第441話 等閑。
ダンジョンから出てきたであろう巨木の魔獣によって、『ダンジョン都市』は既に大きな被害を受けていた。
その様子の一部を街の外に配置してあった偵察用の『泥』から視て知った私は、エア達が待つ『大樹の森』がある方ではなく進路をそちらに急遽変更して急いで向かったのである。
……ただ、正直に言わせて貰うと、私は善人などとは程遠い存在だ。
だから、今回そちらに急に向かう事にしたのも、実はただ単に気が向いただけと言う理由以外に大きな意味を持ってはいなかったりする。
──つまりは、俗にある様な、『困っている人達を一人でも多く助けたい』とか、『その魔獣を倒して街の人達を守りたい』とか言う正義感など、私にはきっとこれっぽっちもなかったのだ。
だから、強いて言うのであれば、『興味があった』と言うのが、最も近しい心境だったのかもしれない。
急にそんな異変があの街で起きた事への関心と、その異変が他にも広がらないかと言う懸念だけが私の行動理由だったのだ。
勿論、私に何かできる事があるのならば協力するつもりだし、態と困っている人を助けないと言う意地悪な事をするつもりはない。
……けれど、友二人を救いに思わず出てしまった時の様な──心配過ぎて無意識で【転移】を使ってしまった時の様な気持ちとは、だいぶ離れた所に私の心はあったのである。
恐らく、友二人の件が一応は解決した事で、『ホッ』として気が抜けていた部分もあると思う。
それに、精神的な疲労も……。
──だから私は、情けなくもそんな言い訳をして、きっと目の前の光景から少しだけ現実逃避したかったのだろう。
「…………」
……急いで向かってはいたのだ。
それに、【転移】等の使えない魔法はあるものの、戦闘用の魔法であれば万全に使えた筈だ。
それこそ、『泥』での状況把握も常に行っていたのである……。
だが、しかし、その時の私は瞬き程の間──そんな魔法使いとしては生死に直結する様な致命的で絶望的な隙を愚かにも晒してしまい、あろう事か反応が遅れ、その巨大な樹木魔獣が突如として放った『範囲魔法』に対し、街の人達を守るための防御魔法を私は咄嗟に使う事が出来なかった。
それまで、巨木が行う行動は物理的に木の根を足の様に動かして踏みつけたり、枝を腕の様に振り回して建物や人を吹き飛ばす事ばかりであった為に、多少なりとも油断もあったと思う。
でも、まさか魔法を……それも、どこかで見た事がある『あの強力な火の魔法』を、あの樹木の魔獣が突然こんな街の中で使って来るとは……私も思いもしていなかったのだ。
「…………」
……いや、もっと言うのであれば、反応が遅れた理由は、精神的な理由だけではなかったのかもしれない。
どちらかと言えば、驚きの方が強く、呆然としてしまったのだろう。
──なにしろ私は、あの魔法を魔獣が使ったのを見た瞬間に、あれが誰なのかが直感で分かってしまったのだ……。
久しく会ってこそ居なかったが、相手の活躍は『泥』での情報収集の際にもよく聞いていたのである。
……だいぶ好調だと言う話も聞いていたし、内心嬉しくも感じていた。
それに、その相手には一時期エアと共に魔法の手解きをした事もあるのだ。忘れるわけもない。
……だから、相手が使ったあの魔法も含めて、相手が誰なのか間違える訳も無かった。
今更ながらによく視れば、その樹木の魔獣には至る所に見覚えのある木製の車輪まで……。
それなのに……私はなんでもっと早くに、気付かなかったのだろうか……。
「…………」
──あれは、あの巨大な樹木の魔獣は、私の予想が外れていないのだとすれば、知り合いの喫茶店の店長である事を……私は察してしまったのだった。
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