第40話 字。
「そろそろ。文字も覚えてみるか?」
「もじ?」
朝食後、そう言えばと思い、私はエアへと読み書きについて尋ねてみた。
すると、エアは文字をまだ使った事が無いし、全く知らないらしい。
私も冒険者をやっていた時代、文字が使えなくても殆ど問題は無かったが、今も同じかどうかは分からない。だから一応は覚えておいた方が良いかもしれないと思い、なんとなく訪ねてみた。
現状、魔法を覚える事も大変なので、それが終わってからでもいいと私は思っている。
結局は、エアがどうしたいかによるのだ。
因みに、文字が読めれば、本が読める。本が読めれば色々な物語を知る事が出来るぞ。
「ほん?……ものがたり……んーー」
どうやら反応はいまいちらしい。過去の色々な他の冒険者達の英雄譚だったり、あとは一般的な魔法の事だったり、薬学、地学、動物学、他には何があったか、まあこの大樹の家の書庫だけでも大部揃っているから、気が向いた時に読む事が出来るのは中々に面白いと私は思う。
「他のぼうけんしゃのお話、しかない?」
そうだな。基本的には本になるくらいの冒険譚はみんなに有名な話を集めた物が多い。
私の話の様な泥臭い物は、そういう本になるものとは普通は真逆だろう。
「……そっかー、ならいいー」
今まで私の冒険者時代の話には、必ず齧り付いて来て興味津々に聞いていたエアだが、冒険譚ならなんでも興味があると言う訳ではなかったらしい。
どうやら泥臭いのがお好みだったようである。……まあ私はその手の話なら枚挙にいとまがない。また今度色々と話してあげたいと思う。
ただ、冒険譚以外にも本には色々と種類があるのだ。そちらはだいたいが私が夜寝るまでの時間帯に魔法の練習をしながら読んでいたもの達である。それもそこまで興味ないだろうか。
「うんっ!まほうの方がたのしい!」
そうかそうか。なら、魔法を覚えるまでは魔法に集中しよう。文字を学ぶのはいつでもできる。
……エアはあまり文字には興味がわかなかったらしい。まあ昔の私もそうだった。同じだ。
私も基本的に正確な文字や数の数え方など、普段の生活ではあまり使わなかった為に、私が覚えたのも冒険者になってからずっと後での話である。
必要になったのも、とある商人とやり取りする機会があり、その商人がかなり欲深い人間だったようで、後で自分が騙されたと分かった時になって初めて、これは覚えておいた方が良いなと気づいたからであった。
実際、そういう機会でもない限りは、他で使う事も早々無い。その内ゆっくりと覚える位で丁度いいだろうと私も思う。
早めに覚えておくのも悪くはないとは思うが、個人的に知識とは使う機会がないと、頑張って覚えてもすぐに忘れてしまう事が多々ある。
それに話せるから、文字だけ覚えるならそこまで難しくも無いだろうし、エアも冒険者になる時には街に向かう事になるから、その道中からでも十分に間に合うだろう。
因みに、これは個人的な考えに過ぎないのだが、時々『魔法使いだから頭も良いんでしょう?』的な発想をする者達がいるのだが、私はそんな者達に言いたい。
魔法使いと頭が良い学者達との間には、厳密にはかなり似て非なるものがあるのだと。
頭が良くて学者や研究者などをやっている者達の中には、当然魔法を使える者は多い。
ただそれは、彼らが知識として魔法を学び修めて、それを技術として使っているだけの話である。
一方、極論で言うと、魔法使い達は魔法を感覚で覚えて、感覚で使うようになった者達である。
例えるならば、詠唱や魔法陣等を学問や知識として修めて、魔法技術として使っている者達は皆学者で、何も考えずにただ魔法を使っている存在は魔法使いなのである。(もちろん例外はある。)
ただ、そんな学者の中にも魔法を使い慣れてくれば、感覚で魔法を使うようになる者が時々出てくる。
それが魔法使い達は頭が良いんじゃないか?と言う勘違いに繋がる原因なのである。
学者の中にも、沢山の魔法の使用数をこなす事で、魔法の感覚に馴染み、気が付いたら自然と魔法が使えていた。なんていう事を言う者も、逸話も多い。
一般的にそれを無詠唱だなんだと有難がったり特別視したりする者もいるが、要はそれが魔法使いとして魔法を使いだしただけの話なのである。
無詠唱で彼らが魔法を使う時には、それまで彼らが当て嵌めようとしていた詠唱や魔法陣の理論や知識などは一切なく。ただ単に、"魔法を使う"と言うその一点のみに集中して現象を引き起こしているだけに過ぎない。(例外はある)
また、感覚で魔法を使うのみだった魔法使い達が、知識を得る事で魔法の能力を向上させる場合も少なからずある。
だが、その逆に知識を得る事で、感覚に歪みが生じて魔法が使えなくなることもある。
ここら辺は大変に難しい問題なのだ。
──要は何が言いたいのかと言うと、結局魔法使い達はみんなが頭がいいとは限らないと言う事だ。
私にしたって、学者ではない。
冒険者時代はひたすら森の中で泥水に這い蹲ってやってきただけの、野生の魔法使いなのである。
そんな野生の私の何処に、賢さがあるのだろうか。いや、あるまい。
つまり、私の持論だが、魔法使いは勉強できなくてもなれるっ!
──閑話休題。
話がだいぶ脱線してしまったが、文字を学ぶのは今でなくても良いと私は思った。
必要な分を必要な時に使える様に準備しておけばそれで問題ない。何事もほどほどが一番なのである。
それに、私が商人に騙されることになった時も、結果的に文字を知らなかった私は損をしなかった。
相手は契約書や、国に後ろ盾があれば身の安全を保障されていると思っていたらしいが、魔法使いがする約束はそんな甘いものではない。破ればそれ相応の酷い目にあうのである。
『舌先三寸は魔法使いと会話をするな』それが魔法使いの世の常識である。
「あ、でも、ぼうけんの話はききたいっ」
会話も一旦終わり、今日もまた家の外へと練習に出かけるかと思っていたのだが、その途中でエアはそう言ってきた。
「本のか?」
「ううん。ほんはいいー。ぼうけんしゃの時の、お話をしてほしいー」
本にも興味はないが、私の冒険者時代の話は聞きたいらしい。……ふむ、なるほど。それでは全力でお応えしようじゃないか。
……まあそう大した話でもないのだが、それじゃあちょうどいい機会だからと、ダンジョンで苦労した一連の話でもしてみる事にしよう。
「うんっ!」
あれは、そうだな。まだ『差異』に至る前の事。それでも一端の冒険者として活動できていると自分で勘違いし、森での活動よりももっと身になる場所があるらしいとの噂を鵜呑みにして、私はとある鉱山に出来た迷宮、所謂ダンジョンへとやってきた……と言う、そんな昔の話をエアにしてみた。
話の内容的には、罠が沢山あって死にかけ、戦闘以外の技能が必要な事を深く知った事。
そして、そこでほんと偶々、今ではエアのお気に入りの古かばんとして使っている『被褐懐玉』を手に入れた話。
当時はそれの使い方が分からず、エアと同じように浄化を何度も掛けてみて、全然綺麗にならず何度も首を傾げた事。
結局、怪しげなものには手を入れるのも嫌だったので、街で試しにアイテムの効果を調べて貰ったら、嘘を教えられて、そのまま持っていかれそうになった話。
最後は魔法使いと約束をすると言う事がどういうことかを悪い商人さんにしっかりと教えてあげたのだ、と言う内容の話をしてあげた。
二人で一緒に花畑へと出て、魔法の訓練をしながらそんな話をのんびりとしていく。
エアはそんな話でも充分に楽しそうに聞きながら相槌を打ち、時に質問しながら、ちゃんと自分の練習を疎かにしていない。
そんなエアの成長を見ているだけで、私は少し胸の内が温かくなった。彼女が頑張っている事が良く分かる。少し前まではこんな自然に出来ていなかったのだから……。
「やっぱり、文字おぼえるっ!ぼうけんしゃにひつようっ!」
そんな魔法の練習をしながら、エアは隣にいる私を見上げてそう言ってきた。この子は向上心の塊。
私のこんな苦労話でも教訓になってくれたのなら、それは喜ぶべき事なのだろう。
ただ、結果的に心変わりさせることになってしまい。そこに少しだけの申し訳なさを私は感じた。
良かれと思って話したことが、本来の相手の思考を奪い、誘導してしまう結果になると言うのは存外に多い。
エアに自由を願っている私が、彼女のその良さを消してはいけないのだ。
……気を付けよう。私はそう心の中で反省した。
私が急に黙ってしまったので、隣でエアが不思議そうに首を傾げている。
気を取り直さなければ。
こういう時には、気分転換に新しい事をやるのが良いと聞く。
ならば丁度良くこの状況にも合う、良い魔法の練習法を思い出したので、私は遊び感覚でそれをエアへと教えてみる。
「そうか。では、文字の練習の為に宙に水を出して、それで文字を書く。エアも私と同じ形を書ければ合格だ。やってみるといい」
「まほうでっ!?文字かくの?」
「そうだ。先ずは、これが『え』で、これが『あ』だ。これが出来れば、エアの名前の簡単な書き方になる。これさえ覚えておけば、冒険者の登録の時に、自分の名前を自分で書けるぞ」
「うんっ!!わかったやってみるっ!」
私が【水魔法】で出した文字を真似るべく、エアも【水魔法】でもじを書いていく。
少量の水を操って形を変化させていくのだが、これに求められる技術は中々の物だったりするので、エアの書く文字はかなり歪なまま、中々に進まない。
だが、それは魔法の練習を始めてから今日までずっとそうだったのだ。エアはもう慣れたものだと気合を入れ直した。
毎日毎日、同じ基礎を繰り返し続けてきたエアにとっては、最初が上手くいかないのはもう当たり前の事になっている。
私達はなんと言っても負けず嫌いだ。これくらいで簡単に音を上げる様にはできていない。
それでも私は、心の中では全力で『がんばれがんばれ』と何度も応援をし続けていた。
……結果的に、今日一日夜遅くまでやってみたが文字は完成しなかった。
だが、それでもエアは最後まで楽しそうに訓練を続けている。凄い集中力であった。
周りには精霊達が私と同じように、『がんばれ!がんばれ!』と応援したり、エアにはまだ聞こえてないけれど、それでも必死にアドバイスをしている者もいた。
私はいつの間にか隣にやってきた闇の精霊からお茶を渡され、それに感謝を述べつつ、みんなと一緒にそんなエアの頑張る姿を見守り続けた。
またのお越しをお待ちしております。
祝40話到達!!
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