第404話 柔和。
『ロム……さよならだ』
最後は、そんな別れの挨拶と共に、友は私達の前から去って行った。
そして、その後私はどんなルートを通って帰って来たのかはあまり良く覚えていないものの、気づいた時には『大樹の森』へと帰って来ていたのである。
「…………」
私も流石に、今回の事はとても珍しいと言うか、それだけ悲しかったと言うか、思っていたよりもショックが大きかったようで、エアに聞いた所かなり呆然としていたらしい。
ただ、そんな状態であるにも関わらず、最後までやる事はやっていた様で、浮かべたままだった敵国の兵士達はちゃんと国へと送り届け、向こうの国の王が居る場所まで直接乗り込み、その王と直接『約束』を結んで来たのだそうだ。……うむ、なるほど。全く覚えていない。
だが、その場でちゃんと『他国に戦争を仕掛けてはいけない』と言う話もして来たそうなので、これでとりあえずは友二人の国の安全は守れるだろうとエアは教えてくれた。……まあ、それ以外の国から攻め込まれる場合には効果がないが、それでも一番周辺諸国の中で好戦的な国を抑える事ができたのはとても大きいらしい。
その国が戦争を仕掛けられなくなっただけで、周辺はだいぶ落ち着くだろうと言う話である。
なので、これできっと私に任せられた役割は確りと熟せたと思って大丈夫だろう。
エアが大丈夫だと言ってくれたので、私としても『ほっ』とするのであった。
「ろむ、元気だして……」
そして、帰って来てからもエアは度々そう言って私の事を励ましてくれたのである。……なんと優しい子なのだろうか。
『ロムはちゃんと誰かの気持ちが分かっているよ』と。
『凄く優しいし、思いやりがあるし、カッコいいよっ!』と。
もうべた褒めだ。……ありがとう。
エアはバウと一緒になって、そう言って私の事を励まし続けてくれたのであった。
そして、私もまた単純であるから……。
そんなエア達の励ましや温かさから元気を貰ったおかげで、比較的直ぐに元の状態へと戻れたのである。……密かにいつもの四精霊や他の精霊達もずっと声をかけてくれていたし、みんなには本当に感謝が絶えなかった。
……私は幸せ者だな。
そして、元気を貰った事で、少しだけ頭を回す余裕も生まれて来た。
なので、私はあの日の事をあれから何度も思い返してみたのだが、改めて考えると、あの日の友レイオスの様子は今更ながらに少しおかしかったように思う。
彼らしくなさすぎるのである。
彼のあの様子からは、まるで何か別の考えがある様な不自然さを感じた。
だから、彼の思惑がどこにあるのか、その心の中の正確な理由までは察せてはいないけれども、私にとって都合が良すぎるかもしれないが、彼にはきっと何かしらの理由があったのだと想う事にしたのであった。
「百年後とか、二百年後とか、たまたま会ってさ……その時に、仲直りできたらいいねっ」
あの決別の日から既に数日が経っている訳で──当初はあの日の友二人の態度に怒りを覚えていたエアも、その考え方を改めてそう言ってくれるようになっていた。
エアも以前にあの二人と会っているので、やはり改めて考えると少しだけおかしいと感じる部分があったのだと言う。
勿論、私の『約束』の件もあるし、あの国の者達の多くに私は恨まれているだろう。
それを思えば、私に対して彼がああ言ったのも分かる気はしたが、それにしたってあの日の二人はどこか『異質な存在』であったようにも思えるのである。
……それに、そもそもの話だが、『約束』に対してあの二人が王達を止めなかった事などについても不審が残った。聞けなかったので分からずじまいではあるのだが、今更ながらに特にそれが不思議でならないのだ。
だからやはり、考えれば考える程、あの日には何かが隠されていた様に思えてならないのである。
なので、あの日に友とは決別こそしたけれど、それも決して永遠の別れなどではなく、いずれ再会するまでの長いお休みだと考える事にしようと、エアと私は話したのであった。
都合の良い、一方的な解釈にしか過ぎないかもしれないけれど、やはりなんだかんだと私があの二人の事を好きなのだと思った。また会いたいと思ってしまうのである。……だから、また数百年後にでも、偶然を装って訪ねてみる事にしたのであった。
それに、彼の言葉には冒険者用語ではないけれど、何かしらの別の意味が隠されている風にも感じる言葉が多く、『人にバレない様に過ごせ』や『国には近寄るな』等の忠告もあったから、私はまた暫く『大樹の森』を中心にして、出歩く事を控える事に決めたのである。
その為エアには、『旅はまた暫く一緒に行けないかもしれない。だが、旅をしたくなった時には私抜きで旅を──』と言ったのだが、そこまで言った時にエアは、『ううん。ロムと一緒じゃないともう嫌だからっ』と言って、首を横に振ったのだった。
「……そうか」
即答である上に、その時のエアの表情がとてもあたたたくやさしい微笑みだったので、思わず私は素直に嬉しくなってしまった。……まあ、顔にこそあまり出てないが心中では正直かなり照れていたと思う。
『おっと、珍しい。旦那が照れてるぞ……』『エアちゃんは喜ばせ上手!』『……嬉しそう』『良い雰囲気ですね──わたし達にとっても凄く心地良いです』
──すると、そんな私達を見ながら、『大樹』の傍では精霊達も微笑ましそうにしている姿が見えた。
そんな彼らが背をあずけている、『大樹』はまた一段と大きく育っており、『大樹の森』自体も以前と比べてまた一段と瑞々しくなっていた。
そして森の範囲も、いつの間にかかなり大きく倍以上に範囲が広がっていたのである。
これも私が二つ目の『差異』を超えた事による影響なのか、正直私自身はあまり良くわかっていない。だが、精霊達の言う通り、森は確実に以前よりも過ごし易い空気になっているのである。
──そんな穏やかで優しい森の雰囲気に包まれつつ、私達は和やかな日々を過ごしていくのであった。
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