第397話 暗雲。
尾行者が居たのでその者達を宙に浮かべて捕獲すると、その捕獲した者の一人が『エアの命が惜しければ言う通りにしろ』と私を脅迫してきたのであった。
「…………」
だがしかし、それを聞いた私が最初に思った事は『……この者はいったい何を言っているのだろうか。急に変な事を言い出したぞ?』と言う、そんなどうしようもない呆れである。
彼らのその言い分からすると、彼らはどうやら『エアの事を捕まえた』らしい。
そして、『そのエアの身柄に傷をつけられたくないのであれば、お前はこの宙に拘束している魔法を解除して、俺達の言う事を大人しく聞け』と言ってきているのである。
だが、そんな話を聞いて、素直に『はい、わかりました』と言う私ではなかった。
逆に何をいきなりそんなお馬鹿な事を言い出すのかと、思わず鼻で笑い飛ばすくらいの気持ちである。
ただ、今の状態のままだと話も進まないと思った為、今度は私から彼らに一つ尋ねてみる事にした。
「君達は、エアの事をただの可愛らしいだけの女性だと思って、侮ってしまったのだな?」
「……?なにっ?それはどういう意味だ。侮るとは……何が言いたい」
だが、どうやらあまりピンときていない様子なので、私はもっと分かり易く伝えて彼らの反応を見る事にした。
現状はまやかし等が使えないので、その代わりにこの先は懐かしくも冒険者の『潰し』の一端を使って情報を聞き出していこうと思っている。
「……察しが悪いな。君が言うその鬼の娘は一流の冒険者であり、一流の魔法使いだぞ。例え国を相手にしても余裕で勝利ができる様な存在を相手に、君達がどうやって捕まえると言うのだ?そもそもそんな事をして国を滅ぼしたいのか?……と、尋ねれば意味も分かるか?」
「……は?国を相手に?なにを馬鹿な事を」
彼らが何者で、どんな目的を持っているのか、またどれほどの情報を手にしているのかは知らないが、全くもって愚かだと思う。……ちゃんとした戦力の分析も出来ていない。出来そうな者もいない。
その様子から、私は彼らの上に居る存在と指示を出した者達も、どうしようもない存在であると判断した。
そして、そんな彼らの得ている情報も、ただただ見た目の事だけしか持っていない事も分かったのである。
……つまりは、彼らが言った事は全てがただのブラフであり、攪乱でしかなかったのだ。
そんなもので、本当に私を謀れるとでも思ったのだろうか?
いや、もしくはその言葉を笠に私の身柄を先に拘束し、エアの事を後から確保するつもりだったのか?いや、それとも私のこの幼い体躯を見て、御しやすいとでも判断したのだろうか……?
「…………」
……まあ、なんでもいいか。どうせ考えるだけ無駄な気がした。
それに、そもそもの話、私はエアの事を心から信じているのだ。
だから、君達のそんな言葉如きで、この信頼は揺るがない。
あの子は、君達がどうにかできる存在ではない事は、この私が誰よりもよく知っている。
エアの見た目の可愛らしさからは想像もつかなかったかもしれないが、その実力はとんでもないのだぞと、私は心の中だけで大いに自慢していた。
『……おいおい、舐めないでもらおうか、私の弟子を』と。
『あの子は、最高の冒険者であり、最高の魔法使いでもあるのだぞ』と。
『それに、精霊達にも竜にも愛される素晴らしい子なのだ』と。
『その可愛らしさにおいては、最早並ぶ者無しなのである!』と。
『その上、めっちゃくちゃ優しくて思いやりもある子なんだぞ!』と。
『無邪気に笑う様は、まるで女神のそれであり、最近では神々しさも感じる程なのだ!』と。
『また家庭的な良さも確りとあって、好き嫌いも無いし、家事も良く出来るし、頭も凄く賢いのだ!』と。
ほんと、良い所を上げればきりがないのだけれど、そんな事は態々彼らに教えてやる事はしてあげなかった。
……情報を漏らさない様にしておくと、こういう時にも凄く利がある事は言うまでもないだろう。
それにだ、エアは一人ではないのである。その傍には心強い存在であるバウも居るのだ。
なので、もしエアの身柄を彼らが既に捕まえていたのだとしたら、バウの事も一緒に言及していないとそもそもおかしいのである。
そして、あの二人と戦闘になっていれば必ず大きな騒ぎになっている筈だと私は思う。
それがない時点で、全く問題は起きて無いのと同義であり、むしろ無事な証拠であった。
「…………」
──チラ。
……ただまあ、どんなに大丈夫だろうとは分かっていても、時には万が一と言う事もある為……最終確認の意味で私はチラリと、とある方向へと視線を向けてみた。
すると、その先では何よりも確信的で安心を覚える優しい笑みが四つ程見えたのである。
まあ、尾行者達には全く見えてはいないだろうが、そこにはいつもの四精霊が確りと居るのだ。
そして、その四精霊達は皆心配なさそうな顔で、『旦那、エアちゃん達も向こうの路地で似たような状況にはなっているみたいだけど、果物を食べながら余裕そうに翻弄しているってさ。全く問題ないらしい。安心してくれ』と、密かに教えてくれたのだった。……君達、本当にいつもありがとう。
現状、探知が使えない為に正確な位置や状況までは分からなかったが、彼らのおかげで本当に安心ができたのである。とても助かった。……お礼に後で、二つ目の『差異』を超えた事でまた更に改良が施された私の豊潤な魔力を、沢山受け取って貰うとしよう。
──さてと、そうと決まれば安心も出来た事なので、後はこの浮かんでいる尾行者達の処遇をどうにかしたいところではある。
「……まあ、君達がどう思おうがもう私にはどうでもいい。ただ、君達が敵である事に変わりはないのだろう?敵対者に対して、私は優しくするつもりはないぞ。当然、君達にもその覚悟はあると思って良いのだろうな?」
宙に捕獲された彼らに、私は処刑の宣告に近い言葉を告げる。
だが正直言うと、こんな街中で、それも周囲には多くの街の人達の目がある中で、これ以上何かをするつもりも目立つつもりも私には無かった。……言ってみれば、これもちょっとしたただの演出ではある。
ただ、ここでこうしておく事にもちゃんと意味はあり、ここで確りと牽制だけでも出しておく事によって、これ以上は尾行者達にも余計な悪い考えや行動を起こさせたくないと言う狙いがあった。
……まあ、恐らくは彼らもこの国の者達ではあるのだろうし、今回に限ってはかなりの手加減をしておくつもりだ。どうせ彼らも、王かその側近達の指示を受けて動いただけの存在、又はそれに近しい暗部的な、ちょっと後ろ暗い組織かなんかの関係者なのだろうとは思っている。
なので友二人の顔に免じて、今回はこれ位で勘弁してあげようかと思ったのだ。
「──まっ、待て!お、俺達に手を出せばどうなるかっ」
「……ほう、命乞いか?見苦しいな」
……大丈夫である。そんな、命まで取ろうだなんて私はこれっぽっちも考えていないのだ。
ただ、今後は君達ももう少し慎みを持って欲しいとだけは思っている。
そもそも、尾行をするにしても、もう少し考えて行動してほしい。
本来、相手を後ろから付け狙う行為と言うのは、敵対と変わらないのだと。
だから、それ相応の覚悟を持って欲しいと思ったのである。
まあ、今回の事によって、多少なりとも彼らにとって良い薬になってくれたら良いのだが……。
それに、そもそもの話なのだが、友二人が居る国でこういう暗部的な存在を見てしまうと、何となく凄く不安にはなった……。
戦争についてのどうだこうだと言う話も少し出ていたし、逆に何か悪い事でも企んでいなければいいのだがと思う……。
「──ち、違う!命乞いなどではない!……だが、ここで俺達を見逃さなければ、お前らもただでは済まないぞっ」
「……ほう。この期に及んでもまだ、私に対して脅迫をするのか。……ほとほと呆れたものだ。まだ力の差も分かっていないと見える。……ふむ、ではそうだな。君達には私と『約束』をして貰う事にしようか。そうすれば君達の事はこの場で解放してもいい」
……と言う訳で、彼らの相手をするのがもう途中からは面倒になり、私は疲れてしまった。
なので、さっさといつもの『お約束』を結んで、彼らには帰って貰おうと思っている。
『私達の情報を漏らさない事』と、『これ以上私達の事を探ったりしない事』を『約束』して貰えばとりあえずの問題ないだろう。……まあ、私達の力については話せない様に禁止しておくが、『約束』を結んだ事だけは他者にも伝えられる様にしておこうか。上に確りと報告して欲しい。
なので後は、適当に彼らの内一人を『代表者』にし、彼らの組織そのものを私の『約束』の効果範囲に置けば完了である。
こうする事で、もし彼らの内誰か一人でも『約束』を破ろうとすれば、その組織の者達全員に影響が及ぶようにはしておいたのだ。
これで、もし破ろうとすればかなりの痛みが出る様にはなっているので、これ以上の面倒事は発展し難いだろうとは思う。
ただ、もしも無理に話をしてしまった場合には、全員の頭が一緒に弾け飛ぶ様な事態になってしまう可能性はあった。
……だがしかし、どうかそれだけは絶対にやめてほしいと思う。
彼らの上役が誰になるのかは知らぬけれど、ちゃんと賢い選択をして欲しい。
まあ、最悪なのは無理をしてこの国の王達までが一緒に……なんて、考えたら少しだけ寒気がしてきたのだけれど、その際にはきっとあの友二人が止めてくれるだろうとは思った。
もしもの時には咄嗟に魔法で治療もしてくれるだろうから、大丈夫だと信じる事にする。
──そう言う訳で、尾行者達を解放した私は、その後エア達が巻き込まれていると言う路地へも行き無事エア達と合流を果たすと、その路地で倒れている者達にも同様の話をしてから解放したのであった。
……私としては、そこでエア達と無事に合流出来ただけで満足はしたのだけれど、でもまさか大した事態には発展しないだろうと思っていたこの時の出来事が、より大きな問題を孕むきっかけになってしまうとは、この時の私はまだ想像すらしていなかったのであった。
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