第393話 暗躍。
式典の翌日。
深夜のお散歩を終えて、酔った友を彼の部屋へと運び、私も自分の部屋へと戻って二度寝をした。
もう数時間も無いとは思うが、それでも微妙に酒が残っているのか、頭が妙に眠りを誘って来る為、その導きに従ったら数分も経たずに眠りへと落ちていたらしい。
目が覚めた時には、既に朝日も昇っており、日の光が眩く感じる。
そして何とも大きな欠伸に似た溜息が一つ漏れ出た。
身支度もそこそこに、子供用の白いローブだけを羽織ると、私はのんびりと部屋の外へとむかって歩き出す。
途中、すれ違う城の者達とは軽く会釈を交わして挨拶をしてから、私は目的も無く歩き続けた。
……正直、どこの部屋に何があるのか分からないのでただ彷徨っているだけである。
行き止まりに当たるまでは進み続け、行き止まったら一つ前に戻り、横道へと入って行く。不思議と誰かに止められたりする事もなく、階段を上ったり下りたり、私はフラフラとしていた。……何となく夢心地である。
少し冷たい石の柱に途中で寄りかかりつつ、時折ある窓から少しだけ顔を出して、外の様子も少しだけ眺めた。
昨夜あれだけ静寂に包まれていた街の様子が、今ではすっかりと消え失せており人々の活気がここまで伝わって来る。熱気と皆の楽しそうな姿に華やかさも感じた。
王城から見える各地点の街の景色を目に焼き付けつつ、私はまた足を進めた。……こうしている事に大した意味はない。
だが、今は無性になんとなくぶらぶらしたくなったのだ。ただそれだけの話である。
朝の少し冷たい空気を感じながら、人々の活気のある姿を眺めては熱を感じ、日の光に少しだけ温もりと元気を分けて貰いながら足を動かす。ただそれだけが、今の私のやりたい事だった。
……なんだろうか。上手く言葉には出来ないが、昨日から私はまた少し変わったような気がする。
幼くなってしまった事で、素直なまま、あるがままに行動していたここ数日の自分とは、昨夜を境にしてまた一つ大きく変化したと言えるだろう。
昨日の友の酔いが、自分にも移ってしまったのだろうか。
それとも大人の、元の自分へと少しずつ近付いているのだろうか。
どちらにしても、私の感覚は元に近付くにつれて少しずつ鋭さを増している気がしたのだ。
探知も回復も浄化も、使えなくなっていた各魔法の感覚が、完全ではないけれど戻ってきているのを感じる。
……ただ、こうしてのんびりしている時間もあともう少しで終わる。
そんな予感がしていた。
「…………」
──ほら。そんな事を考えていると、案の定予想した通りに、この城の者が急いで私の事を探しに来た様子で、前方から走って来る。
なんとなくだが、こうしていると、呼ばれる様な気がしていたのだ。
今だけは未来予想に近い能力を得ている気がする。
そして私は、呼びに来た文官男性に求められるままに、またあの物々しい雰囲気の先へと進むと、【隠蔽】で隠された例の秘密の部屋の中へと入って行った。
そこには既に、部屋の正面には王を始め、彼の側近である『騎士団長』『宮廷魔導士長』『宰相』の姿があり、私が座る方には友二人の姿がある。……エア達は今頃、お食事中だろうか。うむ、きっとそうだろう。
「おはよう。よく眠れただろうか」
そう声を掛けてくるこの国の王は、再び人好きのする笑みを浮かべている。
私はその声に、『ああ』と短く返すと、友二人が居る傍の椅子を引いて、自らも腰を下ろした。
朝からこうして急に集まったのは、なにかしらの理由がある。
別に大した事だとは思っていないが、彼らからすると何かしら重大事が起きた様子なので、若干ソワソワしているのが私には直ぐに分かった。
因みに、この部屋の中で私の隣に座っているのが友レイオスで、その更に隣に居るのが友ティリアだ。
ただ、この友ティリアはだけはこの部屋の中で唯一一人だけ怖い顔をしている。……彼女がこんな顔をするのは久しぶりに見たから、昨夜の友の醜態に続き、何とも珍しい姿であった。
そしてもう一方、友ティリアの間に挟まれているレイオスに至っては、私と同じく短い睡眠時間だった事が影響しているのか、まだどこかフラフラとしている様に見える。
……ん、だがいや、よく見ると少しだけ頭を押さえている様な仕草もしている為、二日酔いからどうやら頭痛がしているらしいと判断した。
言葉には出さないが痛そうだったので、私はすぐさま無言のまま浄化を使ってやり、彼のそんな状態異常を治療する。まだ本調子ではないとは言え、この位の魔法であれば何のことはない。二日酔い程度であれば治せる程には魔法の感覚が戻ってきていた。
「……おお、ロムありがとう」
「なに、構わん」
「……はぁ」
レイオスが礼を言い。私が返事し、ティリアが嘆息する。……友(淑女)は間違いなく不機嫌そうなのだが、とりあえずは触れないで置こうと思う。藪をつついて蛇を出す事もあるまい。
当然の如く、彼女の方も何やら言いたい事はあるらしいが、先ずは王達の方の話が先なのかまだ暫くは黙っているようだ。……ふむ、何となく今日の私は感覚が鋭い気がする。ここ暫くはポンコツな事をしてばかりであったから、この様な予知に近い感覚は久々であった。
そうしていると、案の定王達の話が最初に始まり、私は彼らの言葉へと耳を傾ける。
だが、彼らの独特の言い回しとでも言えばいいのだろうか。
こういう時には必ずと言っていいほどに、人の権力者たちは遠回りな話から始まるのが、何とも面倒だなとは思っていた。
彼ら王達(悪ガキ四人衆)は前回同様、何かしら自然を装い真の目的を悟られぬように、朗らかな表情を浮かべつつ、話を進めている。今ならばわかるが、なるほど、彼らには何らかの思惑があるのだとよく分かった。
彼らとの話の軸にあるのは、昨日の私の『スピーチ』や祭りに関しての話題が中心である。
ただ、その殆どが昨夜に友とした会話の繰り返しの様なものばかりなので、私としては事前練習をさせて貰っていたかのような状態であり、難無く正確に受け答えが出来ている。
彼らの会話に中に隠された、意味のある事も、無い事も、彼らの狙いも、引っ掛けも、交わす言葉のほぼほぼ全てに対して、私は柳に風とでも言うかのように、悉くを巧みに受け流したのだ。
本来は口下手である筈の私がつっかえる事も無く、ほぼ的確に、余計な事を何一つ話さないまま、こうして上手く交渉に長ける彼ら王達をやりこめているのは、偏に友レイオスのおかげである。
……まったく、油断も隙もないものだと、今更ながらに思った。
そして、同時に、今回ばかりは友に助けられたと感謝に絶えない私である。
と言うのも、今の状況は別に大した問題などではないのだが、この手の権力者達とのよくある状況に今なってしまっているのであった。
もっと言うのであれば、彼らは私の『力』へと興味を持ち始めており、こうして聞き出そうとしているのである。
そして、出来る事ならば、友二人と同様に私の事もこの国に『勧誘』したいと考えているのだろうと言う事が透けて見えているのだ。
……まあ、何のことはない。幾ら関係性を大事にする彼らではあっても、そこに大きな利が絡むのであれば、今までとは違う行動を取る事もあると言う、ただそれだけの話であった。
──もう少し、詳細に言うとするのなら、今回ここにこうして集まっているのも、全ては昨日の『スピーチ』にて、私が色々とやり過ぎてしまったのが原因であり、とある事態が現在発生していたからである。
……と言うのも、それらは全て、私が『スピーチ』を引き受けてしまった事から始まった。
友二人も断るだろうと思っていた『スピーチ』を、私が王達に勧められるがままに引き受けてしまったと言う事が、そもそものきっかけである。
そして、その際に最もダメだったのは、私が己をどういう存在であるのか、少しだけ失念していたと言う事が何よりも大きな問題だったのだ。
……要は、私は魔法使いなのである。
なので普段から私は、あまり人の『名』を呼んだりしない様にとか、話をする際にも言葉の無い様に気を付けるとか、色々と気をつけているのであった。
何故なら、それをせずに普通に名を呼んでしまったり、内容に気を付けないと、私の魔力の影響力によって、相手を自然と気付かぬ内に操ってしまう事態が起きてしまう事が時たまに起こるからなのである。
それも、単純に『名』を呼ばなければ完全に起きないかと言うと、実はそうでもなかった。
言わば、魔法使いの『契約』に近く、『暗示』等の問題により魔力の力量差によって無意識で相手を言葉で縛り、思い通りの行動をさせてしまう事があるのだ。
つまりはあの時、『スピーチ』でいっぱいいっぱいで余裕のなかった私は、普段は気を付けている筈の注意点を疎かにしてしまい、この街の殆どの者達に向けて無意識で『暗示』をかけてしまっていたのであった。
「…………」
なのでそれに気づいた友レイオスは深夜まで各所を回ってくれており、問題が起きてないかと確認してくれていた、と言う訳であった。
私も『スピーチ』の疲労で一旦は寝てしまったのだが、起きてからは途中で気が付き、夜の街を歩いて回ったのだが、普段であれば誰かしら見回りだったり、出歩く者が居る筈にも関わらず、昨夜だけは人っ子一人居ないと言う状態の王都の街並みをみて私は少し冷汗をかいたのである。
それこそまさに別世界へと迷い込んだと感じる程の違和感がそこにはあったのだ。
ただ、『スピーチ』で話した内容があまり大した内容ではなかった事ので、それだけは不幸中の幸いであったとは思う。
途中で出会った友も、その事を把握しており、『酒を多く飲めた位だから問題はなかったぞ』と教えてくれたのであった。
『楽しかったのだからお前は気にはするな』と。
レイオスからは間接的にそう言って貰ったものの、やらかしてしまった事は変わらず、何度か月を見上げてしまう程には昨夜の私は反省していた。
……結果的に『暗示』の影響も大した事がなくて一安心はしたのだけれど、気を付けようと思う。
と言うか、何よりもまず、友には感謝が絶えなかった。
まあ、そんな訳で、大した事にはなってないこの件に関して、真相に気づいているは私達だけなので、王達からしてみれば全く問題ないだろう。証拠もないので本人達が『暗示』に気付いているかも微妙な所ではある。
──だが、実はもう一つの件に関しては、流石に言い逃れが出来ない程に証拠もあった為、王達からこうして質問を受けると言う事態になっているのであった。彼らはとても興味津々だ。
と言うのも、私が『スピーチ』の最後に振り撒いた純粋な魔力があったと思うのだが……実はあれ自体には大した効果はないと思われていたそれがなんと、どうやら二つ目の『差異』を超えた影響なのかは分からないが、浴びた者達の魔力量を大幅に倍増させてしまっていたのである。
私も今朝に王城から外を見るまでは全然気付かなかった訳だし、魔力をこの状態のまま浴びせる事でこんな事になるなんて思いもしなかった訳なのだが、現状魔法使いではない大衆の魔力量は大凡倍以上に、元々ある程度力があり魔力量も豊富な者達だと増加は少ないのだけれど、それでも五割は増加している様な状況になっていた。
精霊達や、エア達などの高位の魔法使いからしたら微々たるもので殆ど変化はないのだが、それでもこれは一般的に見ればこれは充分に大きな影響であると言える案件なのである。
だから……そりゃ、当然呼び出しも来るだろうと、どこかで覚悟もしていた。
当然王達も、『宮廷魔導士長』を中心にどんどんを質問をして来るわけである。
細目であった『宰相』殿なんか、先ほどから目を『カッ!』と大きく見開いて、こちらへと詰問してくるのだ。
『魔力増えてんですけど、これはロムさんがやりましたよね?……え?違う?またまたー御冗談がお上手ですねー……さあ、白状して貰いますよ』と、聞きだす気満々である。
勿論、そのせいで先ほどから私の冷汗が止まらない状態ではあった。
「……はぁ」
──そうして、ひたすらに『さあ、何のことだか……』と、繰り返す私を見つめながら、呆れたように友ティリアは溜息を吐くのであった。
またのお越しをお待ちしております。




