに行く為、私は『赤竜の塒』までやって来た。
そして、人が住むのには適さない大変困難な環境であるその火山傍の大きな洞窟奥地にて、私は赤竜の子と仲良くご飯を食べさせ合い、楽しそうに過ごしている白い糸目のプニプニドラゴンを発見したのである。……どうやら見た感じ具合が悪そうという事も無かったようで、私としては一安心して思わず脱力してしまった。無事だろうとは思っていたけれども、万が一が無くて素直に安堵したのだ。
「──ば、ばうっ!!ばうっ!ばうばうっ!……ばっ、ばぅ?」
「……ぴー」
……ただ、そんな私が迎えに来た事に気づいたらしいバウの方は、赤竜の子と仲良くしていた所を私に見られた事が少し恥ずかしかったのか、私の事を見るなり──『ビクッ』となって驚き、少しだけ顔をを赤らめてなにやら慌てている。
……ふむふむ、『迎えに来てくれて嬉しい!』と。
それに、『じゃあ、迎えも来た事だし、そろそろ森に帰ろうかな!』と。
バウはそんな風に照れ笑いをして、まるで逢瀬を目撃されて誤魔化す人の様な雰囲気になっている。
だが、そんなバウの言葉を聞いた途端、それまでは一緒にとても楽しそうにしていた赤竜の子が、急にバウの翼を『くいくいっ』と引っ張ると、『かえっちゃうの?』と言わんばかりの寂し気な雰囲気でバウに問いかけ始めるのだった。
……当然、それにはバウも困惑を隠せない様子で、少しだけしどろもどろになり言葉に詰まってしまっている。
「ばうー……ばうばう!ばうー、ばう!ばうばう……ばうっ!」
「ぴー?ぴー?」
「ばうばうっ」
「……ぴー」
「…………」
するとバウは、いったい誰に似たのか、少しだけ不器用ながらもなんとか言葉を重ねており、赤竜の子のご機嫌を取りながら『また会えるから。今日の所は帰るね。楽しかったよ』的なお話をしているようであった。
対して、赤竜の子はまだまだ名残惜しいのか、バウの話に相槌をうってはいるけれども納得はしていない様である。
……そして、『外側の私』はそんな二人の状況を、出来るだけ視界に入らない位置で密かに窺っているのであった。
なんだろう。私のこの現状の立ち位置は。何とも言えない不思議な感じである。
強いて例えるのであれば、仲睦まじい恋人達にちょっかいをかけて、二人の距離を引き離そうとしているお邪魔虫的な立ち位置と言えるのかもしれない。
実際、私の姿が見えてからはバウは喜んだが、赤竜の子はずっと恨めしそうな雰囲気を少しだけ発しているのを私は感じとっている。
視線を逸らし、私の事を直接的には見ない様にしているけれども、バウへの気持ちからか『帰って欲しくないのに~』と言いたげな雰囲気が、赤竜の子から間接的に私へと黒い靄で特殊攻撃をして来るのであった。
……以前に、道場青年がエアへと想いを向けている時にも、これと似た様な『拳の形』をしたものが飛んで来た事があったが、あれの時とほぼほぼ一緒である。因みに、赤竜の子からは小さいドラゴン型のが沢山飛んで来ていた。
なので、とりあえずあの時と同じように『ふっ』と魔力を込めた息で私は弾いておく。あと、これ以上赤竜の子に疎まれない為にも、バウとその子の話がまとまるまでは邪魔にならない様にただの外野で居ようと思う。今の私はただの風景、真っ白な背景に過ぎないのだ。ジッとしておこう。
「…………」
……ただ、一言言わせて貰えれるのであれば、正直な話バウの安否の確認はできたので、私としてもそこまで急いでバウと赤竜の子を引き離す事はしたくはないと考えていた。
なので、二人がまだもう少し一緒に遊んで居たいというのであれば、それを待つ位の心積もりは当然もっているのである。
なにしろ、バウが帰ると言っている『大樹の森』はもう目の前に──既に私の中にあるのだから。いつでも帰りたくなったら直ぐに帰れるのだ。
「…………」
……ただ、戦いが始まる前に赤竜へと連れていかれてしまったので、その後に大きな戦いがあった事も、『大樹の森』が今どうなっているのかも、今のバウはまだ何も知らなかった。
なので、少しでも時間があればせめてその事だけでも伝えたいと思うのだが……、うーむ、どうやら寂しがる赤竜の子との話し合いで現状バウは大変に忙しいらしい。
ただ、バウもそうやって引き止められる事を嫌そうにしている雰囲気はこれっぽっちも感じないので、赤竜の子に『求められる』事を素直に嬉しく思っているのだろう。
……バウの照れながらも慌てるそんな姿は、見ている私達としてもかなり新鮮であった。
それに、エアが魔法使いとして『差異』と言う大きな壁を乗り越えたばかりと言う影響もあってか、今の私は『誰かの成長』を感じると『ジーン』とし易くなっている。
その為、不思議とバウのその姿にも年頃の少年の様な雰囲気を感じてしまい、何故か言い様のない感動をまた覚えてしまったのであった。……『ああ、バウも大きくなったのだな』と、思わず『ジーン』としてしまっている。
──実際、これはバウにとっても大事な経験となるだろう。
私達としては、そんなバウの成長をあたたかく見守っていきたいと想った。
……あっ、因みにだけれども、そんなバウの姿は『内側の私』を通してエア達にもほんのりと伝わっていたりする。どうやら皆内側で忙しいらしいが、そんな状態でもこちらの事に興味は津々らしい。胸に手を当てると、そんなバウへと声援を送る沢山の声が私にも聴こえてくるような気がしたのだった。
……それにしても、どうやら赤竜の子は本当にバウの事を慕ってくれているらしい。それが私の鈍感な眼でも一目でわかる。『一時も離れたくない』というのが彼女の顔に描いてあるかのようだ。それだけの想いの強さを感じる。
対して、バウの方も本当にまんざらではないと視えた……ふむ。
「…………」
──と言う事はだ。これは本当に『そう言う事』だと思って、バウを見守る側である私達としては、もう少し真剣に話を考え、進めていった方が良いのではないだろうかと、私は段々そう思えてきたのであった。
それこそ、まだお互いに幼いとは言え、将来のパートナーと言える関係を築くのであれば、ある程度の関係構築は早い段階からしても構わないのではないかと──。
──そう。つまりは所謂『許嫁』、または『婚約』と言う類の約束の話である。
そして、もしもその約束を結ぶのであれば、その後どの様に二人の関係を見守っていくのかと言う話にもなり、もっと言えば『赤竜の子とバウは何処で暮らすのが一番良いだろうか』と言う話にもなってくるのである。
「…………」
だがしかし、赤竜達が暮らすこの地には、当然の如く私は居られない。ふとした瞬間にバウ以外を狩ってしまう可能性が高いのだ。……だとすれば、これは一度、エア達とも真剣に話し合っておく必要があるなと私はすぐさま判断したのであった。
──そう言う訳で、『内側の私』により、『大樹の森』では緊急の会議が開かれバウの事についての話し合いが始まる事になり、また時を同じくして、この大洞窟の外からは二体の赤竜達が丁度良くも帰ってくるのであった。
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