第438話 傾慕。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
誰かを『愛する事』と、誰かに『愛される事』。
誰かを深く想う時に、より大事にしたいと思う気持ちはどちらの方だろうか。
己の見ている景色の方を大切に思うのであれば、人は愛する事を選ぶのかもしれない。
逆に、誰かの見ている景色の中に自分が居る事の方を受け入れたいと思うのであれば、愛される事を選ぶかもしれない。
──当然、そのどちらもを選ぶ事は出来る場合もある。
だが、逆に、そのどちらも選べない時もまたあるのだ。
……それに、場合によっては、自分の選びたい方とは違う方しか手に入らない時もある。
全ては状況次第かもしれないけれども、もし実際に自分の選びたい方とは違う方しか手に出来ない場合になった時、それを受け入れる道を選ぶだろうか。
……それとも、手に入らないと分かっていても、自分の求めるものをそのまま追い続けるだろうか。
それすらも、また選択なのである。
「…………」
ティリアは、彼女は私の話を聞いた事で、二つの事を知った。
長い間、密かに思い続けて来た相手が、『友』以上の関係になるつもりが無い事。
もう一つは、長い間、傍に居てくれて支えてくれた男性が、『友』以上の想いを抱いてくれていた事。
でも、彼女はそのどちらにも、この瞬間になるまで気付かずにいたのであった。
彼女もどちらかと言えば、私と同じ不器用側の人であり、己の見ている光景を大切にする人だとなんとなくだが認識している。
だから、それ以外の人の光景についてまで気付いていなくても、それは仕方のない話だとも私は思う。
だが流石に、レイオスの気持ちにまでティリアが気づいていないとは、私も思っていなかったのだ。
「…………」
正直言って、友二人の関係がどんなものであったのか、私は詳しい部分までは知らない。
なにしろ、子供の頃からあの二人は、いつも一緒に居ると言っていい程の距離感にずっと居たのだ。
リーダー気質のティリアを、自然とレイオスは支えていた。
居て当たり前で、彼女の光景の中にはいつも、レイオスが映っている事が自然過ぎたのだ。
だから、彼女は中々に気付かなかったのかもしれない。それがどれだけ特別であるのかを。
逆に、周りの男達の素っ気無さや、私とのすれ違いや喧嘩、言い合い、追いかけっこの方を、少し特別だと勘違いしてしまう事もあったのかもしれない。
それを『運命』だと勘違いしてしまうほどに……。
彼から、どれだけ大切に想われていたのか、愛されていたのか、彼女は知らずにいたのだ──。
「…………」
そんなお馬鹿な話はないだろうと思うだろうか。
だが私は、彼女がこれまでに誰かと『恋仲』になったと言う話を考えてみれば一度も耳にした事がなかった。
それもこの数百年間、彼女はとある白銀の阿呆にずっと『運命』を感じていたらしく、その想いを大切にして、それ以外には一切の脇目も振らずに生きて来たらしいのである。
……つまりは、彼女がこれまで私に語ってくれた色々な恋愛観だったり逸話だったりも、淑女達の嗜みとして知っているだけとでも言えばいいのか、ただ単に耳年増であったと言う話なのだが……まあ、そこについては言及するつもりはなく、兎も角彼女には疎い部分があった事だけは確かだった。
そして、恐らくなのだが、そんな彼女のあるがままの姿を、レイオスは大切に想っていたのだと私は思うのである。
だから、ずっと私達は、それぞれがそれぞれに想いを抱きながら、一方的に想い続けて来たと言う訳なのだ。
私は、レイオスとティリアの仲が進展する事を一方的に片思いし、ティリアはそんな私に片想いし、レイオスはそんなティリアに片想いしていた。
そして、三者が三様で、それぞれの光景を見ているばかりで、他の光景へと気付いていなかったのである。
「…………」
……いや、もしかしたらレイオスだけは、それに気づいていたのかもしれない。
もし、気づいていないのであれば、彼はティリアに対してもっと色々な行動を取れていた筈だ。
でも、それをしなかったと言う事はつまり、彼はティリアの心が自分の方へは向いていないと言う事を察していたと言う事。
そして、それでも構わないから彼女の傍で支え続けたいと思い、ずっと彼は守り続けていたと言う事だ。
全てを尽くして、己の気が狂ってしまったとしても……。
「……わたしは……」
私に対し、想いを語っていたティリアだったが、涙を流しつつも、そこで初めて、少しだけ離れた位置で寝ているレイオスの方へと視線を向けた。
……そこでは、いつもの二人の距離の分だけ距離が空いたベットの先で──レイオスが彼女の知る姿からは大きく変わって、枯れ果ててしまった別人の様な姿のまま、今だけは健やかに眠っている。
そんな姿を見て、どれだけ彼が苦労をし、苦悩し、彼女を守り続けて来たのか、私の話が偽りなどではなかった事が、彼女にも一目で分かったのだと思う。
ティリアは、残った右の手のひらで口を押さえると、彼を起こさぬ様にと思ったのか声を殺して泣き始めた。
「……そんな……レイオス……」
その声は震えており、私もまた、その声を聞くだけで、心の中で涙が溢れる様に感じた。
レイオスは美形揃いの『里』の中でも、かなりの男前であったのだ。
それこそ、女性の中では一番に美しいと評判であったティリアと吊り合うのは彼しかいないと言われるくらいに、二人は見た目からしてお似合いだったのである。
……だからこそ、余計にその見た目の変化が、魔法によるものではないと言う事を聞いたティリアはその想いと意味を察したことだろう。
「…………」
ティリアは、未だ回復したてで間もない状態であるにもかかわらず、ベットからゆっくりと一歩を踏み出すと、そんな彼の方へと近づいていった。
そうして、彼が寝ているベットの隣にまで来ると、そこから彼の左手を引き寄せて自分の右手で強く握りしめ始めたのである。
繋がった二人の手は、固く結ばれた。
それはまるで、彼女が寝ている彼に、強い想いを伝えようとしているかのように私には視える。
「…………」
そんな彼女達の姿を少しだけ私は眺めると……少ししてから小屋の出口へと足を踏み出した。
正直、この後に彼女が何を選び、どんな想いを尊重するのか、それはまだ分からない。
だが、そこで繋がっている二人の手と手を見て、私は今はここに居ない方がいいと感じ、一旦席を外す事にしたのである。
……少しだけ外にでも出て、崖の上から視える海の様子でも眺めて居ようと思う。
「レイオス……レイオス……」
……小屋から出る時に、背後からは、小さく彼を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。
「……ティリア……起きたのか……」
──そして、そんな彼女の声で目を覚ましたのか、それに応える彼のかすれる様な声が、小さく、とても小さく、私の耳にも聞こえた様な気がしたのであった……。
またのお越しをお待ちしております。




