第398話 吟味。
エア達と合流は果たし、そのまま直ぐに街を出て『大樹の森』へと帰るつもりだが、その予定はちょっとだけ遅くなりそうであった。
と言うのも、今回の事を面倒な事態になりそうだと案じているのは私だけなので、エア達は祭りの雰囲気を普通に楽しんでいるらしく、大変満足そうにしていたのである。
途中、路地で暴漢に襲われかける事もあったけれど、それも余裕で撃退できた為に、大した問題だとは感じてはいない様子であった。
聞けば、屋台で買った果物を片手にもう片方の手ではバウを抱っこしながら、暴漢達を足技だけで流麗に翻弄していたらしく、周囲で見ていた街の人々は口々にエアの事を『華麗だ』と言って褒め讃えていたのである。
私が合流した時にはもう暴漢達も倒し終わっており、そのまま再び街を見て回る気満々であった。
倒れた暴漢達に対しても既に興味は無さそうで、彼らの背後に誰が居るのかとか、王達が何やら悪い事を考えているかもしれないとか、そんな些末事は全く気にしていない様子だ。
……なので私は、ひっそりと倒れている暴漢の一人へと近づいていくと、尾行者達にしたのと同じ話を簡単にしておく事にした。まあ、どうせ向こうの者達が上役へと伝えるだろうが、一応この暴漢達にも話しておく事で確実に伝わる様にしておこうと思ったのである。
面白い話ではないのでエア達には隠れてひっそりと、だがここで時間を使ってしまうとまたエア達に置いていかれてしまうので、私はそれを手早く済ませた。
「──あっ、ロム!ほらっこれ美味しいよ!一個いる?」
ただ、エアは魔力での探知をちゃんと使っていたのか、直ぐに私へと気が付いたらしい。優秀である。
エアは私の姿を見つけた事が素直に嬉しかったのか、急に『パッ』と花が開いた様な微笑みを浮かべると、持っていた果物を一個私に手渡してくれたのだった。まさに天使。
そして、その果物を受け取りながらエアの表情を見ていると、やはり余計な事は伝えなくて正解だったなと私は思ったのである。
『こんな些末な問題なんかで、エア達の楽しそうな雰囲気を壊したくない』と私は思った。
ほんと、この国の王達がどうだとか、企みがどうだとか、そんな小さな問題に一々時間を使うなんて勿体ないと、エアの笑顔を見ていて再度私は気付かされた想いである。
そんな事より『もっと広く世界を見た方が有意義である』と、『美しいものや掛け替えのないもの、そしてとても大切なものはこんなにも周りにいっぱいあるんだよ』と、そんな世界の色々な姿をもっと見て、『一緒に楽しむ事の方が大事だよ』と、エアの笑顔を見ているだけで、私はスゥーっと心が洗い流されていき、澄み渡って行く様な、そんな心が穏やかになる晴れやかな気分になった。
先ほどまでのむしゃくしゃした気分とか、イライラも一瞬で消え去っていく気がする……。
「……一個、貰ってしまって良いのか?」
「うんっ!足りなかったらまた買いに行くねってさっきのお店には言ったから大丈夫っ。それに、あっちとかあっちにも、まだ色んなお店開いてるんだよっ。面白いからロムも一緒に見て回ろっ!」
エアは私へと果物を渡すと、空いたその手も一緒に『はいっ』と言って、私へと差し出してくる。
「……ん?」
私は最初その差し出された空の手の意味が分からずに、少しだけ首を傾げるのだが、そうすると『ほらほら~手だして~!』と、エアは手を揺らしながら私に手を繋ごうと促してくるのであった。
『……ああ、なるほど。そう言う事か』と、私は遅ればせながらも気づきを得る。
そして、そんなエアの誘い方がなんとも微笑ましく感じられて、心の中がそのあたたかさで満たされる様な気持ちになったのだ……。
そんな気持ちを抱きながら、エアの差し出してきた手に自分の空いた手を重ねると、確りと握られたので私もギュっと握り返した。……手のひらから伝わる温度は優しくて、心地良さを感じる。
エアの方を見ると、隣のエアも満足そうに微笑んでいるので、どうやらこれで良いらしい。
「…………」
……これには思わず、本来なら表情もなくただただ不愛想で詰まらない私の顔も、心の中に溢れたその微笑ましさから、笑みが零れた様な感覚になる。……勘違いだろうけど、もしかしたら今だけは普通に私も笑顔を浮かべている様な気がした。
「~~っ!?」
……まあ、勘違いだろうとは思う。
すると、エアも一瞬だけそんな錯覚を得たのか、パチパチと瞬きを激しくしては、そんな無愛想な表情を驚いたように見つめてきた。近い。エアの顔が迫って来る。
だがそこで、意外と至近距離まで顔が近づいていた事に気が付いたらしく、エアはいきなりハッとすると、思わず少し照れたような恥ずかしそうな表情になった。……若干顔も赤く、手のひらも先ほどよりふわっと熱くなった気がする。
でも、そこで私にそれを突っ込まれるのは避けたかったのか、エアは何かを誤魔化すかのように急ぎだすと『ほらっ!こっち来てっ』と言い、グイグイと私を引っ張りだしたのであった。
「…………」
エアのその引きはかなり強く、幼い今の私の体躯では、踏みとどまれない程に強力だ。
だから私は、そんなエアの引きに身を任せ速度を合わせると、一緒になって駆けていった。
目的はあるようで無い。ただ無性に駆け出したくなる時のそれに近い感覚だろう。
エアが持つのはそんな強引さであり、そうして見える景色はまた一つ私の目からは変わって見えた。
他の人の走る速度に合わせる事は、一人では中々にできない経験である。
色々な店や人の間を駆け抜けながら、私はそのエアの速度に、自分にはないものを感じていた。
同じ道が、全く別の光景に見える時がある。
人も街も、見方一つで、全く別の意味を持つ事があるのだ。
短い距離だが、駆けながら私は何度も転びかけ、その度に私は何度も何度もエアに引かれて空を見上げた。
エアと一緒に見て回る街の景色は素直に楽しく心地良い。
共に居る時間をなによりも嬉しく感じる。
こうして幼くなった事で、そんな色々が前よりももっと多く感じられた。
与えるばかりではない。与えられているものも、こんなにも多いのだと。
一緒に駆けながら、私はきっとそんな事を考えていたと思う……。
因みにだが、エアの腕の中ではピタッと抱きつきながら、スヤスヤと寝息を立てているバウが居た。
……今は駆けている上に、先ほどまでエアは戦っていたにも関わらず、バウはそれでも関係なくずっとぐっすり眠っていたらしい。
そんな事があるのかと、まさかと思うかもしれないが、その幸せそうな顔でエアを安心して寝息を立てているバウに、私はまた微笑ましさを感じるのであった。
そして想う。やはり、この二人と一緒に居るのは良いなと……。
そう心の底から深く私は感じていた。
「…………」
暫く駆けていくとエアも落ち着いてきて、私達は目的とする店を色々と回り街で楽しく買い物をしていった。
この際だからと見回りたい場所は全て回り、普段は買えない様なものや幾つか購入している。
エアは『大樹の森』の自分の部屋で使うつもりなのか、柔らかな素材を用いて作られたニ、三人は一緒に寝ても大丈夫なサイズの貴族用ベットを買っていて私は驚いた、……どうやら聞くてみた所、王城の客間で寝たベットの寝心地がかなり良かったので欲しくなってしまったらしい。
買い物前で丁度よく目を覚ましたバウには色々な大きさの筆や、不足してきた絵の具等の画材道具を大量に購入した。それを見て、これでまた沢山の絵が描けるとバウは大喜びである。
……そして、因みに私は、自分の弱点克服の為に、偶々見つけた燻製されたチーズを少しだけ買ってみたのであった。
ただ、そんな買い物の途中で、一応エア達には『買い物が終わったら、森へと帰ろうか』と告げてみる。
すると、二人共何かを察してくれたのか笑いながら頷いてくれたのだった。
友二人には悪いけれど、やはり何か面倒事になる前にこの国からは去らせて貰おうと思っている。
『……また数十年後に会おう』と、心の中で勝手なさよならを告げ、私達はそうしてこの街から去って行ったのだった。
──そしてその後は、大した問題も無く順調に歩を進めて、無事に『大樹の森』へと帰った私達は数年はのんびりとした日々を穏やかに過ごしたのだった。
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