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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
416/790

第416話 備考。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。

また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。


2021・01・01、後半部分に微加筆。物語の進行や内容に変更は無し。




 『備えをする』と言う行為はとても難しく大切なものだ。

 ……特に、過不足無く備えると言うのはかなりの『力』を必要とするだろう。



 基本的に『備える』とは、とても根源的な不安を避ける為に必要な行為であると同時に、危険を遠ざけようとする『生物の知恵』そのものであるとも私は考えている。



 ただ、それは有体に言って『何か』を『有る場所』から『不足する場所』へと『力』を用いて移す行為でもあるのだ。……その為、言葉は良くないけれども、それはとどのつまり何かを奪う行為にも近しいものがあると私は常々感じていた。



 『備える事』で誰かが得をすれば、代わりに誰かが損をする様な、誰かが成功する陰に誰かが失敗をして涙を零すような──ある意味ではそれらの行為はどこかで似ていて繋がっている気がしてならないのである。



 だがしかし、命を育む為に他の命を消費する行いは、生きる者達にとってはあまりにも当たり前すぎる行為であり、まさに自然の摂理そのものであるとも言えよう。



 ……要は、そうせざるを得ないからこそ、それは悪ではないと生き物は考えてしまうのだ。

 これは皆にとって必要な行為なのだから、肯定されて然るべきなのだと。


 そう言う教えを受け、本能でもそれを求めてしまうからこそ、生き物はそれを特殊な行為であるとは考え難くなる。……これは仕方がない行為なのだと。



 だから極端な話、それを悪だと思う考えは、生き物の命を否定する考えにも近しい行為であり、ひいては己の命を否定されたくない者達にとって、その考えはあまりにも危険な思想なのである。



 それがどんなに罪深い行為であろうとも、生き物が活動し成長する為に必要であるのならば、それは肯定して当然だと、多くの者は無意識に捉えている。



 そして、大衆の常識がそれを『善し』とし、力の有るものがそれを『法』だとすれば、それは認められるべき『秩序』にもなるのだ。



 なにせ、生き物は誰だって、『死にたくない』と言う生存本能があるし、それに痛いのも苦しいのも嫌である。

 だから、その苦痛を我慢したり、虐げられる状況はどうにかして否定したいと考えるのだ。



 己の命とは尊いものであり、その尊いものを生かす為に他者の命が必要なのであれば、それを奪う行為は決して何も悪い事ではないのだと。食物連鎖においても当然の行為だからと、生き物はそう考える様になる。



 そして、その『力』の優劣において、奪うものと奪われるものは簡単にその立場を変えるのだ。

 聞こえの良い言葉を並べる事によって、その本質を上手く目立たぬようにはできるだろうが、その立場は生きていく限りにおいて常につきまとうものである。決してなくなりはしない。



 だから、生き物とは、『劣るものから奪う行為』を当然の事だと捉えがちになり、それを自然の摂理だと考えがちにもなる。



 ……それこそが生き物の常なのだから。



 つまりは、元々『争い』と言う行為も、そのやり取りの延長線上にあるのだと私は思っている。

 だから、争い自体が無くならないのも、それは自然な事なのかもしれないと少しは思うのだ。



 争いの全てを否定する事は出来ない。するつもりもない。

 それに、綺麗事ばかりで片付けられない問題など、数えきれない程沢山ある事も知っている。

 長く生きれば生きるだけ、それ相応のものをこの目にして来たのだ。



 ──だから、最初に言った『備える』と言う行為も、大抵は『力』を持つ者が居るからこその行為である事も当然分かっている。



 因みに、ここでいう『力』とは、ただ単純な暴力を指すだけではなく、様々な状況に適応する力であり──言わば『生きる為の力』であった。財力や権力も含めて、それぞれが持つ色々な力を総合したものである。



 なので、一概には言えないけれども、例として挙げるのであれば『備えをしようとする者は、生きる力が強い者である』とも言えるかもしれない。または、『強く生きようとしている者である』とも言えるだろう……。



「…………」



 ──時に私は、争いを見る度にそんな事を想った。



 だが、それと同時に、『備えをする者』の中には、状況に応じてその不安から愚かな選択をしてしまう者が居る事を、私は嘆かわしくも思うのだ。



 それは根源的な問題や危険を不安視し過ぎてしまったが故なのかもしれないが、備えが過剰になり過ぎる事によって、全体の備えまでもが逆に不足してしまう事態になるのは、とても無駄が多い行為であると私は思っている。



 過剰な備えによる被害と、それによって連鎖的に発生していく問題。

 充足していた筈の場所が、逆に不足へと陥ってしまう様な事態は、何とも悲しい話である。


 過不足無く、ほどほどに付き合っていけば皆が上手くいく状況になるだろうと皆が内心で思う中、それから目を背けたまま気付かぬ振りをし無理を通そうとするからこそ、全体が損をしていくのであった。



 例え最初は、過剰とも言えない一つ一つが小さな『備え』だったかもしれないけれど、それがいずれは大きな損を招く可能性は大いにあるのだ。

 そして、その事に気付かぬまま目的無く目先の事に捉われ続ければ、いずれは手遅れにもなるのである。



 ──今の私の様に。そして、今も尚、争い続ける彼らの様に……。

 


「…………」



 何のことはない。

 少しだけ小難しい言葉を並べてしまったかもしれないが、話は至極単純なものである。



 要は、また戦争による被害が大きくなってしまったと言う……ただそれだけの話であった。

 そして、それにより今までは目に見えていなかった大きな問題も、次々と浮き彫りになってしまったと言う……ただそれだけの悲しい話なのである。




 聞けば、私達が精霊達の事を助ける為に次の大陸にまで足を延ばしている間も、戦争は場所を変えながらに続いていたらしい。止まる事など一切なく……。



 そして、それによって尚更大地は痩せていき、作物も少なくなり、水は汚れ、木々などの燃料としていた資源や物資も、段々と枯渇し始めていったのだと言う。



 その為、最初はただただ国の安全を守る為に敵国を排除すると言う目的で始まったあの争いは、いつの間にか食料等の不足を補うために、互いの資源を奪い合う争いへと変わっていったのだとか。



 『無いならば敵から奪えばいいじゃないか!』と。

 『有る所には有るんだから、そこから無い場所へと運んでくればいいのだ!』と。

 ……『大樹の森』がある大陸の各国は、そんな終わらない争いへと突入していたのだ。



 そうして、各国はあらゆる『力』を用いながら、時に争い時に交渉しつつ、物の奪い合いをしているらしい。……だが、それも結局は『力』がある間だけの話であり、それが無くなれば話はもっと残酷に、そして救いのない状況へと変わっていくのである。



 それこそ『力』が無くなれば、今までは『奪う側』だった立場が、今度はあっという間に『奪われる側』になるだけ……と言う、そんな簡単な話であった。



 そしてそれは、何も国と国の間に限った話でもなく、国の中だけでも十分に起こり得る話なのだ。



 一例を出すとするならば、国と言う集団において、王を始めとする上の立場の者達は不思議と贅沢をしたくなる者が多いらしく、暮らしの水準を下げる事を嫌う傾向にあるらしい。



 その為、そんな者達からすると一度覚えた贅沢をいきなり手放して諦める事は中々に難しいものであり、それならば自分達の贅沢な『備え』を損なわせない様にする為にも『力』を揮って、他から過分な『備え』を集めてしまえばいいと考える者も少なくないのだと言う。




 本来なら、幾ら土地が痩せたとは言っても、無理なく付き合っていければ上手く行く筈の状態であるにも関わらず……そんな状況でも無理を通して、常に不釣り合いな贅沢を保とうとするが故に、彼らの争いは終わらないのだと、精霊達からはそう見えているらしい。



 『対価を払えば、全ては許されるのだ』と、そんな教えを真に受けて勘違いしている者もいるそうだ。

 その対価と言う天秤が最初からつり合っていない事にも、もしかしたら彼らは気付いていないのかもしれない。


 彼らが払える対価では、無から有を生み出せているわけではないので、『限りある有』から全てを削り取ってしまえば、そこでもう終わってしまうと言うのにも関わらず……無限だとでも思っていそうな雰囲気なのだと言う。



 更にいえば、この状況はなにも王達だけに限った話ではないので、普通の商人や街の住人達においても同様の事態が起き始めているのだとか。



 『備え』に差が顕著に存在するのであれば、奪い合いはどこでも起きるのである。

 何しろ、それは自然な行為ではあるのだ。生きる為には必要とされる行為なのだから。

 でも、そんな自然な行為による不安は誰しもが感じる事であり、誰しもが不満を募らせていくのだ。



 その為、立場を上にする者達はそんな民衆の溜まった不満をぶつけられない様にと、民衆達の矛先を周辺の国へと向ける必要があったのだ。

 


 そうする事により、彼らは自分達に向けられる敵愾心を逸らし、自分達の『備え』を守り、周りの『備え』を奪うための争いを続けているのである。



 ……それこそが現状の争いの根底なのだ。



「…………」




 そんなの争いの内情には、正直言って私も思う所は色々とあった。

 『そうやって問題から目を背けているだけでは、ただただ問題の先延ばしではないか』と。

 『……そんな事を続けていても、いずれは耐える事ができなくなるのは目に見えているだろう』と。



 このままでは、いずれ間違いなく何の根本的な問題の解決も出来ぬままに、ゆっくりと終わりへと向かって近づいていくだけなのである。



 ──だから、きっと『誰か』がそれに気付くか、『誰か』がそれに気付かせてあげなければいけないのだ。



 それがいずれ、全体をも蝕む事になるその前に……、『誰か』が本気で彼らを止めなければいけない日が来るだろうと、私はそう強く想ったのだった……。





またのお越しをお待ちしております。




(よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願い致します。短いですが、これを年末と新年の挨拶とさせて頂きます。……そして最後に、久々の一言をば失礼します。『──目指せ書籍化っ!』)



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