第448話 囲。
身近で見たエアの姿は、想像以上にボロボロで、エアの魔力の源とも呼べる額上の『結晶角』も今はだいぶ色合いが鈍っており、角の表面は少しだけ傷が入っている様に視えた。……これはだいぶ限界に近い状態で頑張ったのだと思う。
「えっ、大丈夫だよー?」
「……いいから。ほらっ」
「それじゃあ、うんっ。ありがとロムっ……はぁー、落ち着くねっ」
私がそう言ってエアの前でしゃがみ込んで、疲れているエアを背負う為の姿勢を取ると、エアは少しだけ恥ずかしそうな声を出しながらもゆるりと乗り込んでくる。……嫌ではないらしい。
背中に感じるその軽い重さに、思わず心は喜びを得る。無事で良かったと。何度も何度も想った。
ただ、私の背に乗ったエアは、私達のすぐ傍に浮かんでいる巨木の方に興味が引かれているらしくそちらを眺めては首を傾げているようだ。……あとで彼女の事も相談しなければな。
──だが、それよりも先ずは、エア達の状況を確かめて、未だ動きを止めたままで居るドラゴン達や森にいる魔獣や獣、『モコ』、『ゴブ』などの対処をする事から始めていきたいと思う。
それに、今最も気になっているのは現状になってもまだの無事な姿を見せに来てくれていない『バウ』の安否であった……。
「……そうか」
「……うん。突然だったんだ。……だから、誰も反応出来なかったの。そのせいで、バウは──」
『大樹』の傍まで帰って来て、近くでは四精霊も見守る中、私はエアからこの場所でなにが起こったのかを教えて貰っていた。……そして特に、今姿が見えないバウの事を。ここで何があったのかを。
すると、エアは悔し気に肩を落としながらも、最初から順々に語ってくれたのであった。
……それによると、話は私が【転移】で消えたその直ぐ後から始まるらしい。
エア達は当初、いきなり消えた私に対してやはり驚いたそうだ。
そして、最初はその事に慌てふためいてみんなで探し回ってくれたのだという。
それこそ、以前に二つ目の『差異』を超えた影響で私の姿が見えなくなってしまった件もあったので、またあの時と同じような事が起きてしまったのではないかと、皆で一生懸命私の名を呼んだり、魔法で探してくれたらしいのだ。
それによって『大樹の森』は一時『ロムさん大捜索隊!』が結成されて、森の中を隅々まで調べ周ったり、『別荘』の中にあるもう一つの大陸の中も精霊達が捜索してくれたらしいのである。
そして、それのせいでエア達は森へと段々と近付いて来る『敵』への対処が遅れてしまい、気づいた時には『大樹の森』の外縁部には中からエア達も精霊達も出られない様な『領域』がいつの間にか形成されてしまったのだった。
ただ流石に、見知らぬ『領域』が展開された時点でエア達も『異常』であると察したらしく、何が起きてもいい様に各自で役割分担をして、私が帰って来るまで防衛の準備を整える事にしたのだという。
そして、皆の共通の認識として『ロムが急にいなくなったのもきっとこれに関係している!』『ロムが私達に何も言わずに勝手に居なくなるわけがない!』『この場所を守っていれば絶対にロムが戻って来る筈!』と、……そう信じて待って居てくれたのだ。
ただ、『大樹の森』の外縁部また外側に張られた『領域』はどうやら外側からなら内側に侵入できる様になっているものだったようで、その翌日からは次々に色々な生き物や魔獣達、『ゴブ』、『石持』等が入ってくるようになり、それを撃退しながらエア達は森を守ってくれていたのだそうだ。
でも、『敵側』も恐らく最初は小手調べと言うか、エア達の感覚だと『ロムが居るか。もしかしたら直ぐに戻って来るんじゃないのか』と、探っていた様な雰囲気があったのだとか。
──そして、『敵側』が完全に私の姿が無い事を確認できたのか、数日前にいきなり本気で攻めて来る気配が強くなり、それと同時にまるで開戦の狼煙だとでも言うが如く、以前にエアも戦った事があった『子連れの赤竜』が突如として『大樹の森』へとやって来たのだという……。
「…………」
……ただ、そこでなんとも不思議な事に、戦いに来たのかと思いきや、その『子連れの赤竜』は今回もまたその子供である幼竜を一緒に連れてきており、そのせいでエア達は戦う事を最初躊躇ってしまったのだという。
だがまさか戦場に自分の子供を連れて来るなんて……と言うのはエア達からすると至極真面な疑問ではあった。何しろ、幼竜では力不足にも程があるからだ。
それに、もしも薄情な存在がそれをやったのであればまだ警戒に足り得るかもしれないと思えるが、その赤竜にとってその幼竜がとても大事な存在であると言う事は以前に助けにくる姿を見ていて知っているエアからすると、どうにもそうだとは思えなかったのである。
つまりは、エア達はそこで、この異常事態かつ戦時下であるにも関わらず『赤竜はきっと間が悪くも、何か他の理由で普通に訪問してきてしまったのでは?』と考えるに至ったらしい。……なるほどである。さもありなんだと私も思った。
そして実際、その時の『子連れ赤竜』も最初はずっと大人しくしており、連れて来た自分の子供がバウの姿を見つけると『ぱぁっ!』と嬉しそうに抱き付きに行くのを赤竜も穏やかそうな瞳で眺めて居るだけだったそうなのだ。
バウを見つけた幼竜は、そこからは暫くバウにべったりで遊んで欲しそうに『きゅーきゅー』と鳴いておねだりしていたらしい。そして、バウの方も以前にその子に会った事はちゃんと覚えていたのか、一緒にお絵かきをして遊んであげたのだとか。
なので、エア達も思わず油断……と言うのは流石に酷だとは思うが、そんなバウと赤竜の子のほっこりとするやり取りに、『癒し』を感じて、皆で見守る雰囲気になってしまったんだそうだ。
……誰も悪くはない。そんな光景にはきっと誰だってほっこりとしてしまう事だろう。
「……でね、そのままちょうどお昼位になった時に、赤竜が自分の子とバウの分まで一緒にご飯を二人分を用意してくれたんだけど──」
そこで、何やら急に時間を感じ取ったのか、赤竜は『ピクッ』と何かに反応したような仕草を見せると、いきなり特大の『お食事魔力』を作り始めたのだという。
それは見た目もかなり大きな代物だったようで、皆それを一目見て、バウと赤竜の子の二人分を作ってくれたのだと、そう思ってしまったそうだ。
そして、それはバウも同様だったようで、赤竜の子と仲良く食べようとその特大『お食事魔力』に近づいたのだが──そこでなんと、いきなり赤竜の子がバウに向かって『大好きハグ』してきたらしく、バウはその子と一緒に押されるような形で『お食事魔力』の中に入り込んでしまったらしいのである。
球体状の無色透明な魔力の塊の中に入り込んでしまったバウと幼竜の子は、まるで卵の中に入り込んでしまった様な状態になったのだそうだ。
そして当然、その光景を視たエア達は『……あっ』と言う声が漏れたらしいのだが、そんなエア達の反応に対して、赤竜は一度だけエア達の方へと顔を向けると『ギャウッ!』とだけ言って軽く喝を入れ、自分はその『お食事魔力』をパクっと口の中に含み──サッと羽ばたいて急に飛び去ってしまったのだとか。
「──だけどっ!わたし達もそこからは直ぐに動き出して追いかけようとしたんだよっ!でもね──」
エア達はいきなりの赤竜の行動に驚きはしたものの、そこですぐさまに飛び去ろうとする赤竜を追いかけようとはしたらしいのだ。
それに、『大樹の森』の外縁部には例の『領域』もあるという事を知っていたので、直ぐに追いつけるだろうとも思っていたそうなのである。
──だがしかし、そうすると今度は、赤竜が『領域』の外に出ようとするタイミングで丁度よく外側から信じられない程の成体ドラゴンの大群が赤竜とは入れ違いで入って来て、エア達はその対処に追われる事になってしまったらしいのであった。
……そうして、その後は私も想像する通り、ひたすらに四精霊とエアで『大樹の森』を守り続けていたらしい。不思議な事に、四精霊以外の精霊達が急に動けなくなってしまった事で凄く苦戦もしたのだとか。いすれにしても、バウを助けに行く余裕など全くなかったそうである。仕方のない話だ。
でも、エア達はバウの事を助けに行きたくても行けなかった事を、とても悔やんで、肩を落としていた。
『バウが誘拐された……』と言って、みんな悲しげである。
ただ、私はバウの身にはそこまで危険はないように感じた為に、エア達に励ましの言葉をかけたのであった。
『あの赤竜は子供を害する様な存在には思えないのでバウも恐らくは無事だろう』と。
『それに、今回襲撃してきたドラゴン達とも関係がない様に思えるから、こっちの件が片付いたらバウの事を迎えに行こう』と。
すると、上手くは励ませられなかったけれども、そんな風な意味合いの事を言うとエア達も納得してくれて、皆前向きになってくれたのであった。エアは既に、こっちの事はさっさと片付けてバウの事を直ぐにでも迎え行きたい気満々である。
……と言うか、単なる誘拐なのかそれとも保護したつもりなのか、どちらなのかはよく分からないが、勝手にバウを連れていってしまった赤竜にとりあえずは一言文句を言いたいらしい。うむ、気持ちはよく分かる。
──と、そう言う訳で、大体の状況を把握した私達の心は既にバウの方へと向いていたのだが、その時身体を固定し動けなくしていた筈の──嫌な雰囲気を纏うドラゴンの一体から、とても大きな怒声が私達へと向けられて放たれたのであった。
『──神に仇為す罰当たりどもめがぁぁぁぁぁぁーーッ!滅びよぉぉぉぉぉぉーーッ!!』と……。
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