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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第391話 弁舌。




 ──と言う訳で、式典当日である。

 ……その日が、来てしまった。



 ここで、敢えて言おう、私は口下手であると。

 そして、大勢の前で話をする事なんて、苦手な『お料理』以上に下手であると。

 ……だから、今回は今までにない位に厳しい戦いになると予想している。

 相性が悪い分野と言う重荷を背負いながら、私は不利を強いられる事になるだろう。



 だがしかし、もう決まってしまった事であるし、今回は『逃げ』と言う選択肢はない。

 そして、それがどんな状況になろうとも対応できるように、一人の冒険者として、また『差異』を超えし魔法使いとして、精一杯の準備だけは整えて来たつもりである。



 ここ数日間は王城の中でずっと部屋に引きこもりながら、私はエアとバウの前で何度も練習を重ねて来た。

 そしてその結果、『エアとバウにだけ』は、手を叩いて良く出来たと言って貰える位にはなったのである。


 ……勿論、原稿を見ながらではあったのだが、それでもやれることはやったと言えるだろう。



「…………」



 ただ不思議な事に、当日は事前の通達通り、どういう訳か原稿を持ち込んでそれを読む事はダメらしい。

 なので、今の私の頭は既に真っ白になっていた。

 だがそれでも、諦めずに私は一歩一歩を踏み出し、高台を昇って行く。


 こんな状態でも、全力を尽くす心意気は変わっていないのだ。

 私ならばできると、確信もしている。

 ……ただ、この根拠のない自信が、どうして自分の中からこんなにも溢れてくるのか、それだけが今は、なによりも不思議ではあった。



「…………」



 だが、常々不器用で、時々ポンコツを発揮してしまう私ではあるけれど、やる時はやるのである……。

 ……ただ、この国の王達や、友二人は私の『すぴーち』には全く期待してはいない事を私は知っていた。

 その事は、事前の関係者達だけの簡単な流れを確認するリハーサルにて確認がとれている。



 その時、別に本格的に話す必要はなかったにも関わらず、自分の番が来た途端に私は、白目を剥いたまま数分間固まってしまうと言う、ちょっとした緊急事態を引き起きてしまったが為に、リハーサルは一時中断してしまったのだけれど……。

 まあ、そんな心配ももうだいじょうぶだ、全然平気である。今の私は自信に溢れている為に、出来る気しかしない。やれられるれうらうる。──ゴホンゴホン。うむ。通常。いつも通りの私だった。ハロー。



「…………」



 何故だか王達も、友二人も、その時から不安そうで仕方がない様な、とても心配そうな表情をしていたのだけれど、是非とも期待して待って居て欲しいと思う。

 


 だが、今更ながらに、一つだけ疑問には思った。

 『私は何でこんな大勢の人々の前で、友二人の思い出話をしようとしているのだろうか』と。


 ──本番、自分の番にて、緊張で白目を剥いて硬直してしまう事は回避したものの、高所に立って急に冷静になった私は、自分の現状をそんな風に見つめ返していた。



 この『すぴーち』、私が口下手かどうかよりも以前に、状況が先ずおかしいし、話す内容もこれで良いのかと言う疑問が溢れ出てきてくる。


 眼下で見上げて来る大衆からしても、見た目は幼子のエルフが一人、いきなり高所に立って思い出話を語りだしたら普通は困惑するだろう?……え、ならない?みんな受け入れてくれる?



 私の話を、そこまで聞きたいと本当に思うのだろうか。

 ……謎だ。謎過ぎて、考えていた筈の話の内容は何一つ思い出せない状態異常に掛かってしまっている。誰か、私に【浄化魔法】をかけてくれ。恐らくは呪いを受けている。たすけてほしい。



 『どうせならもう、今から全力の魔法を使って、ここで『お裁縫』でもしようかな……』とか、そんな現実逃避もしかけている私なのであった。



 どうしてだろう。大切な事は何一つ頭に浮かんでこないのに、そんな下らない事ばかりが何度も何度も頭を過ぎっていく。

 エアとバウがあんなにも練習に付き合ってくれたのだが、私は練習した原稿の最初の一文字目すら思い出す事が出来なくなっていた。

 何を話すかはもう、これから話しながら考えるしかないのだ。……ごめんなエア、バウ。



 ──でも、例えこんな状態であろうとも、私は最後まで頑張るから、どうか見ていて欲しい。



 ここまで来てしまったのなら、やると決めたのであれば、もう最後までは何があろうとも、立ち止まらない。如何に形にならなくとも、不格好であろうとも、言葉を紡ぎ続けよう。私の話を皆に届け続けよう。いっそ開き直ってやろうと──私はそう思ったのである。



 王城の前に特設で作られた──【土魔法】で円形状に高く積み上げられた数十メートルの──高台の上に、私は一人立っている。一応周りには落下防止の柵もあるが、凄く頼り無く感じる。……ハハ、だが『高所の耳長族(ハイエルフ)』はこれにて完成。そして眼下からも歓声。……ははぁ、絶好調である。



 そして、眼下に居る数えきれない程の人々の見ている前で、私は言葉を紡ぎ始めた。

 心配そうに見つめながらも聞いてくれている者達、面白そうに眺めながら聞いてくれている者達、大して興味も無く何も思わないけどただただ聞いている者達。


 ……そんな人々が聞いている中で、私に出来るのは、この力を使いたいと思うのは、やはり私のやりたいと思う事の為だけであり、やはり私の大切な者達の為にだけだった。


 だから多くは望まない。全員に伝わってくれなんて、そんな欲深い事も思わない。

 せめて、私の言葉を信じて聴いてくれている──そんな愛しき者達の為に、私はこの不器用な言葉を紡いでいったのだ。



「今日は……喜ばしい日だ……天気も良い」



 声がぼそつく。

 だが、最初の一歩はちゃんと踏み出せた。

 それに……うむ、晴れだからな。

 高台に登っていると良くわかるのだが、空は遠くまで雲一つない、凄く良い晴れの日なのである。


 と言う訳で、先ずは思った。天気の話でもしてみようかと。

 だが、いやまて、もっと考えろ。先ずは皆に私の自己紹介でもしなければいけないのでは?と。

 ……うむ、そうだな。そっちの方が良い気がする。ならば──



「──私は、我が友……『原初』のレイオス、そして『原初』のティリア……の幼馴染だ。ロムと言う。今はこんな幼い姿をしているけれど、……普段はもっとちゃんと大人だ。もっと背丈も高い」



 ……はて?自己紹介と言うのはこういうもので良かったのだろうか?

 まてまて、改めて考えると難しいものだな。何を言うべきかわからない。

 だが、とりあえずは私と友二人の関係性は伝えられたと言う事で良しとしよう。


 ……それで、次は何だ?私がここに立っている理由でも言えば良いのか?

 王達にハメられたのだ!とでも言えばいいのだろうか?

 いやまて、もっと考えろ。それじゃ批判になってしまう。ダメだ良くない。

 きっと、もっと何となくいい事を言った方がいいのだろう。ならば──



「──そしてこの度、そんな友二人に、この国の王はなんと、有難くも素晴らしき称号を下さるらしい。二人の幼馴染として、これを私はとても嬉しく思う。そして、こんな私にこのような『素晴らしい高台』まで用意して貰って感謝に絶えない」



 ……むむ?ちょっと嫌みっぽく聞こえてしまっただろうか?

 本当は『このような機会と場を与えてくれてありがとう』的な事を言いたかったのだが、『素晴らしい高台』と言うパワーワードに負けてしまった。咄嗟にそれしか頭に浮かんで来なかったのである。王よ、ごめん。


 だが、間違いではない。まだ失敗はしていないぞ。この調子でなんとか最後まで行けけばいいと私は思う。

 ……それで、次は何だ?もっととりあえず、なんでもいいから感謝でもしておけばいいのだろうか?

 いやまて、もっと考えろ。何でもはダメか。漠然とし過ぎてはいかんだろう。

 きっと、もっと感謝する範囲を絞った方が良いと思う。ならば──



「──この国に住む者達へ、感謝を。心より感謝を。故郷を失いし我々に、温かく接してくれてありがとう。この国は過ごし易いと、良い国だと友二人は嬉しそうに言っていた。私も同じくそう思う」



 ……まてよ。まだ、感謝する範囲がこれでは広すぎるのではないか?

 もっと縮めた方がいいかもしれない。それならば──



「──この国の王と側近たち、それから友二人の身近に居る者達へ、二人の事を愛してくれてありがとう。今回の称号の事だけではなく、日頃から二人の事を大事に想ってくれて本当にありがとう。皆の事を話している時の二人は、凄い笑顔だ。自らの子供の様に思っているかのように話をする。きっと友二人も君達の事を愛しているのだと思う。だから、これからも大事にして、そして大事にされて欲しい。互いに支え合っていって欲しいと思う」



 ……ん?待てよ。これでは友二人と関係が薄い者達は疎外された様に感じてしまうのではないか?

 なら次は、その者達に向けて何か言った方がいいのか?だが、何を言えばいい?分からぬぞ。

 ……と、とりあえず、仲良くしてくれと言っておけば、丸く収まる気はする。少しだけ言葉を変えればなんとかなるだろう。うむ、それでいこう。

 あと、序でにここら辺でそろそろ、幼き頃の思い出を追加しておけば良いかも知れない。

 と言う訳で──



「──そして、これから友二人と関係を築こうとする者達へ、二人はきっと君達とも親しくなりたいと思っている。昔からこの二人は周りの者達の世話を焼くのがとても好きだし上手なのだ。だから、良かったら話しかけてあげて欲しい。二人もきっと喜ぶ。そして、仲良くなって欲しい。この二人は友をとても大事に想う者達だから、きっと君達の助けにもなってくれる筈だ。困った時には頼りになると思う」



 『仲良くなってくれ』って言っちゃった。表現を変える余裕が私には無かったのだ。許して欲しい。

 ……あとは、あとは、なんだ?なにを言えば良い。もう既にいっぱいいっぱいな気がする。

 そうだ!称号の事にももう少し触れておいた方が良いのかも知れない。

 それに、友二人はあまり称号について良い想いを抱いていなかったから、そこについても少しフォローできたら完璧だろう。そう言う方向で、何かいい感じの事を。うむ──



「──だがしかし、そんな風に頼りになる二人ではあるけれど、当然完璧な存在ではない。上手くいかなくて落ち込む事もある。無理をして体調を崩す事もある。彼らはそんな普通のエルフなのだ。だから、此度『至高の耳長族(ハイエルフ)』と言う素晴らしい称号を頂いたけれども、友二人は偉くなった訳でもないから、これまで通りに仲良くしてあげて欲しい」



 ……うっ、また『仲良くしてくれ』と言う便利ワードを言ってしまった。便利すぎるのだ!

 どうする?もう何を言いたいのか自分でもよく分からなくなってきている。

 ……仕方がない。もうそろそろまとめに入ってしまおう。これ以上ボロが出る前に終わらせて終わらせてしまえばいいのだ。

 なので後は、魔法でも使いつつ少し派手にして──



「──最後になるが、友二人に第二の故郷とも呼べる素晴らしい居場所を与えてくれて本当にありがとう。そしてこの素晴らしい国がこの先もずっと幸多からん事を願う。私からもささやかではあるが贈り物を……この国に栄光あれっ──」



 ──と私は言って、最後に誤魔化すかのように大きな火の玉を何発か空に打ち上げた後、そこから純粋な魔力をキラキラと光らせて降らせてみた。


 贈り物とは言ったが、ただ単に魔力を派手に放出しているだけなので、これと言って特に大した効果も何もついていないのだが、インパクトだけはあったみたいで見ている人々からは不思議と歓声が上がっている。よしよし。どうやら終わりだけは良かったらしい。終わり良ければ総て良しだろう。わたしは、がんばりました!



 ……と言うか、途中の善し悪しがさっぱりわからない。

 話している間は余裕がなさ過ぎた為に、周りの反応を気にする事が全くできていなかったのだ。


 それに今も、式典の予定に無い事を魔法で勝手にやってしまったもんだから、後で怒られたらどうしようかと内心ではドキドキし続けていた。



 正直、何を話していたのかはもう自分でもわからない。それほどまでにいっぱいいっぱいだった。

 それにもし『こんなのはスピーチではない』とか言われたとしても、あれが私の精一杯だったのでどうか許して欲しいと思う。



「ロムっ!お疲れさま!」


「ばうっ!ばう!」


「……ああ。ただいま」



 高台から下りると、エアとバウがすぐさま笑顔で近付いて来てくれた。

 『良かったよ!』『練習の成果出てたね!』と言ってくれる二人の優しさに、私は心の中で号泣しそうになる。……というか、した。もう号泣していた。心の中は豪雨である。



 ──そうして、私はそんな二人の笑顔を見ながら、本番で白目で硬直したまま中止になる様な珍事にならなくて、無事に終われて、本当に良かったと心から安堵するのであった。






またのお越しをお待ちしております。

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