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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第417話 白息。

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。




 大陸内で、食糧や資源を巡って本格的な争いが始まっていたらしい。


 ……だが、それに対して私達が出来る事はとても限られている。

 と言うか、正直な話をすればもう殆ど私の手には余っており、どうしようもない状況になっていた。



 なにしろ、彼らが満足するだけの食糧や資源を与える事は、私にだって出来ない事だからである。

 なにせ際限がない。求めるだけ求められても、最終的には全てに行き渡らない事も目に見えていた。

 だからこれは、最早私が止めようと思っても止まらない状況なのである。



「ろー……」



 それにもし、ここで食糧や資源もないままに、力尽くでただ争いに介入して私がそれを止めてみせたとしても……『今後食事は一日一食以下に抑え、着る物は最低限度に、贅沢は絶対に控えて、それを十年もしくは百年以上我慢し続けろ。そうすれば状況は少しずつ改善していくだろう』みたいな事くらいしか、此度の問題の解決策として私が提案できる事はなかった。



 なので、そんな事を伝えたとしても結局は、彼らがそれを受け入れられないままで終わる事も予想できてしまったのだ。

 ……いや、それどころか、ほぼ間違いなくそれに対する反発の方が強くなって、争いはより加速し、激化する未来しか見えない。



 だから、私からは下手に手出しは出来ないし、したくもないと言うのが本音である。



「……むー……」



 彼らからすれば、一度手にした生活の水準を下げる事はかなり厳しい話となるだろう。

 だから容易に認める事は出来ないのだ。


 そして、それを受け入れる事が出来ないからこそ、この争いが起きている。

 最初から皆が受け入れられるような者達ばかりであったならば、争いはきっと今頃起きていないと私は思うのだ。



 『有る』場所から奪った方が早いと判断したからこそ、戦争と言う名の奪い合いは起きている。

 そして、その争いによって物資を必要とする者の数が減れば、それはそれで相対的に自分に回って来る物資の量が増えるだろうと考える者がいるからこそ、争いは止まらないのかもしれない。



 結局は、こんな争いの中でも様々な思惑があり、利があり、それによって争いが止まると困る者もいるのである。……それは何とも悲しい話ではあった。



 ただ、この件に私達が気づいた時にはもう関係していない国がないと言える程にまで、問題は広がってしまっていたのだ。……だからもう、現状は私にとって手遅れに近い状況だった。


 それに私達からすると、精霊達の事もあるし、争う彼らの考えに正直賛成できない面も多く素直に協力出来ない気持ちもある。



 だから後は、争う彼ら一人一人に問題の大きさに気づいて貰い、最終的には受け入れる覚悟をして貰うしかないと私は考えていた。……私に考えられる穏便な手段と言えば、もう今はそれ位しか思いつかなかったのである。



 それにもし、それ以外の解決方法を望まれたとしても、残りで私にできる事と言えば、後はもう邪魔な者達を全て──




 ──ぐにぐにぐにぐに。



「……うむ?」


「──ロームー!もう、ようやく気付いたっ!さっきから呼んでたんだよ!……それにほらっ、また難しい事考えてる顔してるし、眉間にも皺が寄ってるっ!今日も昨日の続きから『別荘作り』に行くんでしょ?そろそろ行こうよっ!……あと、向こうの事は向こうに任せようって話はしたじゃない!気にし過ぎるのはよくないっ!」




 私が大樹の家の中で、居間で一人ボーっと考え込んでいると、エアがいつの間にか私の前に居た。

 そして、私の眉間を人差し指で丸を描く様にグルグルと揉み解していたのである。……それで皺がなくなるのかな?


 『まったくもー、ロムは優しいからなー』と呟きながら、エアの方こそ優しい微笑みを浮かべつつ、私の手を引いて立ち上がらせるとエアは精霊達の所へと私を連れて行こうとしている。

 ……そんなエアの指先は、少しだけひやりとして冷たかった。



「…………」



 そのまま引かれて行き外を見れば、晴れてはいるもののそこそこ雪が降り積もっていて、今日もまた森は白い雪化粧を施されているのが家からもよく見える。


 ここ暫くは天気も変わり易く、時々こうして雪が降り積もる事も多くなっていた。

 ただ、魔法使いである私達からすると、これくらいの天気であれば大した問題はなく、普通に『別荘作り』も続ける事が出来るだろうと判断する。……需要はまだまだ多いので、今日もこの後は頑張って作る予定であった。




「ほらっ、一応はロムも確りとマフラーして?はい、付けるから顔はこっち向いてっ」


「……あ、ああ。たのむ」



 エアはそう言うと、お気に入りの古かばんの中から、自分が今付けているのと殆ど同じマフラーを取り出し、私へと付けようと腕を伸ばしてくる。

 ……因みにだが、エアの首に付いているのは、私がもう何年も前に作った物であった。



 ほんと、物持ちが良いと言うのだろうか、大切に使ってくれている様で私としても大変に嬉しく思う。


 エアにはこれまで、一通り各色色違いの物や、模様や長さを微妙に変化させたマフラーを百枚以上は作って贈っているけれども、未だに最初に渡した白いマフラーが一番活躍してくれているらしい。


 時々気分によっては違う物も出てくる時もあるけれど、エアとしても一番最初の物が一番思い入れが深いようで、ことさら宝物の様に大事にしてくれているようだ。



 そして、私が作ったその最初のマフラーを見ながら、今度はエアが自分で真似て作ってみたのが──私の首に今巻かれているこの、天才的な芸術的逸品なのであった。

 エアは『お裁縫』においても既に手製なら私以上の腕前になったのだ。流石はエアである。



 すると、私の首にマフラーを巻き終えたエアは嬉しそうに笑いながら、再び私の手を引いて歩き始めた。とても嬉しそうである。……繋がったエアの手の指先も、先ほどまでと比べるとだいぶ暖かくなってきていた。



「…………」



 そのまま二人で外へと出ていくと、吐く息は白く伸びて、その白はあっという間に消えて見えなくなってしまった。



 そして、その先には綺麗な白をまとう森の姿が見え、私達はそんな綺麗な森の中を『別荘作り』の場所まで二人でのんびりと歩いていくのである。

 ……因みに、今日のバウは家の中でぬくぬくとしたい気分らしい。

 昨日も遅くまで絵を描いていたようだから、まだまだ眠いのだそうだ。




 そうして暫く歩いていくと、エアは最近のお気に入りでもある『精霊の歌』を──森の中を歩きながら楽しそうに歌いだした。時折、その歌声には森の各所から精霊達の小さなコーラスまでもが入ってくる。……精霊達もどうやら思わずハミングを挟んでしまったらしい。



 ただ、それを身近で聴ける私としては、それがあまりにも美し過ぎて、静かに耳を澄ませながら、心地良さに身を委ねて全身で音を感じるのであった。



 先ほどまで、色々と想い悩んでいた気はするものの、その少し沈んでいた心が自然と浮き立ち、元気になってくるのが自分でも分かる。……普段はあまり動く事のない私の長い耳も、これには流石にピクピクと反応せざるを得ない程であった。



「……すぅー」



 すると、そのおかげで私の頭に上がっていた熱も冷めたようで、深呼吸もして完全に冷静になった私は、また落ち着いて考える事が出来るようになった。



 そしてよくよく考えてみると、先ほどまでの私の考え方も少し過剰に煮詰まり過ぎていた部分がある様に感じて、ちょっとだけ独善的だったなと思い直し、反省する事ができたのである。



 なにせ、争う者達について散々『贅沢をし過ぎているからだ』とか『節制をしろ!』とか考えていた私だけれども、そんな彼らよりも私の方が──この状況を見て貰えば分かると思うけれども、どう考えても贅沢をし過ぎていると思ったからだ。



 だって、こんなにも綺麗な森の中で、美しいエアや精霊達の歌を聴きながら、こんなにも気持ちの良いお散歩が出来ているのである。……そりゃ、私からするとこれに勝る贅沢など殆どないだろうし、もしこんな贅沢を止めろと言われてしまったら、そんなもの土台無理な話だろうと思ってしまうと自分で聴いてて気づいたのだ。



 命は大事、食糧や資源だって大事……でも、こういう心を豊かにしてくれる贅沢だって、やっぱり大事なのである。失いたくないと思う心もまた自然なものなのだ。


 要は、人に言ってるくせに自分も出来ないのではどうしようもないだろうと言う話であった。

 口ばっかりではいけないと自分で思ったのである。



 つまり、人によって価値観は様々なのだから、贅沢を控えろだなんだと言った私の考え方の他にも当然別口の考え方がある訳で……ならば、解決の仕方もまた一つではなく色々あるだろうから、あまり視野を狭めてはいけないなと思い直したのであった。



 『あまり独りで考えすぎるのは良くない』と、『もっと割り切っていた方が時として良い事もあるんだ』と、そんな感じの事を言ってきてくれたエアの言葉こそが、全面的に正しかったのだと私は素直に思ったのである。……これもまた教訓だった。




 結局の所、彼らにとって凄く価値のある『金銀財宝』でさえも、私からするとこの宝(散歩)の前には、白い吐息の様に儚くも霞んで消えてしまうと言う訳だ。

 ……それだけの価値観の相違があるのだから、勝手な決めつけは良くないと私は改めて感じたのである。



 なので、正直争いの行く先については気にはなるけれども、私もあまり考え過ぎず、介入する事も今回は我慢し、現状はまだ暫くこのまま見守っていようと思ったのだ。

 当然、命の多くは失われてしまうかもしれない。だが、それも仕方のない事だろうと思った。



 彼らの争いだ。彼らがどうにかすべきだろうとも思ったのである。

 何でもかんでも手を出せるわけではない。


 それに、手を出したところでどうにもできない状況は変わらない訳だ。

 今はまだ解決策が見つかってはいない様だが、その先には彼らなりの解決法が見つかるかもしれない。

 だから私は、それを見守りながら待つ事にしたのだ……。



 『これはどうしても動かざるを得ない』と思える程の何か、そんな絶対的な瞬間が来てしまったらまた考えるが、それまではこのまま精霊達の『別荘作り』へと私達は全力を尽くしていきたいと思ったのである。




 ──そうして、エアに手を引かれるままに森を歩きながら、内心ではそんな事を考えるだけの余裕が出て来た私は、小さく微笑みを心に浮かべたのであった。



 『……きっとこれでいいはずだ』と、そんな言葉を思い浮かべながら、エアにグルグルされて解された眉間を自分でも少しだけなぞってみる。



 これできっと、眉間の皺も解れるだろうと思いながら……。





またのお越しをお待ちしております。

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