第446話 白日。
空を飛び高速で移動する巨木と共に、私は『大樹の森』へと向かっていた。
傍に居る巨木の彼女は未だ動きを止めたまま『ジー』っと私の事を視ている様な気がする。
どうやら一緒について来てくれる気分ではあるようだ。
正確な言葉は聞こえないけれども、そんな雰囲気を感じる。
彼女は何も言っていないので、『何も聞こえないのになんでそんな事が分かるのか?』と普通であれば思うだろうか。
……だが、何もこれは特別な事をしているわけではなかった。
私は幼い頃からずっとこの様な感じのやり取りをして来た経験があるから、ただ単に慣れているだけなのである。
なにせ、最初は精霊達とも、ずっとこんな風に接してきたのだから……。
私だって、全てが最初から目に出来ていたわけではない。
……最初はずっと、ただただ違和感をずっと感じ取る事しかできなかった。
そして、その違和感の気持ちを自分なりに想像してきただけなのである。
ただ、そうする事によって私はいつの間にか彼らの存在をちゃんと感じ取れるようになり、仲良くなれた。
そのおかげで、彼らがするのと近い技でもある魔力によって気持ちを伝えるという行為も身につける事が出来たのだ。
「…………」
なので今のは正直ただの勘に過ぎなかったのだが、一応は確りと彼女に対しても魔力を送って伺いを立ててみたが……うむ、やはり彼女は嫌がってはいないらしい。
まあ、これも彼女からの返事があった訳ではないので、彼女に宿る魔力を感じてなんとなく察しただけなのだが、きっと間違いではないだろう。
それに、彼女がきっとそうして動きを止めたまま、『ジッ』と私の事を観察しているのも、その方法を探ろうとしているからではないかと、私は勝手に推測していた。
……前もそうだった。彼女に魔法の手解きをした時も、こんな感じだったような気もする。
かつて彼女に魔法の手解きをした時のも、こうして何度も何度もやって見せた覚えがあった。
そして、彼女はそれを自分なりに何度も何度も繰り返して練習していたのだ。
彼女も今、何かしらのやり取りをしたいと望んで何かを試しているのだろう。
あの時とは違ってエアの的確な助言がないから、今の所はあまり上手くいってはいない様だけれども……きっとその内、彼女も上手く使いこなす事が出来る様になる筈だ。
だから、そうなるまではまだ少し時間はかかるだろうけれども、そうなった時にはきっと彼女とも言葉は交わせずとも思いは交わせる様にはなれると思う。
そうすれば、彼女の気持ちも知れるし、彼女を救うきっかけにもなる。
彼女には心がちゃんと残っているのだと現状では私しか信じないかもしれないが、そうなればエア達もきっと分かってくれるはずだ。エアの回復と浄化ならば、絶対に何かしらの効果も望めるだろう。
……だから、それまではもう暫くはそのままで辛抱していてほしい。
「…………」
そうして、巨木と一緒にかなり急ぎで飛んで帰った結果、そこまで時間も掛からずに私達は『大樹の森』の外縁部が目視できるような距離にまで接近する事が出来たのだった。
ただ、ここに来るまでに、『泥』を使って『大樹の森』の中まで偵察しようと思ったのだが、それは不思議と失敗してしまったのである。
……と言うのも、どうやらこの外縁部から先に進んだ瞬間から、私と『ドッペルオーブ』との接続が強制的に切られてしまうらしく、上手く探知する事が出来なくなってしまうのだ。
ただその原因も、こうして現状を目視した事により、大凡の理由を私は察するに至ったのである。
「…………」
私が視た所によると、どうやら私の『領域』とも呼べる『大樹の森』には今、その全体を覆う様な形で更にもう一つ、何者かの強力な『領域』が展開されているらしいのだ。
要は、その『領域』に覆われて遮断されてしまっているが為に、本来であれば『大樹』や『泥』に付属した『ドッペルオーブ』によって意識を向ければ遠距離でもある程度の状況を把握する事が出来る筈の力が、使用できなくなっているという訳なのであった。
──当然、そんないらない『領域』は邪魔な為に、私は一瞬でパパっと無理矢理に消し去ってしまった。……人の居ぬ間に勝手な事をしないでもらいたいものである。
「…………」
──ギャアアアアアアアア──
その瞬間、何者の叫びに近しい悲鳴と共に空間が揺らいだ気がしたけれども……まあ、恐らくは気のせいだろう。
それに、正直そんな事よりも、『大樹の森』が本来の姿を私の前に見せてくれた事の方が余程に重大事だ──。
……なにしろ、先ほどまであった邪魔な『領域』のせいで気づけなかったのだが、どうやらあれには『まやかし』に近しい効果が張り巡らされていたらしく、私の目には先ほどまで何一つ変な所がない普段通りの森の姿を見せられていたのだが、実際には、とんでもない光景が私の目に飛び込んで来たのである。
と言うのも、そこにはなんと今までに見た事がない程の──まるで空を埋め尽くさんとしているが如く、数えきれない程のドラゴン達がそこには居た。
そして、青々と元気に育っていた木々は、大部分が破壊に巻き込まれており、一部では炎が燃え広がってもいる。
更に、森の中には何やら見た事のない巨大な獣達や魔獣の姿、またそれの傍には気配的に『モコ』だと思われる存在や、それのなりそこないとでも呼べばいいのか『ゴブ』の姿も多数見受けられたのだ。
その上、そんな数々の『敵』を前にしたまま、森に居る精霊達は不思議な干渉でも受けているのか、不自然な状態のままで動きが止まっており、皆悔し気に涙を零しては、『その戦い』の行方をただただ見守っているのである……。
「…………」
そうして、動けない多くの精霊達も見守る中、『その戦い』の中心とも呼べる場所では、夥しい数の『敵』を相手に……たった四人の精霊と一人の『差異』を超えし鬼の魔法使いが、死闘とも呼べる戦いを繰り広げていたのであった──。
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