第434話 施術。
眠らせたレイオスをベットへと運んだ私は、もう一つのベットに寝かされている青白い顔をしたままのティリアの傍まで近寄り、彼女の治療を始めた。
近くで見ると、彼女の身体は戦闘後に応急手当を受けただけの状態である事がよくわかる。
ティリアはずっとこの地に来た時の状態のまま保たれており、寝ている彼女に掛けられていた布を取り払うと、身体の至る所には深い傷がそのまま残っているのは勿論の事、利き腕である左腕も肘先から失っている事にも私は気づいた。
その腕の痛々しい傷痕を見るに、それが魔法等で切られたものではなく、物理的に切り飛ばされたであろう事も判断できる。……どうやら、彼女の相手をしたのは剣士であったらしい。
それも、常に動き回って遠距離で戦う弓使いであるティリアを相手に、その腕を切り飛ばせる距離まで接近出来るだけの技量を持っている相手である。
彼女の傍には、剣も魔法も高い水準で扱えるレイオスと言う存在があっても尚、この二人を相手取ってその剣士は友二人をここまで追い詰めたのだ。
……かなりの使い手であろう事はまず間違いない。でも、それほどの相手とはいったいどんな人物なのだろうか。
私はティリアの状態を視ながらも、内心ではどこか気を紛らわせるかのようにそんな別の事へと想いを馳せていた。……正直、色々とあり過ぎて、心も少しだけ疲れていたのかもしれない。
未だ、レイオスの事を現実として受け止めとめきれない部分が、私の心には強く残っていたのだ。
『……嘘であって欲しい』と。『信じたくない』と。
そんな心の弱い部分が、逃げ道を探しているような気がした。現実逃避である。
「…………」
だが、治療自体は確りと、私は己にできる最善を尽くしていた。
ただ残念ながらも、今の私はそこまで強力な回復や浄化が使えるわけではない為に、出来る事は限られている。けれども、彼女に深く掛けられた【停滞】を解き、そこから普通の状態へと戻す事ぐらいならばミスなく出来る筈だ。
……正直、もしここにエアが居れば、それこそティリアの左腕も元通りに治す事はできたのだが、私は一人でここへと来てしまったので、それだけは仕方がない。今は何よりも、彼女を目を覚ませる位にまで回復させる事を優先させたいと思う……。
「…………」
──そして、回復の魔法自体はすんなりと成功し、ティリアの傷も左腕以外は殆ど元通りに出来たのである。
結果的に、腕以外にも複雑な骨折が数カ所、内臓も幾つか深刻な状態になりかけていたが、それらも全て復調完了した。
……まあ、ティリアの身体が最善だと記憶してある状態に戻すだけなので、全ての症状を治したと言う訳ではない。身体が傷をそのまま記憶してしまっていると痕として残ってしまう可能性は十分にあるが、見た所は腕先以外は治ったように私には視えたのである。
このまま暫く休めば、ティリアも直に目を覚ますだろう。
なので、後はその腕に関してなのだが、これも実は少し無理をすれば今の私でも代わりを用意する事は出来なくもなかった。
ただ、それには魔力によって身体を構成する行為を行う必要がある。『差異』を二つ超えた時から得た私の新たなる『力』とも呼べるその技を使う事によって、やろうと思えば彼女の腕を復元できる可能性はあるのだ。
……だが、本来は自分の身体でも成功するかかなり怪しい技であった為に、それを他人の身体に対しても上手く行えるのかと言うと、それはまた少しだけ話が変わって来ると思われる。恐らくは現状だと思った通りに成功する確率はかなり低くなると言わざるを得ないのが実情だ。
私が回復や浄化の魔法が万全に使える状態ならばまだそれを試しても良かったのだが、それが使えない現状では強い不安が残る為に、試す事も控えていた。
もしも、それで万が一の副作用などが起きてしまった事を想定した場合、エアの居ない私では対応が遅くなってしまうだろう。……もう友にそんな危ない橋を渡らせる様な事もしたくないと言う気持ちもあった。
「…………」
──と言うか、そもそもの話、私は一人でここへと【転移】して来てしまった事を今更ながらに後悔し始めている。
状況が状況で、焦りもあったし尚且つ無意識下で気づいた時にはこちらへと飛んできてしまったので、故意で【転移】したわけではないのだが……それでも『大樹の森』にエア達を残して来てしまったのは良くなかったと思ったのだった。
これは後で間違いなく怒られる様な気もしたのである。
──それこそ、『またロムが消えちゃったっ!?』と、エア達や精霊達が心配して泣いてしまっている可能性もなくはない。
……なので、それを想うと『早く帰らないとだめかもしれない』と、こちらの状況と同じ位に、向こうの状況にも私は不安を覚え始めてしまったのであった。
それにこういう不安や悲しい状況が続くと、尚更に私自身も自然と安らぎを求めて。
……だから、『エア達に会いたい……』と、無性に強く想ったのだった──。
「…………」
──だが、当然の事ながら、こちらをこのまま見放していけるわけもない。
一応、無事だと思える状態までティリアを回復する事は出来たのだが、それでも何の説明も無いままにティリアが目を覚ます前にここで去ってしまう事は有り得ない話だろう。
『レイオスの件』もあるし、『王』や彼らの国の事も、私が知る限り彼女へと伝える必要があると私は思った。
それにこの先、彼ら二人がどうするのかの話も大事だし、彼女の腕の件に関しても然りだ。
色々と話し合わなければいけない事は多いだろう。
……それに正直な話、今ならばエアに頼めばすぐに治せると想うので、ティリア達も一緒に『大樹の森』へと連れて行った方が良い気がしているのである。
狂気に未だ沈んだまま眠っているレイオスの事だって、今の私の魔法では効力が足りなさそうだが、エアの浄化であれば精神の安定も取り戻せるかもしれないと言う希望もある。
それに、それがもしダメであっても、最終的には心によく効く魔法でもある『呪術』に頼ってもいいかもしれないと私は考えていた。
その為には、彼らの精神が安らぐ場所や環境に身を置く事は望ましいと私は考える。
『マテリアル』と言う力に染まった今のレイオスに、『呪術』がどこまで影響し、効果が出るくれるかは不明だけれども……それでも何もしないよりは、余程に良いと思うのだ。
当然、見極めは確りとしなければいけないとは思うが、それでも何か、レイオスの為に何かを──
「──ん?」
「…………」
──ただ、そうしてティリアの治療後、色々と物思いに耽けていた私は、そこで急にベットの方から強い視線を感じたのであった。
そうすると、顔を向けた先ではいつの間にかティリアが目を覚ましていたらしく、彼女は私の事を無言で『ジーっ』と見つめていたのであった……。
またのお越しをお待ちしております。




