第41話 温。
大部肌寒い日が増えてきたが、エアの体調はどうだろうか。
鬼人族の身体が強靭な事は知っているが、その強靭な彼女が風邪を引く事も私は知っている。
本人も気づかずに疲労と言うのは蓄積してくるものなので、誰かが体調管理を気にしておくと言うのは、実はとても必要な事なのである。
『自分の身体の事は自分が良く知っているから』、と言う強がりを耳にした事があるかもしれないけれど、自分の身体の事を良く知っている者など実は殆どいないのだ。
それこそ回復魔法の使い手の方が傷や病気には詳しかったりするし、魔法使いの診察にかかれば魔力を巡らせ身体の中に何か異常が無いかを調べて貰う事が出来る。これらの方がよっぽど詳しい結果を知る事が出来るだろう。自己判断ばかりだと誤りも多い。
それでは、魔法使いなら自分の身体の事を全て分かるんじゃないのか?と問われれば、それも必ずそうであるとは限らないのだ。
よっぽど痛みなどの自覚症状があればまだしも、大雑把に魔力で調べるだけでは、他の人の身体を調べるよりも自分の身体の異常の方が発見するのが難しいのだ。
異常があっても中々に感知できない場合が多いのである。
この訳は、自分の体臭や口臭に中々気づき難いの事にとても感覚が近い。普段から毎日自分の身体を隅々までチェックしていて、その微妙な変化を気付ける用意でもしてあれば話は別なのだが、そうまでしている者はかなり少ないのである。
特に病気に関して言えば、それが自然あればあるほど、身体にとって異常であると言う反応が少なくなり、魔力では発見でき難くなる。身体が病気である状態を、自分の普通の状態なんだと認識している場合は、かなり困難を極めるだろう。
その最たる例を挙げるとするならば『老化』であろうか。
歳を取る。それは成長していく上で、あまりに当たり前過ぎる事。それを一般的に病気とは分類していないかもしれないが、私はそれを魔法使いの観点からみて、病と言う枠に入れている。
老化は魔法使いでも"異常"として発見する事はできない。
だが、魔力の放出と吸収と言うかなり難度が高い技術があり、それによって魔法使い達は『アンチエイジング魔力放出法』と言う技を使う事によって、その老化を改善する事が出来るのである。
これは世には広まっていないだろうが、魔法使い達の中では常識の一つとして知られていた。
高い練度で出来る者程、老化は遅くなり、人によってはその老化も止まる。
つまり、老化は防ぐことが出来るのだから、これを病と言わずになんというのか。と言うのが魔法使い達の認識なのである。
ただ、私がそれを認識できた時には、私は既に『差異』へと至り、期せずしてそれを得ていた。
私は目的があって、差異を目指したのだから、そこを否定する事はしない。
だが、ほぼ老化の止まったこの身は、同じ年月を重ねてきた友や、知り合い達とは、もう違う時間の流れで生きている。
だからいずれ、その日が来てしまえば、私は寂しさを覚悟しなければいけない時が来るだろう。
……いや、今までにももう、何度か、そういう日はあったのだ。
馴染みの戦場で、気づいた時には自分一人しか残っていなかった時と同じように。
耳長族と言う種族の特徴が、元々そうであった事も、その時になって何度も思い出すのだ。
何度も経験したそれは、分かってはいても……中々慣れるものでは無かった。
そうして今、私は『差異』へと至っており、元々は同じであった筈の者達とも、差が出来ている。
皆に差異へと至れと、そう言いたくなった時もあった。
だが、それはただの私の我儘で、私の知り合い達は皆、それを否定してくれた。
これは大事な事なんだよと。後はお前に任せると。いままでありがとうと。
そう言ってみんな去って行った。
それはとても寂しい事だったが、歳を取り、受け止める事が次第に上手くなった。
それに、いつも私の近くには彼らの存在があって、励まされてもきた。
……いや、正確には落ち込む暇もなかったと言うべきだろうか。
今も、私へと近寄って来て、『この前のはやっぱ納得できないから!また次のイベントも頼むぜ旦那!』と肩を叩いて、笑って朝の挨拶をしていく火の精霊。
その先ではご飯を食べるエアを微笑ましそうに見ている水や風の精霊達。そこにはこの前エアの為にその姿を見せてくれた土の精霊の姿も一緒に見える。
そんな彼らの存在は、私にとってとても大きい。それこそ感謝しない日がないくらいに。
みんなは私を見ると声を掛け、手を振り、笑ってくれる。これがいつもの朝の風景である。
だから、私もそれに返す様に、手を振り、声を掛けいつも通りに挨拶をしていった。
最近は特に、落ち込むよりも楽しい事の方が多い。それも嬉しい忙しさがある。
もう少ししたら、また昔の様に冒険者として活動する約束も出来た。もっと忙しくもなるだろう。
エアに魔法を教える事になって、最近の私はそんな寂しさを感じる暇もないのである。
ありがとうエア。ありがとう精霊達。
親しい仲間達に確りと感謝の言葉を伝えていこうと、ついこの前にそう心掛けてはいたのだが、流石にその言葉を面と向かって言うのは少し恥ずかしくて、できない。
だけど、心の中では確り伝えておいた。
ただ、そんな言えなかった言葉の代わりになればと、私は行動でそれを示す為に、最近の寒さを鑑みてみんなに柔らか毛糸で作ったマフラーを夜なべして作ってしまった。大樹の家に来ていた者達全員分。
いくら魔法を使ったとは言え、その数は多く、正確な数は把握できてない。
流石に時間はかかってしまった。
「わああああーーーっ!」
エアには白色が好きそうなので白いマフラーを、精霊達には各属性ごとに適した色のものを渡していく。突然の事で驚いていたが、みんな嬉しそうに受け取ってくれた。
エアも早速巻いて、その温かさを、ふかふか具合を確かめている。
首元が温かいだけでだいぶ違うと思うから、確り巻いて、みんな風邪をひかない様に。
またのお越しをお待ちしております。




