第415話 予備。
『──いえ、俺達はあんま気にしてませんよ』
「……そ、そうなのか?」
『うん!わたし達そこまで細かい事気にしないからっ!』
「でも、お家が……『領域』もだよ……?」
『無問題』
「ばう……?」
『そうなんですバウちゃん。わたし達って、そう言う所の拘りは結構緩めなんですよ~。だから、安心してください』
荒れ果てた元『領域』を見て、『精霊達がきっと悲しむだろう』と想って帰ってきた『大樹の森』にて、その様子を精霊達にも報告したら、案外あっさりとした答えが返って来て私達は困惑していた。
ただ、周りの精霊達もそれに『うんうん』と頷きを返している所を見るに、どうやら本当に皆そう思っている様子である。……予想とは全然違うリアクションだった。
元居た居場所が荒れてはしまっているけれど、私たちの様にショックを受けたりする事もないらしい。
──と言うのも、そんな事は彼らからすると日常茶飯事過ぎてもう慣れてしまっているのだとか。
いや、それはそれで悲しい答えだとは思うが、いずれその土地もゆっくりと回復させていけば良いと考えているようだ。何より、こうして『大樹の森』で多くの精霊達が安心して暮らせるようになった事で、だいぶ精神的には穏やかでいられるらしく、私は皆から改めて感謝される事になった。
『旦那が作ってくれた別荘の良さが身に沁みます』『殆ど別荘の維持もして貰っちゃってるから負担もないしねっ!』『楽』『──それも、森には以前よりも多くの魔力が満ちていますし、活力もありますからわたし達の力も少しずつ増えていってるんです。なので、向こうの領域の分もここに居るだけである程度は回復もできそうなんですよ!』
遠距離に居るから、土地の回復自体はそこまで早くはないだろうけれど、それでも荒れた土地をこの安全な場所に居ながら直していけるのはかなり有難いと言う話で、精霊達からするとそこまで騒ぐような問題ではないらしいのだ。至れり尽くせりで逆に申し訳なくなってしまうと言う。
『──だから、旦那達が申し訳なさそうになんてしないでくださいよ。戦争で領域が荒れた事だって、あれはあっちの奴らがやった事です。旦那達は全く悪くありません!』
『そうそう!わたし達の仲間はみんなここに来れて嬉しいって言ってるもん!』
『いつも感謝』
『……ですので、あの、もし出来るのでしたら、他の大陸に居る皆の分も、今後とも別荘作りを引き続きよろしくお願いします』
「…………」
……精霊達は、暗い顔一つすることなく、そう言って微笑んでいた。
『起きてしまった事は仕方がない事だから』と、『過去を見つめてばかりではなく明日をみましょう』と、『その方がきっと楽しいですよ』と、彼らはそう言っているのである。
……私は、彼らのそんな言葉を聴いていて、内心ではとても重いものを感じていた。
傷つきながらも、そう言えることは実はとてもすごい事なのである。
なにせ、誰だって怪我をしていれば、周りにそれを気付かせない事はとても難しい筈だ。
どうしたって普段との違いが行動や仕草に出てしまうものである。
それも付き合いの長さがあれば余計に、その異変は傍に居る者達に違和感として伝わるものだ。
なのに、こんなにもずっと傍にいた私にもわからないくらい……彼らのその微笑みはいつもと変わらないものだった。
だから私は、彼らのそんな姿に心の強さを感じながら、同時に少しだけ悲しくもなっていた。
だって、怪我をしているのに、『痛い』とか『たすけてほしい』とか、言って貰えない事の方が切なくなるものだろう?
仲が良いからこそ逆に言い出し辛い事もあるとは思うが、そう言う事は素直に言って欲しいなと思う気持ちが私にはあった。
だから、頼って貰えない事の方が見ているこちら側としては寂しいと言うか、無理をして欲しくないとか、隠される方が余計に心配になるとか、そんな憂慮に堪えない感じになってしまったのである。
……まあ、あんまり心配し過ぎるのも、時に迷惑をかけてしまったり面倒がられてしまう事があるから、それ以上余計な事は言わなかったけれど……それでも一応、私は魔力で彼らに素直な気持ちを伝えておく事にしたのであった。
『本当にダメな時にはちゃんと言ってきなさい。いつでも助けるから』と。
すると、精霊達はいつも以上に、ニコッと微笑んで私に笑顔を向けてくれたのである。
傷を負っている様に見えようとも、彼らがその口で『大丈夫』だと言うのであれば、私はその言葉を先ずは確りと信じてあげたいと思う。
何事もそうだと思うのだが、思いやる気持ちにおいても、絶対はないのだ。
救いとなるか、要らぬお節介となるかは、本当に時と場合によりけりなのである。
だから要は、これもまたやはりほどほどが一番良いと言う事なのだろう。
……うむ、改めて考えると、本当にこの世は難しい事ばかりなのだなと私は想ったのだった。
──そうして、そんな事を考えつつも、とりあえずはこちらの大陸の精霊達お引越しと『大樹の森』の調整が完全に終わったら、精霊達の願い通り次の大陸にも足を延ばしてみようと私は思うのだった。
「…………」
……ただ、この時にはもうこちらの大陸では密かに大地の力が各地にて衰えだしており、食糧等の収穫量が少しずつ減り始めている事に私たちはまだ気付かずにいたのである。
そしてそれは、精霊達も同じであり、彼らも戦争の影響によって土地が荒れた事による問題だと捉えていた事で、私達がその問題に気づくのはだいぶ時間がかかってしまったのだ。
──だから、こちらの大陸の各地において、更に戦争が活発化していく事など私達には全く予想も出来なかったのであった。
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