第431話 拳骨。
友二人の行方を探して、大陸の各地へと偵察用の『泥』を移動させた私であったが、少しずつ情報や痕跡を探っていくにつれて、彼らの大凡の居場所を絞る事は出来た。
……いや、正確に言うのであれば、もし『生きている』と仮定するのであれば、その方へと逃げる以外の道がないだろうと判断しただけの話である。
だから、その海の見える岬の先に一軒の小屋を発見した時、私はそれが友だと直感で思ったのだ。
そして、『二人が生きていてくれた!』と、瞬間私の心は逸りつつも躍ってしまった。
──ただ、そんな想いを抱きながら早速小屋へと『偵察用の水溜まり』を近づけてみると、驚いた事にその小屋から出てきたのは私の全く見知らぬ人物だったのである。
「…………」
その人物を暫く観察してみると、小屋から出てくるのはその男性一人だけである事が分かった。
それに、その男性は、毎日決まった時間、日が昇った時と沈む時に、必ず小屋の裏手にある『お墓』へと参っていたのである。
……そして恐らくは、最近出来たばかりだと思われるその『一つの墓』に向かって、彼はずっと何かを話しかけ続けていたのだ。
私は数日間、そんな彼の声を『偵察用の水溜まり』を通して聞いていた。
ただ、邪魔をしてはいけない空気を感じた為に、遠くからそっと、その声が薄っすらと途切れ途切れに聞こえてくるのを耳にしただけである。
……するとどうやら、それは日常の会話の一部である事も分かったのだ。
『昨日はこんな事があったよ』と。
『今日はどんな事があるかな』と。
『明日はきっと──』と。
そんな一日の報告を、大切な人が眠っているのであろう墓に向かって、彼はずっと話しかけ続けていたのである。
そして私は、その男性の顔にこそ見覚えは全く無かったが、その声にはとても聞き覚えがあると感じていたのだ。
……なにしろ、『幼馴染』である。
直ぐに分かる。分からないはずが無かった。
「……レイオス」
──そう。あれはレイオスだった。
恐らくは、魔法で顔を惑わし別人の振りをしているのだろうけれども、その声の出し方や微妙な仕草だけで、遠くから見ただけでも直ぐに彼だと私は分かったのである。
だから、彼だと分かった瞬間、『……よかった』と、私は一気に力が抜けてしまった。
同時に、彼が無事ならば自然とティリアも無事だろうと、私の心は安直な想像もしていたのだ。
……何故なら、私は最初、彼が話しかけているその『大切な人の墓』が、ティリアのものだとは思っていなかったからである。
「…………」
不思議とその想像が出来なかったのだ。
……幼き頃から、あの二人はいつも一緒にいる事が常だった。
だから、片方が生きているならば、もう片方も当然一緒にいるのだと、私の頭は漠然とそう捉えてしまっていたのである。
「──じゃあロム、そのお墓の人ってまさか……」
なので、エア達にも友の無事を伝えた時に、エアからそう返されて初めて、私はその可能性に気づいたのであった。
愚かしくも私は、嘘や冗談抜きで、それが『ティリアの墓』かもしれないと言う事を失念していたのだ。
……普通、ここでそんな馬鹿な話はないだろうと、そう思うかもしれない。
だが、私は本当に心からそう思っていた。
最初から『二人が死んだなんてあり得るわけがない』と妄信し探していた私にとって、そんな考えは想像の埒外だったのである。
だが、彼がそれほどまでに大切にしている人のお墓であるならば──それほど想っている人ならば──その相手は彼女に違いないと言うエア達の想像は、至極当然な話だと思った。
なので私は、それを聞いた瞬間に、それこそ頭がサーっと、真っ白になってしまったのである。
なにしろ私の中では、『二人は生きている』と言う事だけが正解であり、それ以外の『答え』は最初から想定もしていなかったからだ。
だから、『──ならば、彼は……、レイオスはあそこで、去ってしまったティリアにむかって、話しかけ続けているのか……』と、そんな言葉を自分の中で反芻しながら、一つずつ事実を噛み砕こうとして──。
「……お前が生きていればなぁ」
──その最中で、私はああしてお墓に向かって話しかけ続けている彼の、そんな切ない声が聞こえてしまい、今までにない胸の痛みを覚えたのだった。
「……レイオス」
「──うおッ!?」
──ただその痛みのせいでか、私はいつの間にか【転移】を使えるようになっており、気づいた時には彼の傍まで私は飛んでいたのである。
「──ろ、ロムッ!!お、おまえ、いったいどこからっ!?」
当然、それにはお墓へと報告をしていたレイオスも、流石に驚いたらしい。
驚愕した顔で私の事を見つめている。
まるで心臓が飛び出しかねない程に驚いているその様子は、彼も思わず別人の振りを忘れてしまっている位の衝撃を受けたようだ。
……ただ、正直その頃にはもう、私の視線は『お墓』にしか向いていなかったと思う。
それも、心の中は未だ混乱に包まれており、何を言っていいのか、何をしたらいいのか分かんなくなっていた。
兎にも角にも、いつも以上に言葉が出て来なかった事だけは確かである。
「…………」
それも、心の中では悲しみが次から次へと溢れ続けていた。
……だがそれでも、こういう時でさえ、この顔は泣く事が出来ないらしい。
友の死にすら泣く事のできない自分を、私は恨めしく想う。
『……これでは、嫌われるのも当然だ』と。
そんな事も自然と想っていたのかもしれない。
「……お前はいつもいつも、突然現れてばかりで──」
そんな私に対して、隣ではいきなり現れた事を別人の顔をしたままのレイオスが怒りを交えながら詰って来ていた。……だが、すまない。今は君の言葉が上手く耳に入って来ないのだ。
率直に言って、私の頭は全く考えがまとまらなくなっていた。
表情に出せない悲しみが、どんどんと心の中に溢れて、絶えず胸が締め付けられる感覚である。
……だが、それでもせめて先ずはちゃんと、彼女の事について知っておくべきだろうと私は思った。
なので、痛む胸を押さえつつも私は、確りとレイオスに向き直って『彼女の最後』について尋ねることに決めたのだ。
『──ティリアの最後を、教えてくれ』と。
『彼女は笑って去る事が出来たのだろうか』と。
『それとも、この世を、人を、恨んでいたのだろうか』と。
「……レイオス」
「──ん?どうした?……と言うかお前、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
「……あ、いや、すまん。話はよく聞こえていなかった。──だが、先ずは教えて欲しい。ティリアの最後の姿を……」
「ティリアの最後の姿……?」
「ああ、この墓はティリアのだろう?だから、彼女がいったいどんな最後を迎え──アづッ!?」
「──だから、先ほどからその話をしているだろうがっ!!」
──すると私は、隣に居るレイオスから突然頭に拳骨を貰ってしまったのである。
……それも、混乱のあまり魔法による防御も疎かになっていたせいで、ほぼ無防備な状態で受けてしまい、かなり痛くて声も出た。
──だが、それも彼の次の言葉によって、私はそんな痛みも直ぐに忘れてしまう事になったのである。
「……いいか、良く聞け。いきなりこんな場所まで飛んで来たんだ。余程慌てていたのだとは分かるが、冷静になれ。まったく、お前らしくも無い。──もう一度言うぞ。『……ティリアは生きている。その小屋の中に居る』……どうだ?今度はちゃんと聞こえたか?」
「…………」
……うん。
またのお越しをお待ちしております。




