第439話 多岐。
「…………」
友二人の安否を知る為にこの見知らぬ土地にまで来て、この短い間に色々とあった。本当に色々と。
そして私は今、気づけばこの大陸の果ての崖の上にて、海を眺めて居る。
傍にある小屋の中では、目を覚ました友二人が何らかの話し合いをしている事だろう。
あちらがどうなっているのか、それを気にならないと言えば嘘になるが、色々な意味で目を覚ましたあの二人には互いを知る為の時間が今は必要だろうと思った。
「…………」
結局の所、ティリアはレイオスの手を取り、確りと見つめ直す事にしたのである。
沢山悩み、沢山涙した後に、彼女はレイオスと共に生きる道を選んだ。
彼と言う存在が自分にとってどれほど大きいのか、彼女もそれをようやく認識したらしい。
……愛する事よりも愛される事を選び、自分を愛してくれる彼を愛していきたいと、そう想える様になったのだろう。
と言うか、これまでずっと傍に居て当たり前だった存在が、本当は誰よりも特別な人である事に彼女は気づけたのだと思う。
少しだけ白銀の阿呆に心は向いていたのかもしれないが、本当の相棒はいつも彼女の隣に居たのである。
それに、私としてもあの二人がそういう関係である事を喜ばしく想った。
だから、その為に待つ事位ならば、今更大した苦にもならない。
友二人がこれまでに背負って来た色々に比べれば……私の想いなんてものは取るに足らないものだったと思える。
……それこそ、今までに出来なかった話も沢山あるだろう。そしてこれからの話も。
そんな色々な話を、あの二人はゆっくりとしているのではないだろうかと私は予想はしている。
そして、この先の彼らが本当の意味で、寄添い合える『良い関係』になってくれたら、あの二人を影ながら見守って来た私としては、それだけでもう充分なのであった。
……今は亡き、『里』の仲間達も、あの二人の行く末をきっと気になっていた事だろう。
だが、それももう安心である。その役目も、残り一人となった私が、ちゃんと最後まで見届けるから、どうか安心して欲しい。
青い海の果てに視線をやりながら、私はきっとそんな事を考えていた気がする……。
ここには思わず無意識のままに来てしまった訳だが、結果的に本当に来て良かったと思えた。
友二人が無事であった事は純粋に喜ばしく、そしてそれ以上に彼らの関係が一歩進んだことを知れた事が、私としてはここに来た何よりもの収穫だったように思う。
……まあ、正直な話をすれば、レイオスの事やティリアの想いで、精神的には私もかなり参ってしまったり疲れてしまった部分はあったけれども、今となっては終わり良ければ総て良しと言う、そんな心持ちであった。
それに、海を見ていると段々とそんなざわついた気持ちも穏やかに、落ち着いていく気がする……。
「…………」
後はまあ、それとはまた別の部分で、なんとなくだが無性に『大樹の森』に帰りたくて仕方がないと言う気持ちが凄く膨れ上がっては来ていた。……はやく帰ろう。エア達の所に。
早く帰らないとまたエア達を心配させてしまう可能性が高い。事情を説明すればきっとエアは許してくれるとは思うけれども、それでもあまり怒らせたり、不安にさせたりする事はなるべくなら控えたいと思うのだ。
ただ、それもまた、小屋中の友二人の話し合いが済んでからの話である。
ここで何も言わずに帰ってしまうのは、薄情が過ぎるだろう。
それに、レイオスの状態もあるし、ティリアの腕の事もある。
まだ私が二人にしてあげられる事は残っているので、それが済むまではもう少しこのまま居るつもりだ。
友二人の話し合いが後どれほど続くかは分からないけれども、それがまとまるまでは、私もいつまでも待ち続けて──
「…………」
──ただ、そうして待って居た私でだったのだが、自分が思っていた以上に疲れていたのか、次に目を覚ました時には、なんと次の日の朝日が昇ってくる所を目にして驚く事になるのであった。
……正直、その瞬間は、いつの間にこんなにも時間が過ぎていたのかと驚きしかない。
ただ、どうやら崖の上で腰を下ろしたまま私は眠っていたらしく、一晩をこのままの状態で過ごしてしまったようだ。
だが流石に、これはあまりにもいきなり過ぎたので、自分でも素直に驚かざるを得なかったと言うのが素直な気持ちである。……私はそんなにも眠たかったのだろうか?
いや、それにしても、こんな風に一瞬だけ瞼を閉じたら、次に開けた瞬間にはもう時間が半日以上飛んでいた事など、これまでに経験した事もなかった為、私は何とも不思議な感覚を得たのであった。
……それに、なんだろうか。上手くは言えないし、よくは覚えてもいないのだが、なんだか少し不思議な雰囲気も辺りには感じていたのだ。
それに私は、誰かに会っていたような気もしたのである。
──これはもしかしたら、私は意識だけをどこかに飛ばされていたのかもしれないと、そんな想像が一瞬だけ頭に浮かんだ。
それこそ、前に『聖人』と会っていた時と同じような、そんな時間感覚のズレが──
「──ロム」
「──おはよう」
……ただ、私のそんな疑問は、柔らかな二つの声が聞こえた事によって簡単に霧散してしまった。
私は座ったまま、その声の方に顔だけ振り返ると、その先には隣り合う二人の姿が見えたのである。
そこに居た二人は、小屋の出入り口から、手を繋いだ状態で私の事を呼んでいた。
……すると、そんな二人の並び合う姿が見えただけで、私は何故だか心が『ジーン』としてしまったのだ。
目の前の二人の姿は、共に何か掛け替えのないものを無くし、共に何か大切なものを選んだが故の複雑さが混在している姿であった。
その心も身体も、色々なものにぶつかり、傷つき、苦悩し、涙してきた姿そのままだ。
そして、その果てに、私は初めて二人の本当の姿を見たようにも思えたのである。
ああして二人は寄添い、大切にし合える相手をその手にしていた。
本当に見たかった光景が、ようやくそこにはある様な気がしたのだ。
沢山の回り道と我慢の果て、苦労を超えた姿がそこにはあった。
だから、『……こんなの普通ならば、泣かない訳がないだろう』と、内心そう思えてならない胸に来る光景が目の前には広がっていたのだ。
「…………」
……ただ、それを見ても私は──私の顔は、何一つ彼らに返す事が出来なかった。
こんなにも感動すべき場面を前にしても、この表情は一切、ピクリとも動かなかったのである。
だから、それも自覚した時、私はこうも思ってしまったのだ。
ほんと、もっと私が分かり易くあれば、彼ら二人にも苦労をかけずに済んだかもしれないなと。
レイオスが言う通り、人の気持ちをもっと察してあげられる様であれば、彼らの事をこんなにも傷つけなかったかもしれないと。
私と言う存在がいたからこそ、彼らはこうまで回り道をしてしまったのかもしれない。
やはり私は、君達二人の邪魔になっていたのだなと、そんな事柄がストンと心に落ちて来て、納得してしまい今までにないくらいに思い知ってしまったのだった……。
──だがしかし、それは何も悪いだけの話ではなく、救いなのはそんな悪い方向の気持ちが全て吹き飛ばしてしまう程の、二人の穏やかな笑顔がそこにはあったのである。
「…………」
私を呼んだ二人は、とても優しく、今までないないくらいの微笑みを見せてくれていた。
その表情からはまるで『……ロム、ありがとう』と言われている様な気がして、思わず私は二人へと返す挨拶に詰まってしまったのである。
まるで『仲間』を遊びに誘う時に近しいあたたかい雰囲気がそこにはあった。
……だから、それによって私は『大事な事』も思い出していたのである。
何しろ、ここまで来た事も含めて、『泥』を大量に使ってまで友二人を探していた事や、ここ最近色々と企んで行動してきた来た事は全て、そう言えば私自身が友二人と『仲直りする為』に行ってきた事だったのだと。
そして私は、上手く説明こそできないが色々と二人に謝りたかったのである。
正直、何に対しての謝罪なのか、正確な所では自分でもあまりよくわかっていない。
だが、ほんとこれまで生きて来て、色々な迷惑をかけてきた気がして、そんな全てを謝って二人と仲直りしたかったのだ。
だから私は、『──色々とごめん』と、朝の挨拶の前にとりあえずは一言、謝りたい気持ちでいっぱいだったのである。
「──エフロム」
「謝らないで……」
……だが、どうやらそんな私の謝罪の声は心から漏れていたらしく、友二人は微笑みながら首を横に振ると、『……来てくれて、本当にありがとう』と、二人で一緒に言ってくれたのだった。
すると、私はそんな友二人の言葉を聞いて、なんだかようやく『許された』様な、そんな心持ちに至れたのである。
……そして、この先の詳細は無粋なので割愛させて貰うけれども、なんと私は友二人とまた見事に関係を修復する事にも成功したのであった。
不器用ながらも頑張って言葉を尽くした結果、友二人とちゃんと仲直り出来たのである。がんばった。
「…………」
──そうして、その後はもう普通に友との話し合いが暫く続き、私達は三人でこの先の未来についても沢山語り合ったのである。
と言うのも、実は未だに追われる身でもある友二人としては、どこか安心して暮らせる地があると嬉しいと言う事で、空飛ぶ大地にある『第五の大樹の森』で暮らしたいと言って来てくれた事は、私としても喜ばしい事であった。
元々『里』があったあの場所に二人が帰って来てくれると言うのならば、私としては反対する筈も無く、当然私もそれを直ぐに受け入れたのである。
……ただ、私としてはいつ来てもらっても良いのだけれども、二人の方がまだ暫くはここでもう少しだけ二人だけの時間を作りたそうな雰囲気があるらしく、結局はここで彼ら二人とは一旦はまた別行動する事にも決まったのであった。
二人は、空飛ぶ大地が各地を巡ってこの近くに来るまでは、もう暫くこの海の見える崖上の小屋での生活を続けたいらしい。
そして、彼らは残りの時間を、亡くなった『王』の為に使うのだと言う。
彼ら二人からすると、それこそ生まれた時から『王』の事を見て来たのだから、それだけ『別れ』を語る事も多くかかるのだとか。
最後のお別れを確りとしたいと言う二人の気持ちを私も尊重し、そう言う訳で私は一人だけ先に帰る事にしたのであった。
「…………」
そう言う訳で、私は一人『大樹の森』へと先に帰る事にした──
──訳なのだが、なんと不思議な事に、行きは使えた筈の【転移】がまたもや使えなくなっていた事に私はその時になって気付き、帰りは普通に魔法で飛んで帰る事になってしまったのである。
……だがまあ、早く帰りたい私としては、正直『【転移】が使えない事』よりも、『エア達に早く会いたい事』の方が重要だった為に、あまりそこでは深く悩む事もせずに帰る事を優先する事にした。
【転移】がまた使えなくなっている事はなんとも残念だったものの、全力を出せば飛んで帰ってもあまり変わらないと思ったのである。
それに、使える時と使えない時の原因究明は『大樹の森』に帰ってからゆっくりと調べればいいとも思った。
──なので、私は空を飛んで帰った訳なのだが……その帰り道にて、私はまさかの事態に遭遇する事になってしまったのだった。
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