第429話 不定形。
ズゾゾゾ……ズゾゾゾ……と、不定形な『泥』の塊が地面をのんびりと這いずっていく。
その様は見る者が見れば、魔獣だと勘違いしてしまうかもしれない。
……ただ、どうやら街の人々はその『無色透明な水溜まり』が移動している事に、全く気付いていないようだ。
いや、正確に言うのであれば、その『水溜まり』がある事には気づいていたのかもしれない。
だが、それを上手く認識できていないようである。
昨日に雨も降ったので、その影響も見越して存在しているそれは、地面の色とも上手く合わさって『擬態』も完璧であった。……あまりにも自然で、あまりにも違和感がない。気付かないのも無理はないだろう。
……まあ、昨日の雨も普通に私が降らしたのだが、それに気づく者も今の所はいないらしい。うむ、現状はなにも問題はない。上手くいっている。
「──良い調子?」
「ああ。今の所は、かなり良い」
『大樹の家』の居間にいたまま、私は『泥』を操っている。
そんな私の隣では、エアが興味深そうに私の顔をのぞき込んで来ていた。
……本当はエアも『泥』を作って一緒に『偵察任務』に参加したかったらしいのだが、未だ『ドッペルオーブ』が使えないエアは、現状の自分が探知できる範囲を超える先までは遠隔で操作する事が出来ないので、今回は断念したのである。
ただ、『泥』を作って操る事は既に身につけたので、『泥』を使って何かしらの形を模る練習はできる様になった。これは精密な魔力操作の練習にもなると言う事で、大樹の周りにある花畑には今、バウに似た『泥の小竜達』がパタパタと辺りに浮かんでいる。
……ただ、若干その小竜達はまだ翼の動きなどにぎこちなさが見え隠れしており、飛ぶ事を覚えたてで頑張って翼を動かしている子供の様にも見えた。まだまだ現状は要練習と言う所であろうか。
だが、一度に複数を操るのは難しく、尚且つそれぞれに自然な動作をさせると言うのは中々に慣れるまで時間がかかると思う。……エアにとっても、これはいい練習となる筈だ。
「エアの方の調子はどうだ?」
「……うんっ!むずかしいねっ!でもがんばるっ!」
そう言ってエアは、またいつもの無邪気な笑みを見せた。
……どうやらまた楽しんで訓練が出来ているらしい。
こと魔法の訓練に関して、エアはいつも楽しそうに行っている。そんな姿が本当に素晴らしいと私は思った。
そうして居間の中で隣り合っている私達は、一見してのんびりとお茶を楽しんでいる様には見えるものの、それぞれで出来る事を精一杯行っている。
……私も、だいたい百ほどの『偵察用水溜まりと土石』を操りながら、友二人が居そうな王都の各地へと適宜に配置していった。大きな街なので、百くらいだけでは全然足りないくらいなのだが、余裕をもって上手に操れる様にと思うと、これくらいがちょうど良かったのである。
王城内にも上手く移動させる事が出来たので、謁見室を含めて大きな部屋等には配置する事ができた。
これで友二人の様子も視る事が出来る様になるだろう。……現状私の『泥』で探知している範囲に友二人の姿は無いが、このまま気付かれる事なく二人の姿を見れれば作戦は成功である。
それにしても、久々に見たこの街の様子はかなり変わっていた。
一言で伝えるとするならば、だいぶ元気がないと言えるだろう。
戦争もあり、その後の食糧問題や、この前のダンジョンからの『魔獣の氾濫』等もあって、色々と大変だったのは分かるが、まだまだ以前の様な活気のある状態にまでは戻っていないようだ。……まあ、まだあれから数年である。仕方のない話だとは思う。
ただ、それに伴ってか、だいぶ街中には普通にネズミなどの小動物の姿が増えていたり、単純に街中ではあまり見られない程の『淀み』が発生している場所もあった。当然、それらはその都度私が遠隔で浄化等を施している。……これくらいならば友二人にもバレないだろう。
ついでに、ネズミなども私の『泥』へと誤って突っ込んで来てしまったのは消去してしまった。ネズミが増え過ぎると、食糧等も齧られてしまったりするので、これくらいは許して貰えるだろう。
ただ、こういう部分を視ると、素直に元が街の姿を取り戻すまでには時間がかかりそうだと思える。
まあ、友二人が頑張っているのであれば、これもいずれは良くなっていく筈だ。
──と言うか、そもそもこれでもかなり改善した姿なのかもしれない。
ついこの前まで戦争をしていたのだから、普通に街の人々が平穏に過ごせているだけでだいぶ良くなっていると言えるだろう。
王城の内部を視ると、まだまだ食糧等の貯えも無くはないようだし、兵士なども多い。
国力は未だ変わらずと言った所だろうか。
まあ、あまり深入りするつもりはないので、そこまで探り過ぎないようには注意しておこうと思う。
私の目的は友二人の事だけなのだから……。
「…………」
──だがしかし、結果的にそれは──第一回目の偵察は失敗に終わったのだった。
と言うのも、全然友二人の姿が視えないのである。
どうやら今は王都の中にはいないらしい。
一部の話では未だ国外に居るそうだ。
場所によっては、まだこの大陸でも戦後の処理なども含めて、争いが続いている場所もあると聞くので、もしかしたらそれにかかりっきりになっているのかもしれない。
……あれからも、二人はきっと戦い続けていたのだろう。
だがまあ、王都の中には、一部『ハイエルフは戦死した』とか言う──そんな、ふざけた噂が広まっている場所もあったけれども……でもそれは酒場の中での噂話でしかなかったので、恐らくは間違いだろう。いや、間違いに決まっているのである。
まさか、あの二人に限ってそんなことがある訳がない。私はよく知っているのだ。
だから、その後も私は、引き続き王都の偵察をし続ける事にしたのである。
……友二人が、いつ戻って来ても良い様に。
「…………」
──だが、もしも数日待っても全然帰る気配が無いようであれば、いっそこの国の外にまで、いや、大陸の各地にまで偵察の手を広げる事を、私は決めたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




