第39話 芸。
様々な分野において、練度の高さに応じて芸術とまで呼ばれる域に達する作品が時として現れる。
この前の第二回お野菜イベントのお野菜もまたそれの一つだったと言えるだろう。
精霊達によって丹精込めて作られた作物は、それぞれ愛情がたっぷり詰まっていて、お野菜一つ一つからは『わたしは貴方を喜ばせる為にきましたっ!』と言う気合の様なものが感じられる位に完璧な育成を施されていた。
お野菜一個一個の状態を完璧に把握し、それを最大限まで引き上げる。それは精霊ならではの神業と言えるだろう。
さて、そんなお野菜も素晴らしいのだが、実は我が家にはもう一つ、素晴らしい技術者集団が居る事を忘れてはいないだろうか。
そう、それはいつもおちゃめな職人気質の男前集団こと、火の精霊達の事である。
彼らは第二回お野菜イベントが終わった後、前回できなかった『銀の指輪イベント』を翌日に開いてくれないかと言ってきた。
私はそれに、もちろんと即座に頷いて了承を返した。やはり来たなと、内心では待っていた位である。
元々そんな気配はしていたのだ。だから、何時言ってきても良いようにと、お野菜イベントと並行して銀の指輪イベントの準備も進めていた。
現状、材料と場所の確保までは済ましてもある。あとは本人達のやる気次第でいつでも開催できるようにはなっているのだ。
『ほうほう、それじゃあ旦那。明日開催、よろしくお願いするぜ』
当然、そこまでお膳立てが揃っているのならと、火の精霊達は皆顔つきを変える。
普段の気さくな感じとはえらく違い、誰もが既に職人の顔へと変化していた。
火をもって何かをなす事に特化した彼らは、金属関係の物作りと言う分野において、実は極めて優秀な才能をもっている。これは本来火の扱いと言うのが、凄く難しいものであると言う事が関係していた。
専用の温度計でもあれば話は別だが、普通はそんなものを持っていない為、火の温度を正確に見極めるというのは職人の目利きのみが頼りの職人芸である。
その火の正確な温度が分かると、何が違うのかと言えば、それが出来ないと火の伝わり方や焼き方に偏りや斑が出来てしまい、作品が思った通りに完成しないと言う問題が起きるのである。
思った通りに作れてこそ職人だと考える者は多い。適当にやって適当に完成した作品なら、そこに職人の居る意味も、そこに込められた想いも、全ては無意味になってしまうからだ。
当然、斑や偏りを活かして初めて輝く作品も中にはあるものの、彼らが今から作ろうとしている物に関して言えばこの偏りや斑は無い方がよく、魔力の面に関しても斑があれば付加した効果が上手く発動しないなどの問題が起きかねないので、気を付けなければいけないのである。
その点彼ら火の精霊は、火の温度を思うが儘に操ると言う至難の業を軽々熟し、その火の魔力で思い思いの効果を付加する事が出来る。また、今火が金属をどのように変化させているのか、どうやったらその金属の限界を最大限引き出す事が出来るか等、見極める為の鋭い感覚も彼らなら火を見るだけで分かってしまうのであった。
魔力で様々な効果を付加しながら、金属をどう導き、見極めていくのか、彼らのそれらを把握する技術は、まるで精密機械を目にしているかのような芸術的繊細さがあるのだ。
──そんな彼らが、それぞれに渡された小さい銀のインゴットから、思い思いの量を手に作業場へと向かっていく。
今回の『銀の指輪イベント』は、一番優秀だと思われた作品を、エアへとプレゼントしようと言う企画であった。
因みに、ルールとして、エアの小指用か人差し指用、そのどちらかに合うように好きな大きさの方一つを作ってもらう事になっている。
その時の内径は一号(13mm)と六号(14.7mm)とする事(エアは少し指が細めな方らしい)。
渡した素材の量は皆一定で、その他宝石等の持ち込みは一つまでとした。
欲しい宝石や素材があるなら私に要相談を。だいたいの物は確保してある。
また、その際、指輪に付加する効果は『毒耐性』もしくは『毒感知』の好きな方を付加する事。
その他の効果付加は自由だが、ただの銀素材なので、あまりにも効果が高すぎるのは素材である指輪の劣化を早める事に繋がる為に禁止である。
最初から高品質の装備も悪くはないが、エアの技量をあげる為にも今回は高効果ではない方が望ましいと考えた上での条件であった。
あくまでもエアが普段使い出来て、長く愛用できるものであると、尚素晴らしいと私は思う。
渡した素材の量的に、小指用なら一回はミスしても大丈夫だが、人差し指用を作るならほぼ一回こっきりの全力勝負。
初期審査は私の独断と偏見で幾つか候補を決め、最終的な判断はエアがその中から気に入った物を選ぶと言う選考方法にしている。
作った物を全部渡せば良いんじゃないのか?と思うかもしれないが、貰っても嬉しくない物をあげるのは、受け手にとっての迷惑となると、それは精霊達本人が自らから断ってきた。
何より職人気質の時の彼らは皆、自分の作る作品が一番だと信じており、勝つのは自分以外にあり得ないと考えている。
彼らにとっては、その他の作品等の出来は問題ではないのだ。
何よりも超えるべきは常に過去の自分であり、最善は己の中にあると彼らは確信しているのである。
そんな彼らの顔つきはいつになく真剣だ。
普段のおちゃめな姿は一切鳴りを潜めていた。
呼吸一つすら億劫になる程の緊張感の中、彼らの戦いが、今始まる。
『できたっ!!俺が一番乗りだッ!!』
『いや俺だっ!俺の方が最初に出来たッ!』
『いやいや俺だ俺だ俺だ!!』
『いやいやいや!……』
開始わずか数分、いや数十秒。一分も経たずに続々と終了の声が上がる。
熟練の火の精霊達によるシルバーリング作りは、あっという間にほぼ全員が完成の名乗りを上げてしまうと言う結果になった。
……どうやら彼らにとって今回のお題はレベルが低すぎたらしい。申し訳ない。
恐らくは、前回からみんなどんなデザインにするか、ちゃんと決めていたのもあるのだろう。
作られた作品のどれもが、掛かった時間の短さに対して洗練されたデザインとなっている。
エアが身に着けるとしたら、どんなのが良いのだろうかと彼らは真剣に考えてえれていたに違いない。
正直言って、出来上がった作品達を見て、初期審査の段階で私は候補を絞り込めずにいた。どれも甲乙つけがたいのである。正直お手上げであった。
最初は奇抜なのが多いのかとも思っていたのだが皆真面目で、形状はシンプルなリング寄りのものが多く。ワンポイントで宝石を付けた物、シンプルでありながら一部分だけ花の形になっている物、色も灰色から薄いピンク色まで、彼ら作り手達の細かな気遣いと熱い想いを凄く感じるものばかりであった。
一人一人に作品への拘りがあるのが凄く良く分かるのである。
変なのがあればそれを弾く為に初期審査だなどと言ったが、これなら私があーだこーだ言うよりも、直接エアに選んで貰った方が良いかもしれないと思い、私は彼女を直接呼んでみる事にした。
「えらぶの?なんでもいい?」
ああ。気に入ったのを一つ選んで欲しい。精霊達からのプレゼントだ。
と、私に言われて、一旦魔法の練習を中断してきたエアは、火の精霊達がプレゼントしてくれる指輪に目をキラキラさせた。
幾つものリングを見て、この中からいつも身につけたいと思うものを是非本人に選んで貰うことにしよう。
「……んーーーーー……」
だがエアもまた私と同じく、そのレベルが高さと、その素晴らしさから目移りしてしまうのか、中々に決めきれずにいた。
「…………ある?」
と終いには、暫く悩んでいたエアは、見つめていたリングから目を離し、私へとそう尋ねてきた。
何が"ある"のだろうか。……もしかして、私が作ったのもあるのか?と聞いているのだろうか。
「……ふむ」
無い。と答えるのは簡単だった。今回は火の精霊達のイベントであって、私は参加していないからである。
だが、私も普段から彼ら火の精霊達と一緒にものを作ってきた仲間なので、若干彼らの素晴らしい熱気に当てられ、自分も指輪作りに挑戦してみたい欲が実はウズウズしていたところだった。……だからこれはしょうがない。少しだけやってみよう。
そうして思い立った私は、エアの前で少量の銀のインゴットと、エアの好きな秘跡産果物『ネクト』の木の枝の木片を手にすると、強引に魔力で指輪の形に成形と接着をし、粗削りであるがそれでいて素直な木製の指輪を一つ創り上げた。
丸い木の輪に二本の白銀のラインが入っただけの、そんな多層構造の木製リングである。
精霊達の作品と比べればまだまだ拙く、素晴らしいとは言えない、そんな作品であった。
ただ、何となくエアに合う気がして、私は想像そのままに作ってみたのだ。
今はまだ未熟だけれど、その中には確かな輝きと願いを持っているのだと。
彼女の人差し指にそんな二つの希望を乗せて、これから共に育って行ってくれたらと。
そんな想いを自然と込めて、私は作っていた。
「わあっ!いいにおいがするっ!これがいいッ!もらっていい?」
そうして、目の前で作ったと言うインパクトも良かったのか、沢山の綺麗な精霊達の指輪より、エアはその未熟な良い匂いのする木製リングを手に取って私にそう言ってきた。
私は『もちろんだ』と答え、それには一応『毒耐性』の効果が付いている事を説明し、右手の人差し指へと着けるように言った。
「うんっ!がんばってくるねっ!」
自分の手に新しく装備した木製リングを何度も見ながら、くんくんと嬉しそうに匂いを嗅ぐエア。
そして嗅ぎ終わるとエアは無邪気な笑みを零し、気合をいれて手を振り元気よく魔法の練習へと戻って行った。
……さてと。そんなエアを見送る私の背後で、不思議な事に空間がどよーんと落ち込んでいる。だが今回ばかりは許して欲しい。エアにはまだ幼子寄りなので、見た目が綺麗なのよりも、少し良い匂いがする木製リングの方がお気に召してしまったらしいのだ。
芸術とは本来、受け取り手がその芸術について理解していないと、成立しない場面が多くあると聞く。
どんなに素晴らしい音楽を聴いても、その良さが分からなければ寝てしまう様に。
どんなに素晴らしい絵を見ても、心に響いてこなければ、街の落書きにすら劣って見える様に。
それと同じ事が今回起きたのである。エアにはまだ少し、精霊達の素晴らしい指輪は早すぎたようなのだ。
だから、もう少し彼女が成長したら、その時はまたどれが良いのか選んで貰うことにしよう。……だから君達、元気だして。今夜は一緒に月をみながら、君達も一緒にお茶を飲もう。
──こうして、第一回目の指輪イベントは、不思議な事に私の勝利で幕を下ろしたのであった。
またのお越しをお待ちしております。




