第442話 緊迫。
(注意・次話との兼ね合いにより、今回の区切る部分は中途半端になってしまっております。申し訳ございません。)
一瞬の気の緩みで、街は巨大な樹木の魔獣の放った魔法によって、火炎に飲み込まれてしまった。
「…………」
私はそんな街の光景を半ば呆然として見つめながらも、すぐさまに魔法の火炎を消し去っていく。
……だがもう、一瞬でもその衝撃と燃焼を受けた街並みは、既に変わり果ててしまっていた。
心の中には後悔に似た暗くドロドロとしたものが溢れて来る感じがして、空に浮かぶ私は立ち眩みに近い感覚に襲われている。
…獣の魔法に対する反応が致命的に遅れてしまい、防御用の魔法を使えなかった。
そのせいで、『ダンジョン都市』は崩壊してしまったのだ。
……正直、これは私の失態だと思った。そう思わざるを得なかった。
誰かに咎められた訳ではないが、私自身がそう認識してしまったのである。
『全てが私の責任だ』なんて、そんな極端な発想をするまでには至らなかったが、気分的にはそれにかなり近いものを抱いていた。
『油断さえしていなければ守れたのに……』と、そんな愚かしい思いで胸がいっぱいになりそうである。そんな情けない言い訳ばかりが、何度も何度も胸中で反響していた。
魔獣の火炎による被害はそれほどまでに甚大だったのだ。
崩壊した『ダンジョン都市』にはかつての姿はもう見る影もない。
……どれだけの生存者がいるのか、それを考えると最早絶望を禁じ得なかった。
──ただ、そんな絶望と同じ位に、私は目の前で動きを止めた巨大な樹木の魔獣の姿に、悲しみを覚えざるを得なかったのである。
「……私が分かるか?」
魔法を発動した後、動きを止めた魔獣は、何となくだがわたしの事を見ている様な気がした……。
私がそう問いかけても、反応は何も返してくれないが、きっと彼女にはその声が届いている様な気がしたのである。
……そもそも、なんで彼女はそんな建物の数倍はあろうかと言う大きさにまで成長してしまったのだろうか。
私の中ではもう既に、あの魔獣はとある喫茶店の樹人族の店主で間違いないと、そんな確信に近い直感があった。……あれが彼女ではないと私には考えられなかった。
だがしかし、『あれが彼女ならば、いったいどうしてそうなってしまったのか』、『彼女がどうして街を破壊してしまったのか』……それが全く想像できなかった。何か訳があるならばその理由を知りたいと思った。
彼女はこの街の冒険者としての誇りを持ち、この街と人々を守ろうとしていた人である。
そんな人が、望んで街を破壊したとは到底思えなかった。
当然、樹人族と言う種族の者達が皆、こういう変身能力をもっている訳ではない事も私は知っている。
森に暮らす者として、互いの種族こそ違えど、種族毎の特性くらいは私にも多少は理解があった。
「…………」
だから恐らく、この件に関しては彼女の意思によって行われたものではないと、私はそう判断していた。
だが、そうだとしたら、今回もまた『マテリアル』の暴走が影響しているのだろうか。
……その可能性はかなり高い様に思える。
はたまた、他に考えられる原因としては『ダンジョン』か何かしらの存在に彼女が操られてしまっている可能性も考えられるだろうか。
現状、私は自然とこの件には彼女の意思が介在していない事を前提で推測をしていた。
『彼女がこんな事をするわけがない』と言う固定観念がそうさせているのだが、それが間違いだとも思えなかったのだ。
……正直な話、私はこれが彼女の意思によって引き起こされた事件であるとは、どうしても思いたくなかっただけなのかもしれない。
「……君は、仲間の冒険者と共に、『金石』のダンジョンに潜っている筈ではなかったのか?」
そうして、私は未だ動きを止めたままで居る巨木に対して、そんな声をかけた。
『探索には時間が掛かっていると聞いたが、着実に成果を上げていると聞いて喜ばしく想っていたのだ』と。
『……上手くいっていたのではなかったのか?何かしらの失敗をしてしまったのか?』と。
『……何か異変に巻き込まれてしまったのか?』と。
私の心の中では、かつて共に過ごした喫茶店と、その店内でエアと共に魔法の練習に励む彼女の姿が思い返されていた。
あの頃の彼女に声を掛けるつもりで、私は目の前の巨木へと声をかけ続けている。
……きっと声をかけ続ければ、何かしらの反応を返してくれるんじゃないかと、そんな気もしたのだ。
『……君は、守りたいものを見つけたと言っていたではないか』と。
『あの時と同じ様に、また力になるから、何があったのか話をしてくれないか』と。
……そんな風に私は、いつになく弁舌だった様にも思う。
私の言葉が聞こえているのか、未だ動きを止めたままでいる巨木に、私は彼女の意思が残っている様に感じた。
それに、ここで声を途切れさせてしまえば、その瞬間に彼女はもう彼女ではなくなってしまう様なそんな気もしていたのだ。
──だから、『なんとかしたい』と強く思ったのである。
「…………」
……でも、それは藁にも縋る様な行いだった。
どうしたらいいのか、それ以上何をしてあげたら良いのか全く分かっていないと言うのが本心だ。
既に回復や浄化も試しにかけてみたのだが、それらもどうやら効果は無いらしい。
現状では、私にできる事はもう、声を掛け続ける以外の選択肢が無かったのである。
「…………」
……だが、どれだけ精一杯話しかけても、彼女はそれ以上の反応を返してくれはしなかった。
ただ、その様子からもしかすると、彼女は今『返す言葉とその方法』を失ってしまっているのかもしれないと私は思い至る。
つまりは、彼女は何かしらの返事を返したくても返せない状況にあって、あの状態でなにかを私に伝えようと──
「──ウオオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!」
「──っ!?」
動きを止めた巨大な樹木の魔獣の中に、知り合いの意思を感じた私が、何かしらの救う手立てを探りながら頭を悩ませていると──突如として眼下の瓦礫の一角からはそんな叫び声が響き渡ったのであった……。
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