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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第42話 眺。





 精霊達が自分の持ち物だと認識して身に着けると、彼らが着ている衣類は見えなくなる。これは彼ら精霊の特性の一つである。

 彼らに渡したマフラーは最初はエアにも見えていたが、次第にすぅっと消えて見えなくなっていく。

 ただ、浮かぶマフラーの数を見て大樹の周辺にはこんなにも精霊達が居たのかと、エアは驚きながらも楽しそうに笑っていた。



「あっちも!いっぱいっ!」



 少し宙を漂っては消えて行くマフラーは、エア視点だと中々に面白いらしく。マフラーが消える度にエアは声を上げて手を振っていた。エアには見えていないが、精霊達もそれに笑顔で振り返している。



 一方私の方も、彼らが全員マフラーをしてくれている事を嬉しく思った。なにもずっと着けていなくてもいいのだが、皆暫くはこのまま着けていたいとの事。密かに彼らに渡したマフラーには魔力を込めておいたので、幾らかは彼らの元気もアップしているのだろう。栄養マフラー。



 『わっち、マフラー着けられないのです』


 とその時、少し頭上で、光の精霊が宿った光の槍が一人で彷徨っていた。

 なので、こっちにおいでと手招きして、片方の先端から三十センチくらいの所で飛んでても取れない様にきゅっと結ぶ。もう片方の槍先が地味にくねくねと動いていた。



「取れそうになったら、直ぐに私かエアの所に持ってくると良い。また結ぼう」



 『わかったのですっ!』



 光の槍もマフラーを靡かせながら嬉しそうにまた飛んで行った。……これこれ、あまり速く飛んで、失くしてしまっても知らんぞ。予備は一人一枚までだからな。気を付けるんだぞ。



 大体みんなに配り終えたのを確認すると、とある一角にも私は向かった。

 そこにはこちらをジッと見つめている様に見える黒はにわハウスがある。


 まだ早朝と言う事で、今頃闇の精霊は寝ているだろうが、みんなと一緒に貰えた方が喜ぶかと思い、とりあえずやってきた。近付いても反応がない場合はそのまま一旦帰ってまた夜に来るつもりである。



「…………」



 ……ふむ。やはり何も反応がないので、寝ているのを起こすのも悪いかと思い戻る事にする。

 ただ、待ってる間ずっと目と目が合っていた黒はにわハウスの事が、私はどうにも気になった。

 後で黒はにさんにも手渡すが、この六十センチ黒はにわハウスもこうして見ていると黒はにさんの兄妹の様に見えなくもない。


 なので、この家にもマフラーを巻いておく。よし、これで寒くないな。

 さて、闇の精霊の分は夜になったらまた持ってくることにしよう。



 …………ペコ。



「ん?」



 一瞬、私が背を向けた時を見計らって、黒はにわハウス自体がお辞儀をしたように感じたが……ん?どうやら気のせいだったらしい。ハハ、まさか家が動く筈がないか。……うん?光の精霊の家?ちょっとなにを言っているのかわからないな。

 因みに、夜になって黒はにさんにもちゃんと渡したら、気絶する一歩手前レベルのくねくねで喜んでくれた。





 森の木々が真っ赤に色付く様になってきた。紅葉の季節である。

 私達の目の前には、とても鮮やかで美しい赤がそこら中に広がっている。

 私の隣で同じ景色を見つめるエアは、その光景に見とれているのか、珍しくもぼーっとしたまま遠くを見つめ続けていた。夢中である。


 それを眺め続けているエアの二本の角は、まるでその紅葉の彩に負けじと張り合っているかの様に今日も鮮やかで美しい。

 


 彼女の額の上にある結晶角(けっしょうかく)とは、鬼人族達の第二の心臓とも呼ばれている実は大事な器官だったりする。


 その効果は魔力のプールであり、エアの余剰分の魔力は此処に溜められ、足りなくなればここから消費されるようになっている。綺麗なだけじゃないのだ。


 ただ、そんな大事な器官が剥き出しになっているのは危ないのでは?と一見したものは思ったかもしれない。

 だが、実はこの角、絶対に折れない事で魔法使いの世ではかなり有名なのである。

 斧やハンマーでいくら叩こうが、魔法を直撃させようが、羽トカゲが上からズドンと踏んづけて来こようが、全く問題ないのである。



 そんなに硬いのならば、いっそそれを武器にしたら良かったのでは?と、これまた思うかもしれない。

 ……が、鬼人族達にとってこれは実は意外と繊細な部分でもあるらしく、個人差はあるが、触れると脇の下や、足の裏をこちょこちょされるのに似た感覚があって、少しくすぐったいらしい。

 だから、彼らからしてみれば、そんな部分で攻撃を行うなんてのは、そんなの絶対おかしいよレベルで、ほぼ正気の沙汰ではないのだとか。



 彼らは強靭な肉体を使って戦闘を行うが、基本的に頭突き攻撃だけは滅多にやらない。

 角が刺さる事自体は効果的だし痛くはないけど、ムズムズするのが精神的に嫌だし、汚れるのも好きじゃないそうだ。



「はっ、はっ、はくちょん……ずず、むーー」



 大樹の上に登り、そこから紅葉に染まる森をエアと一緒に見ていたのだが、彼女の首にかかる白いマフラーが時々悪さをして、風になびく度にエアの角をふわりと撫でていった。

 マフラーが角に触れるその度、くしゃみを繰り返しているエアの声が聞こえる。どうやらエアはくすぐったいと言うよりも、角に触られると鼻がむず痒くなってしまうタイプらしい。



「もう下りるか?」



 と私が聞くと、彼女は首を横に振って、またぼーっと森を見る事に集中し始める。

 随分と紅葉がお気に召したらしい。エアにとってこの景色はずっと見ていられるものなのだろう。



 私も冒険者時代、色んな場所へと足を運んだので、今のエアの気持ちが少しだけ分かった。

 旅で新しい土地や珍しい場所に行くと、これと似たような経験をすることがままある。


 そういう特別な景色を見る度に、私も良く足を止めたものだ。

 素敵な景色と言うのは、見ているだけで心を豊かにしてくれる。

 そんな不思議な効果がここにもあるのだと、私はそう思った。



 昔の私にもそんな、そういう忘れられない景色と言うのがある。

 だが、思い出そうとする度に出てくるのは、とある刺激的な記憶ばかりで、その他のはあまり出てこなかった。……おかしいな。思い出すのは以前にも話した、体調が悪かった時の話ばかりである。



 私が弱ってると見た陰湿な羽トカゲが、楽な相手だと思ったのか遊ぶように追いかけ回してきて、逃げても逃げても追いかけて来るあいつに対し、私が必死で一か八かの攻勢を仕掛け、激闘の果てに何とか倒し、そいつの躯の上で両腕を振り上げ、全力で勝利の雄叫びをあげた時の、そんな景色である。

 ただ、確かにあれは本当に刺激的であった。一生分の声が出たかと思う程に、声も出した覚えがある。



 あの羽トカゲの躯の上から見た光景は、いくつ歳を重ねようとも忘れられるものではなく、何度ざまあみろと思った事か。……羽トカゲを狩る為に冒険者に戻るわけではないが、時々はあいつらを狩りに行くのも悪くない。それほどの、心滾る素晴らしい光景であった。



「ふふふっ」


「……んっ?もしかして声に出てたか?」


「うんっ!」



 心が滾り過ぎたのか、私はいつの間にか思っていた事を口に出してしまっていたらしい。これは恥ずかしい。

 聞いたエアの方は無邪気に笑ってくれたが、折角さっきまで心地よさそうに景色を眺めていたのに、これでは私が邪魔をしてしまった様なものである。私はすまないとエアに謝った。



「ううん。いい。そのおはなしすき」



 エアは景色よりも私の泥臭い話の方が大事だと言わんばかりに、嬉しそうに笑っていた。


 私はふと、ずっと夢中で紅葉を眺めていたエアが何を思っていたのか聞いてみたくなって、尋ねてみた。

 『紅葉を見ていて、何を思った?』と。するとエアは満面の笑みを浮かべて、こう答える。



「ねくとに、そっくりだなって」



 まさに『花より団子』。

 秘跡産果物『ネクト』とは、りんごの様に赤くて中身は桃の様な食感の、甘くて美味しい果物の事で、現在は在庫切れになってしまい、最近はもうずっと食べていないエアの大好物なのであった。



 ずっと紅葉を眺めて夢中になっているのかと思っていたら、エアは景色など全く見ていなかった。

 ただただ好きな果物を幻視していただけだったのである。



 その事実を知った私は、心の中で静かに笑った。そしてエアらしいとも思った。

 そうだな。最近はずっと魔法の練習で頑張っていたし、ここらでご褒美も必要だろう。

 明日はネクト狩りに出かける事に決定である。 



またのお越しをお待ちしております。

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