第388話 親近。
友二人に呼ばれただけだとは言え、王城へと入るのだから、そりゃ当然の如く王もいるだろう。
会う気はなかったし、会いたいとも思っていなかったが、会ってしまったのならば仕方ない。
そして、案内された部屋の中、円形のテーブルの向こう側に座り、こちらをぎらついた視線で楽しそうに微笑んでいる──そんな王と私達は出会ったのだった。
案内された部屋自体は秘密の場所と言う扱いなのか、室内はそれほどまで広くはなく、王の傍には数人の男性達が彼と同じような表情でこちらを見つめている。その内の一人は私達をここまで案内してくれた『宰相』殿だった。
「よく来てくれた!『至高の耳長族』よ!ささ、そちらに座ってくれ!話をしよう!」
王はとても人好きのする笑顔を浮かべてそう言って来る。
だがしかし、……『至高の耳長族?』とはいったい何の事だろうか。
それは聞いた事がない言葉だった。
私とエアは互いに顔を合わせると、少しだけ首を傾げる。
ただ、とりあえずは彼の言う通りに座って話を聞いてみる事にしたのだ。……どうやら何か話があって私達をここへと案内したらしい。なので、話くらいは聞いてみようと思ったのである。
だが、正直な話をするのなら、これはそこまで私の嬉しい展開とは言えなかった。
そもそも、私達は彼ら権力者が喜ぶ様な礼儀作法を全く身につけていない。
と言うか身につける必要性を感じないので、これからも覚えるつもりがほぼほぼない。
なので、私達の態度を見て、それを咎めてくる権力者に対した時、頗る反応が良くないのである。
まあ、とりあえず今回は部屋に入って直ぐに『王の御前だぞ!跪け!』などと言われて怒られるような事が無くて幸いであった。
……もし、そんな事を言われていたら、私は即行で帰っていたと思う。
幾ら友との約束でここに来たのだとしても、『こんな場所にはもう居たくない』と思えば、私はそのまま去るつもりだった。
……現状はとりあえずそんな展開にならなくて良かったと、内心ではホッとしている。
そもそも、彼らはいったい何の話がしたいのだろうか。
私達側には別にしたい話もないので、早速と彼らに尋ねてみる事にする。
「……それで話とは?要件を話せ。手短にな」
これは私の口から出た言葉であった。
初対面だし、相手はこの国の王族と言う事もあって、若干緊張からか声質が固くなってしまったかもしれない。……でも、別に怒っているわけではないので、どうか気にしないで欲しと思う。
「……ふふふふ、なるほど。あの二人の言う通りか。『愛想は皆無だが、それが標準なので勘違いはしないように』と……なるほどなるほど」
すると、私と話をした権力者の大体が一言目か二言目で、眉を顰めたり、不機嫌そうな顔をする事が多い中、彼は私がこれまで見た事がない反応を返してきた。笑っているのである。
と言うか、その言葉を聞く限り、どうやら友二人から要らぬ情報を吹き込まれている様だと分かった……。
だが、それにしても『この王は、何でこんなにも嬉しそうにしているのだろう』と言うのが、その時の私の素直な心の声である。
ただ、よくよく思うに友二人が王城に私達を呼びたかった理由も、もしかしたらこの人に私を会わせたかったから、と言う思惑があるのかもしれないと……私はそんな気がして来た。
友二人が私と会って話をしたいだけなら、態々こんな所に来ることも無い筈なので、その可能性は十分に高いと思う。……だがなんでだろう。友二人は私と彼を会わせてなにがしたいのだろうか?
段々、私は友二人の企みにまんまと嵌められている気分になって来た。
それに目の前の王も、先ほどから楽しそうに笑っているばかりで、全然話を進めようとしないし……正直もう帰りたくなってきてもいた。帰ってしまおうかな。
因みにだが、円卓に着いて王の傍に居るのは『宰相』殿の他に二人の男性がいる。
一人は恐らくその鍛えられた体つきから見て『騎士団長』ぽい者が一人。
もう一人は、逆に魔法使い風の格好をしている為『宮廷魔術師長』ぽい者が一人だ。
……本当にそれが合っているかは分からないが、見た目からするとそんな感じの印象を受ける。
そして、そんな彼らもまた、私の事を見るとウンウンと頷いて、『背丈は小さかったが』『話通りだな』『うんうん、間違いない』と嬉しそうに笑っているのであった。
……なんだこの者達。正直、気味が悪いのである。部屋も少し薄暗いし、怖くなってきた。エア達は大丈夫だろうか。
「ろ、ろむ……」
すると、丁度よくも隣の席からエアも私のローブを摘まんでちょいちょいと引っ張って来たのである。
これは『なんか怪しくない?帰った方がよくない?』と言う合図でもあった。
……私も激しくそう思う。よし、ならばもう帰ろう。帰ってしまおう。
『こんな危ない所に長居する理由はもうない』と私は思い、立ちあがった。
事前に危険を察知できたのならば、騒ぎが起こる前に静かに撤退するのが冒険者としての常識である。
友二人が後々何か言って来るかは分からないけれど、『こんなに気味が悪いのだから仕方がない。私は悪くない!』と言って、数十年にまたこの地へと帰った際には文句を言う事にしようと──
「──おっと!すまぬすまぬ!気分を害したのならば謝る!この通りだ!申し訳なかった!話をするからどうか聞いていて欲しい」
「……ならば、さっさと話せ。次は直ぐに帰るぞ」
「ああ!分かった!それでは直ぐに話をする事にしよう!実はな──」
──すると、私達が椅子を引き立ち上がったと見るや、王達は驚いてすぐさま引き止め、話の内容を語り始めたのであった。
どうやら、それによると、王はとりあえず私へと感謝を伝えたいらしい。
「……??」
だが、正直言って私は何かした覚えが無い為に、それに対しては首を傾げるしかなかった。
ただ、詳しく話を聞くと王は突然自身の身の上話から始めたのである。
「……余はな、幼いころからあの二人に様々な事の教えを受けて来たのだ。それこそ、あの二人は余にとって育ての親の様な存在であり、偉大な師であり、掛け替えのない友でもある。そして、昔から変わらずに、未だに余の事を心配して面倒を見てくれている『相談役』のあの二人の事を、余はまたとても大切に想っているのだ。だから、そんな二人と出会えた事は、余とこの国にとって最大の幸運だと常々思っている──」
──つまりは、この王は、そんな二人が『里』から出る要因となった私に感謝したいのだとか。
そして、そんな私自身にもこの国の黎明期と言える時代に、冒険者として活躍してくれていた事にお礼を言いたいらしい。
またそれと同時に、数代前のこの国の王と私との間であったいざこざの件を謝りたいのだとか。
『──なので、非公式ではあるが、この通り。この場にて謝らせて欲しい』と言って、王は私へと向かって何度も頭を下げてきたのであった。
彼は、この国は三人の偉大なるエルフに支えられて出来た国であると考えている様だ。
だから、そんな私達の事を称えて『至高の耳長族』だなんて勝手に呼んでいるのだとか。
私達の『里』があった場所も高所に浮かんでいたのだから、丁度良いと思ってその名前をつける事にしたらしい。
未だあまり浸透はしていないけれど、諸々の感謝の意を忘れない様にと、王発信でこの国の皆にもその『呼び名』を広めていきたいのだと言う。
この国の者で友二人の事は知らない者はいないし、国民達もみんなあの二人の存在には感謝しているから、きっと受け入れられる筈だと、王は思っているそうだ。
……だがしかし、実際にその名を広めても良いかと二人に尋ねてみた所、一つだけ彼らから難色を示された様で、その時の断りの言葉が──
『──ロムがきっと、それを嫌がると思うから』と、言う話でなのであった。
「あの二人は、其方が許可をしない内は、自分達も受け入れられないと言っていたのだよ。……だから、此度の訪問で直接に会って、其方にお願いしたかったのだ。たのむ、どうか許可して貰えないだろうか」
この王は、そう言うと私に向かって深々と頭を下げたのであった。
そして、そんな彼の傍に居る者達もまたそんな彼に倣って同じく頭を下げたのである。
全ては友二人の事を想って、たった一つの『呼び名』の為に、彼らは心から頭を下げていたのだ。
そんな彼らの姿を見て、友二人がこの国において、どれだけ大切に想われているのかが私にはよく分かった。
……そして、そんな友二人もまた私の事を、大切に想ってくれているのが分かったのである。
「…………」
……そんな『呼び名』の一つくらい、勝手に決めてくれても私は全然よかったのだ。
だが、友二人は私が冒険者として生きている事を知っている。
そして、私がむやみやたらに力をひけらかしたり、他者に対して余計な情報が漏れる事を嫌う事を、ちゃんと覚えており、そこを慮ってくれたのだろう。
そして、目の前の王達はそんな二人の気持ちを汲み取ってくれたのだ。
本来であれば、この国の者達にとって大事なのは正直あの二人だけなのにもかかわらず、こうして私の事まで気を遣ってくれたと言う訳なのであった……。
『例え普段は遠く離れていたとしても、私達はもうたった三人の大事な幼馴染なのだ』と。
『故郷はもう無くなってしまったけれど、互いを想う気持ちだけは絶対に無くさない』と。
王達のその姿を通して、私はあの二人からそう言われている様な気がした。
普段は全然そんな事を言わないくせに……。
ついさっきまで、私の事を散々揶揄って弄り倒してくれたくせに……。
『何ともずるい二人だ……』と、私は思ったのである。
……そして、そんな優しい想いに包まれ、私の胸はとてもあたたかくなったのだった。
またのお越しをお待ちしております。




