第407話 奥行。
精霊達に祝われ、嬉しそうに笑う偉大な魔法使いの姿を、私は少し遠巻きに眺めていた。
『大樹の森』には今、心地良い歌が響き渡り、笑顔が溢れている。
その歌を聴きながら瞼を閉じていると、私達のこの二十五年の色々な思い出が瞼の裏側へと浮かぶ様な気がした。……思い返せばその一つ一つはとても懐かしく、尊いものの様に感じる。
私はそんな想いを胸に、心の中が大きな幸せに包まれている様な感覚になった。
ただ、エアが『差異』へと至る程の魔法使いになったと言う事は、同時に教える立場であった私としても一つの大きな節目を迎える事になったのだと思えてならない。
まあ、私自身の何かが大きく変わったと言う訳ではないのだが……一つだけ確実に変化する部分がある事には気づいていた。
──と言うのも、『差異』にまで至った魔法使いに、もう私が教えてあげられる事が殆ど無いのである。
……だからそう言う面においては、きっと私はほんの少しだけ寂しい気持ちなってしまうだろうなと、そんな想いはあった。
弟子が立派になって、一息つけて『ホッ』とする部分もあるとは思うのだが、それと同時に切なくなる様な気がしてならないと言う、そんな複雑な心境である。
ただまあ、今更言うまでもないだろうけれど、切ないからと言って私は途中で止めるつもりは全くない。最後まで立ち止まらないでいたいと強く思っている。
……それどころか、私は前々からこの日が来る事を楽しみにしており、『エアへと最後に教える魔法は絶対にこの魔法にしよう』と心に秘めて準備していたくらいなのだ。
エアには、その魔法を覚えて貰う事で『弟子からの卒業』もして貰うつもりであった。
『卒業』と言うと、またちょっと別の意味で捉えられるかもしれないが、単純に私から教えられる事は全て教えきった証として、一応は師匠的な役割を全うしようと私は思っていたのである。
……まあ、私に師匠らしさの様なものがあるかないかは別として、これもまた私のケジメだと思う。
そして、魔法使いとしてエアに向ける信頼や、これまでの感謝とこれからも仲良くして欲しいと言う私の素直な気持ちをそっと添えつつ、記憶に残る形で何かちゃんとした贈り物をする事により、今回の事を少し特別な思い出にしたいと言う想いも私にはあった。……折角の良い機会なのだから、なあなあで済ませたくは無かったのだ。
なので、それに相応しい贈り物は何だろうかと思い悩んだ時に、一応は私の『奥義』とも呼べるこの魔法の事が頭に浮かび、これを教えるのが一番良いんじゃないだろうかと思った訳なのである。
だから、この訓練用の魔法にしか思えない、一見微妙な魔法ではあるけれど──元は『魔力のスーハー』をする際にあまり周辺へと過剰な影響を出さない様に、配慮の為、特別に開発した私のオリジナルの魔法であるそれを、私はエアへと教える事にした。
「…………」
……うむ、まあ、効果だけを聞けばやはり凄く微妙には感じる。
だが、『差異』へと至った後に、この魔法を使えばその評価は一転する事だろう。
なのでこの『ドッペルオーブ』こそ、エアへと最後に教える魔法として相応しいと思った。
……まあ、『奥義』だなんて言って、珍しくもちょっとだけ格好をつけてはみたものの、簡単に説明するのであれば、これは言わば魔力を圧縮していくだけの魔法である。
それも、普段はほぼほぼ別の使い道などなくて、『魔力のスーハー』専用になってしまっていると言う……とても扱いづらい特殊な魔法でもあった。
ド派手な攻撃魔法だったり、凄く便利な【転移】の魔法だったりと言う訳ではなく、敢えての『ドッペルオーブ』と言う事で、エアとしても驚くかもしれない。
最後に教える魔法がこんなものなのかと、流石のエアと言えどもがっかりしてしまうかもしれない。そんな懸念は大いにある。
『本当はもっと別の魔法の方が良かったのに……』と、そんな愚痴を言われてしまう可能性だって高かった。
──だがしかし、『使ってみれば、分かる』筈だ。
私からはその一言に尽きる。
これこそ私の間違いない一押しの魔法であり、私が態々『奥義』と呼ぶ程の技であった。
だから、使ってみればきっとエアも気に入ってくれるだろうと言う自信もある。
……まあ、本当にダメだった時には、素直に謝るつもりだ。
ただ、『まやかし』等を含めて、エアに教えていない魔法に関しては、実はあまり覚えて欲しくないに足る要因を多く含む魔法ばかりなので、それらの魔法の事に関しては最初からエアに教える気持ちが私にはあまり無かったりもする。その為、最初から除外して考えていた。
……まあ、それ等の魔法については、本当にエアが必要だと思った時に覚えればいいだろう。
そして、そうならない限りは今のままの方が絶対に良いだろうと、私は思ったのだ。
それに、今更私が教えるまでもない魔法と言うのも実は多い。
『差異』へと至る程の今のエアであれば、きっとそれらの魔法のきっかけは己次第で幾らでも見つけられるようになっている。
『差異』へと至る事で、エアが気づく事はまだまだ沢山あると思う。
そして、その時にこそエアはまた魔法の奥深さを知る事になる筈だ……。
「…………」
……と言う訳でまあ話はまた戻るけれど、お勧めである『奥義』に関してなのだが、私が独自に作った魔法の為に少々覚えるのにもコツが必要になってくるのだ。
『魔力のスーハーをする際、身体中の魔力を周辺へと広範囲に放出してしまうと吸収する時に大変な思いをするので、それを防ぐ為にも身体の傍で魔力を圧縮させてしまおう』と言う魔法なのだが、かなり限定的な魔法であるにも関わらず、意外にもその習得は容易ではなく複雑である。
かなりニッチ過ぎる魔法である為、私はそのコツを確りとエアへと教えていきたいと思った。
……内心、この複雑な魔法をエアがどの様に覚えて、どう扱っていくかに私も興味がある。
──そうして、また一つそんな楽しみが増えたと感じながら、最後の魔法をエアへと伝えに行く為に、私は花畑へと歩み出すのであった。
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