第424話 珍客。
ダンジョンからの大規模な『魔獣の氾濫』によって、人々は『泥の魔獣』の復活を噂する様になった。
それによって私は『大樹の森』から軽々しく出歩く事が出来なくなり、ここ暫くは慎ましく精霊達の『別荘作り』に励む毎日を過ごしている。
「…………」
……ただ、よくよく考えてみれば、『泥の魔獣』の噂が広まる前と比べても、そこまで生活に大きな変化はない事に気が付いた。
噂が広まる前から、私は精霊達の『別荘作り』に励んでいたと思うし、エア達と『大樹の森』で穏やかに暮らしていたのである。
だからまあ、気儘なものだ。結局はいつも通り穏やかな毎日である。
森の外では色々と起きているようだが、森の中は至って平和な時間が流れていた……。
「…………」
──ただ、そんなある日の事、ちょっとした珍事は起こった。
と言うのも、冒険者活動が出来ない私達に代わってか、向こうの方から『大樹の森』へとやってきてくれたのである。
「ロム、あの人達何しに来たんだろうねっ!」
「……うむ。何しに来たんだろうな」
周囲を山に囲まれた深い森の先にあるこの場所(大樹の森)は、確りと準備を整えてからではないと最寄りの街からも中々に距離があり足を運ぶのも難しい筈なのだが、流石は『金石』と言う所であろうか、その見知らぬ冒険者のパーティはこんな所まで難無くやって来たらしい。
私たちは、そんな彼らの様子を大樹の傍から探知で窺っている所であった。
隣に居るエアは彼らの事が気になるのか、ワクワクして嬉しそうに笑っている。
彼らと私達では、まだかなりの距離が離れているにも関わらず、この距離でも余裕で魔力の探知ができるほどに成長したエアが私は自分の事よりも誇らしかった。成長したなぁとしみじみ感じる。
……因みに、私の方は前回で味をしめたので、今回も『泥』を使っての探知だ。
彼らの目的が……まあ、今の所は何であるのかは分からないけれども、相手はまだ森に入って直ぐの所に居るので、私たちは当分の間このまま観察に努めるつもりである。
それに『里』とまではいかないが、ここにも一応は『結界』に似た魔法は施してあるので、下手したら彼らはあの先には進んで来れない可能性もあった。その場合、彼らは森の浅い所でウロウロするばかりになってしまうのだが……どうだろうか。彼らはちゃんと奥へと辿り着く事が出来るのかな?
……うむ、その意味では私も少し彼らの動向が気になる所存であった。
こんな場所まで来た『金石』冒険者の力を是非とも見せて貰いたい。
同じ冒険者であるからか、彼らの冒険を眺めるだけでも少し楽しいと感じてしまう。
……まあ恐らくは、単純にこの森の調査に来たか、それとも『例の件』について探りに来たんじゃないかと私は思っているけれども、揉め事にはしたくないのでわざわざ私達から彼らに接触しに行くつもりは今の所はない。なので、ここで彼らを見守り続ける気満々なのである。
ただ、無いとは思うけれども、迷子になって山を彷徨った挙句にこんな場所にまで来てしまったのだとしたら、その時は後ほど助けを出す事にはなるだろう。
……さてさて、彼らはいったいどんな冒険を見せてくれるのだろうか。
「…………」
──森に入ってから、初日の事。
彼らは、順調に前へ前へと進んでいる。顔色も良く、周囲の警戒も確りと出来ているようだ。
彼らは四人の男性の冒険者の様で、役割分担もしてあるのか、簡単に言うなら『斥候役一人、壁役一人、剣士一人、魔法使い一人』と言う、見た目をしていた。本当にそれが合っているかは分からない。私の視た感じそんな雰囲気があるなと思っただけである。
そんな彼らの足取りは軽く、途中で休憩も挟みながら、森の浅い所をウロウロ、ぐるぐるとずっと歩きまわっていた。
……どうやら『結界』には気づいてくれないらしい。大丈夫だろうか。そのままだと一日中歩いても元いた所から然程進んではいないのだが。
……おっと、いや、気づいたようだ。半日程歩きまわって、景色が変わらない事に気づいたらしい斥候役が驚きながらも察し、そして神妙な顔をしながら仲間達へと報告し始めている。
「遅いよーっ!魔法使いは何してるのっ!ちゃんと最初から『探知』を使っていれば直ぐに分かった筈なのにっ!」
──おっとおっと!ここで隣に居るエアさんから遠くに居る『魔法使いの男性』に指導が一つ入りました。それも、まさにおっしゃる通りです。それさえ出来ていれば彼らの半日は無駄にならずに済んだ事でしょう。
……ただ、基本的に魔力量と言うのは個体差があり、私やエアは魔力量が多い方なので常に『探知』にも魔力を使えるが、そうでない場合は『探知』にはあまり魔力を割きたくないと言う彼の気持ちも十分に理解出来る。出来る事であれば、攻撃等で使う為に魔力は残しておきたいのだろう。そんな彼の気持ちがよく分かった。私も昔はそこまで多い方ではなかったからな……。
それに、冒険者がパーティを組んで動く時などには、仲間の治療にも気を配る必要があるし、こうした新しい場所を探索する時には、尚更何があるかわからないから無駄使いもできない。
その為、臨機応変に対応する為にも必要以上に魔力を温存したくなるものなのである。……わかる、わかるぞ。その気持ち。
ただまあ、この森においては私が二つ目の『差異』を超えた時から不思議と『石持』等も少なくなったし、野生の獣もあまりいないので魔獣の心配もそこまでする必要が無かったりもするのだが、初めて訪れる彼らにはそんな事わかりはしないのだから仕方のない話であった。
そもそも、斥候役の男性が異変に気付いたのも恐らくは経験による勘に近いだろう。
なにしろ木に印をつけたりしても直ぐに精霊達が治してしまうし、何かゴミみたいな物を落として目印にしても私が直ぐに『泥』を操作して掃除してしまうので、彼らとしても大変にやり難そうにしていたのである。
ただ、そんな彼らに一つ言える事があるとするならば、木を傷つけられたりゴミを落とされて精霊達はぷりぷりと怒っているぞ。この森の精霊達は余所よりも凄く元気なので、彼らが一旦去って姿が見えなくなるとすぐさま木々の修復に走りだしている。なので、彼らがまたウロウロして戻って来た時にはすっかりと治っているのだ。
そして、精霊達は先ほどから彼らがウロウロしているのに対してドヤ顔をし続けている。
『大樹の森の精霊を舐めて貰っては困るなぁ~』とか、『せいぜい迷うがいいわ~』とか、ニヤニヤしているのであった。
……まあ、冒険者達が故意に森を傷つけたいわけではなく、ただ真剣に探索しているだけなのは精霊達にも分かっている。
なので、木を傷つけられたとしてもそれに対して彼らが深く怒ったりする事はないだろう。
ただ、やはり自分達の住処の一部である木を傷つけられた事自体は普通に面白くないらしいので、これくらいの悪戯は勘弁して貰いたいと思う。
だが、これがもし森の中で大きな火でも使いだしたら話はまた別である。
それでもし間違って森へと火が燃え広がってしまった時にはもう、本気で精霊達は怒るぞ。
……あと追加で私もな。
冗談ではなく、そんな事はして欲しくないが、もしもそうなった時には彼らに本気でお説教をする所存であった。
「…………」「
──だが、流石に『金石』程の冒険者であるからして、結局その日は彼らはそんな愚を犯す様な事は無く。森に入って数十メートルの所で普通に夜営して夜を超す事に決めたようであった。
……進み具合的には全然なので、若干来た時と比べて彼らの顔色は良くない気もするけれども、私たちは引き続き明日も彼らの観察に努めたい所存である。
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