第444話 改過。
私は落ち行く彼を抱き留めた。
……落としはしない。
そして、受け止めた彼と共にゆっくりと魔法で下降しながら、傷ついた彼の身体に今できる精一杯の回復を使って治していった。
ただ、回復を受ける彼の方は既に意識も朦朧としているのか、血と涙で溢れた顔のまま薄目を開けて、ひたすらに何かを呟き続けていた。
『父さん、母さん……みんなの……仇を……あいつを……』と。
そう言って朦朧としながらも、彼は未だに戦意を残しているようであった。
どうしようもない程の怒りと悲しみが、彼の意識を繋ぎ止め突き動かし続けているようだ。
……でも、彼の身体は最早その想いに応えてあげられる様な状態では無かった。
身体中の筋肉が断裂しているに近しい状況であり、全身の骨も攻撃の威力に耐えきれなかった様で、複雑に破砕しては彼の内臓に幾つも突き刺さっているのが分かったのである。
このまま更に無茶をすれば間違いなく彼は……。
当然、そうなってしまう彼を私は見てはおけなかった。
「──すまない」
……ただ、そんな彼の傷つく様子もずっとただ見ている事しか出来なかった自分に、私は言い様のない嫌悪感も抱いていた。
反応が遅れ街を守れなかった事然り、『どちらも助けたい』と思いながらも何も手を出さずにただ眺めていた事然り……今の私は酷く想いと行動がちぐはぐである。
『……なんだこれは』と、思わずにはいられなかった。
『いつの間に私は、なんでこんなにも咄嗟に動けなくなったのだ』と、己に対して不甲斐なさを感じるしかなかったのだ。
これは最早、不器用以前の問題である。
……私と言う魔法使いはこんなものだったのだろうか?
止めようと思えば、もっと早くに。彼の事もこんな状態になる前に止められた筈なのに……なぜそれをしようとすら思えなかったのだろうか。
本当は自分はもっと『力』を出せると思っていながら、その『力』を何も発揮できていない現状に酷くイラつきを覚え、心が掻き乱れる感覚があった。
情けなくも私は、傷ついた彼を前に謝る事しか出来ないでいたのだ。
そして、せめてもの償いだとでも言うかのように、私は彼の傷を一つ一つ慎重に癒やしていったのである。
「…………」
それも、今の私にできる回復など高が知れているので、彼を一気に癒してあげる事すら出来なかった。
私は、彼の傷一つ一つを『お裁縫』で衣服の綻びを繕っていくかのように、魔法で元の状態へと地道に治していったのだった。
魔力的な視点で言えば、ただ継ぎ接ぎをして応急処置をしている様なものでしかないけれども、これが今の私にできる最善であった。
……当然、これすらも焦っていい加減な処置をすれば彼の身体はもう以前の様に動かせなくなってしまうのだから、細心の注意を払いながらやってはいる。
出来るだけ慎重に、そして正確に、それでいて尚且つ最大限に、私は急いで治療を進めた……。
『……ろむさん?……うっぅ……ろむさんっ……たすけに?……』
ただ、そうして私が彼の治療を進めていると、途中で彼も私の事に気づいたのか、朦朧としながらも急にそんな呟きをぼそりと口にし、その途端に彼は急に顔を覆って『すみません……ごめんなさい……』と言って、私に向かって謝りだしたのである。
私はそんな彼の姿を見て『……なんで君が謝るのだ』と、酷く申し訳なくなってしまった。
『君は悪い事など何もしていないではないか』と思った。
『君は精一杯、己の出来る事をしようとしただけだろう』と。
そして、『謝らなければいけないのは私の方だろう……』とも。
……だが、それでも彼は、私がしているこの治療に感謝してくれているらしい。
ただ私としては、これくらいの事しかしてあげられない事に、酷く情けなさを覚えざるを得なかったのである。
今回の私は、結局また見ているだけしか出来なかった。
だから私は、君に感謝される様な善人ではないのである。
助けに来たつもりではあったけれど、結局は何も間に合っていないのだから……無意味に近い。
……だから君は、本当は私をもっと詰ってもいいのだ。もっと怒りをぶつけていいのである。
『本来ならば、もっと責めるべきなのに……』と、そんな気持ちを私は抱いていた。
……見てみろ、結局は私なんて、それほど大した生き物でもなかっただろうと。
それこそ矮小で、ただ単に不器用なだけの、一介の魔法使いでしかない。
化け物でもなんでもないただ一人の──
『──ロムッ!!』
──その時だった。
グダグダと色々考えていた私の心の中に、一瞬だけ雲間から光が差すかの様なエアの声が届いた気がしたのである……。
そして、その声が聞こえた事で私は『ハッ』とし、冷静さを取り戻す事が出来たのであった。
……その声はただの気のせいだったのかもしれないが、前にもこんな事があったおかげで私は冷静に自分の事を見つめ直し、色々と思い返す事も出来たのである。
「…………」
──そして想ったのだ。
『……いやいや待て待て』と。
『私はなんで、急にこんなにも自分の情けなさに押し潰されそうになっているのだろうか』と。
ここ最近……いや、言うならば友の事も含めて少し前から、何か良くない方向へと導かれている気がしてならなかった。
勿論、友の事も今回の事も、心配は尽きず、気に病む事も多かったのは確かである。
それによって、自分の不甲斐なさを感じる事も、これまでに比べれば多かった様には思う。
だが、ここまで簡単に己を自失する程、私は軟では無かった筈だと気づいたのだ。
……ほんと、私が何百年生きて来たと思っている。今までの経験は何処にいった。
そんな繊細に想う心なんて、もう何百年も前に置き忘れてしまったものだろうと。
それこそ冒険者としても、魔法使いとしても、悲しい事だが知人が亡くなったりする事はこれまでに何度も経験してきた。だから、状況によって気持ちを切り替える術は十分に培ってきた筈なのである。
それが今更、出来ないわけがないのだ。
悲しむ時は悲しむが、切迫している時には確りと毅然として目の前の状況に対処するのが、一流の冒険者であり魔法使いの最低条件である。当然、今はのんびりと悲しんでいていい時ではない。
……だから、気を強く持て、自分を見失うな。
立ち止まり、思考を止めればそこでお終いである。
それではダメだろう。
私がこれまで培ってきた全てを無駄にしない為にも。
地道だろうとも、私は歩き続けなければいけないのだ。
常々不器用で、時々ポンコツをやらかしてしまう私だけれども、それ位は出来る筈なのだから、と……。
「…………」
……それにしても、ここ暫くは色々と不可解な事が多過ぎると今更ながらに思った。
納得のいかない状況も多く、それもこうまで突発的な事件が連続して起こる事も今までになかった事である。
だがしかし、それによってまさか自分がこんな風に精神的に不安定な状態になってしまうとは思いもしていなかった。……いや、こうなっている時点で、もしかしたら何者かの企み通りと言う事なのかもしれない。
私の今の状態を考えれば、またどうにも上手く誘導されている様な気がしてならないのだ……。
明らかにおかしいと感覚が訴えている。私の状況こそがまさに異変だ。
本当にこれらは全て誰かの企みの内であり、そこにまんまと嵌められている様な感覚だった。
言うならば、『罠の中で、獲物がじっくりと弱るのを待たれている』感覚である。
……ただ、なんとも厭らしい手段だが、ある意味では確かに有効ではあると感じた。
感覚派の魔法使いの弱点は精神面にあるのだと、私も思い知ったのである。
こうまで感情を揺さぶられる事件が続けば……『差異』を幾つ超えて居ようとも、魔法使いと言う生き物はその能力に弱体化がかかってもおかしくはないのだと……。
──だがしかし、と言う事はだ、本当の相手が何であれ、このままの状態で流され続けるのは大変によろしくないだろうと私は思ったのだ。何か対策を講じるべきだろうと。
……よって、『敵』の思惑を外す為にも、何かしらの行動を取る必要があると考えた私は、何かよい『対処法』はないだろうかと頭を回し始めたのであった──
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