第413話 別荘。
誰しも、自分の安心できる居場所が増えるのは嬉しいものだろう。
……きっと、それは人も精霊も変わらないのだ。
ただ、自分の好きな様に居場所を選び、好きな所へと歩いていける人とは違って、『領域』に縛られている精霊達にとってはその安心の価値はだいぶ異なるのである。
何かしらの支えがないと思うように移動する事も遊びに出かける事も彼らにとっては大変に難しいのだ。
もし『領域』のルールを破ってしまえば、精霊達は簡単に存在を損なう可能性がある。
最低でも『力の喪失』は免れないだろう。無理をすれば命の危機すらある。
そんな背景があるからこそ、空を飛んで各地の精霊達を運んでくれる『第五の大樹の森』や、各地の『大樹の森』に備わっている『ドッペルオーブ』に付随させた【家】と言う魔法の存在は、彼らの役に大いに立ってくれているのだ。
……因みに、【家】と言う魔法の効果は、私の身体と各『大樹』を基点として、精霊達が自由に転移できる機能をもっている。いずれは精霊達以外にも使える様に改良しようとは思っていたけれど、色々と忙しくて現在はそこまで改良が進んでいなかったのだ。
そして、その魔法の一番の利用者は基本的に毎日私達の所に来るために活用している四精霊だったりもする。
ただ、そうした『第五の大樹の森』や【家】と言う魔法の存在があったとしても、これまではどうしても使用する事ができない精霊達は多かった。
そもそも、自分の『領域』から殆ど離れる事が出来ないものも中には居るわけなので、そう言う精霊達にとっては『一度でいいから行ってみたいな……でも、やっぱり無理だしな……』と言う、そんな寂しい想いをさせていたのである。
──だがしかし、それが此度の『精霊達の大お引越し作戦』によって、今までは寂しさを感じつつもその気持ちを我慢せざるを得なかった精霊達に、各地へと遊びに行ける可能性を齎したのであった。
それに、今までは『領域』に縛られる存在であった精霊達としても、今回の『お引越し作戦』によって『領域』を増やせると言う新たな発見を得た事は、彼らにとってもかなりの重大事であったらしい。喜びもそれに比例するかのように大きかったと言う。
それも『別荘』の様な扱いになる新たなる『領域』はほぼほぼ私が作り上げているので、そこを維持して守る為に精霊達が使う力は限りなく小さくなっている。
その上、『大樹の森』は以前よりも瑞々しさをもち、居心地の良い場所にもなっており、【拡張】によって空間を広げて作られた各『別荘』はどれも元々精霊達が暮らしてきた『領域』よりも軒並み大きく広々と住みやすい環境となっているのであった。
……つまりは、分かり易く言うとするならば、月々の『家賃がほぼほぼ無料』になった上に、『豪邸に住めるようになった』様な状態に近いと言えるかもしれない。
また、特に一番大きな理由としては、精霊達の存在理由にも直結する『領域』が増えた事によって、単純に彼らの命の危機が分散された事が大きいだろう。
それにより、もしも片方の『領域』に何かがあっても、もう片方の『領域』に身を寄せる事で、精霊達は危険を避ける事ができる様になったのだ。不安も大きく減ったのである。
何が起こるかわからない世の中で、これほどまで安心できる『別荘』と言う存在は以上の点から考えてもとても高かった。
……なので、実際に精霊達にも『別荘』は大人気である。
今回、戦争に巻き込まれる精霊達を避難させる為に優先して『別荘』を作ったが、それ以外の精霊達も『欲しい!』と思ってくれたらしく、『もし余裕があれば、わたし達のも作って!』と多くの精霊達からも私は頼まれるようになった。
勿論、当然の如く私は二つ返事で了承している。
精霊達が喜んでくれるのならば、私としても作りがいがあると言うものだ。
──と言う訳で、それからは国と国の戦争がどうなったかよりも、『別荘作り』の方に私達は没頭する事になったのである。
……どうやら戦争の方はまだまだ終わっていないらしいが、正直私達としては精霊達の避難が完了した時点で、既にもう然程の興味もなかった。
それに、個人的には暫くすれば周辺国側が勝つだろうと予想している。なので戦争もその内に治まるだろう。精霊達の方も『そりゃあ、戦争はして欲しくはないですけど……あまりそこまでは気にしていません。それに俺達としても、戦争よりも出来たら別荘の件をもっと……』と言っていたので、私も『別荘作り』の方を優先する事にしたのであった。
「…………」
──だがしかし、そうして実際に『別荘作り』を始めた私の唯一の誤算となったのは、精霊達がそんな『別荘』から元の家である『領域』へと、帰れなくなってしまった事であった……。
またのお越しをお待ちしております。




