第386話 杞憂。
友二人との揶揄い合いで負けた私は、恥ずかしさで顔を背けていた。
……ただ、赤っ恥はかいたものの、私としてはあまり表情には出ないので、大した問題ではない。
強いて言えば、友二人にちょっとした弄られる材料を与えてしまった事だけだ。
後、隣で私の頬を先ほどからエアがツンツンと突いては『子供っぽいロム、可愛かったよ』と言って来る事位である。ただ、エアの場合は友二人と違った意味で凄く嬉しそうだ。
エアは私の表情も読めてしまうので、私が恥ずかしがっているのが丸わかりらしい。
……あの、エアさん。あまり突かないで欲しいです。
ただ、励ましてくれようともしているのだろう。それは凄く分かる。ありがたい。
……でも、今はちょっとだけそっとしておいて欲しい心境ではあった。まあ、殆どが私の自業自得なので仕方ないとは思う。
一方、こんな私に対して先ほどまで存分に笑って弄りたおしてくれた二人の方は、先ほどの時間が本当に休憩時間みたいなものだったらしく、それが終わるとすぐさま文官達に呼ばれてまた仕事へと戻って行った。今ではもう、少し難しい顔をしながら店の中で再び何やら大事な話し合いをしている最中である。……とても忙しそうだ。
なので、私達としても邪魔をしたいわけでもないし、一目顔を見せたかっただけなので、そろそろお暇しようかと思う。……私の身体が元へと戻った時にでも、またゆっくりと顔を見せにくればいいだろう。
──ただそうして帰ろうとすると、急に二人はスタタタタ―とこちらに走り寄って来て、『おいロム、逃げるな』、『今日の事を忘れて欲しかったら今夜は王城に来なさい。前回、来るって約束したでしょ。ちゃんと来たら今日の事は忘れてあげるから』と、二人から脅迫を受けてしまったのである。
「……だが、そんな忙しい中で無理して時間を合わせずとも私はいいと思うのだが、また次の機会にでも──」
「──その次が数十年後とかだったら嫌だから今日来いと言ってるんだ!」
「──あなた絶対、今日の事もあるし『ほとぼりが冷めるまでは行きたくない……』とか言い出すでしょ?逃がさないわよロム!逃げたら酷いからね!一生この件で弄り続けるから覚悟しなさいっ!」
「……後ほど、必ずや訪問させて頂きます」
『あ、なんだか突然行きたくなってきた』的な事を友二人に告げて私が首を垂れると、友二人は『よしっ!』とまた嬉しそうに笑って仕事へと戻って行ったのである。
……今更ながらに、此度の事は変な弱みを握られたものだと、私は心の中で小さくため息を吐いたのであった。
それに、友(淑女)は去り際にエアに対しても……『エアちゃん!前に王城へと入場できる用の『証』を渡した筈よね!うん、それそれ!だから良かったらそれを使って、先に王城に行って待っててね!』と言っていたのである。
それのせいで私は……『行ったけど王城には入れて貰えなかったのだ……だから、仕方なく森に帰ります……』と言う、そんな逃げ道が塞がれてしまったのであった。抜け目ない。
『いったい、いつの間にそんな『証』を受け取っていたのだ……』と思うが、聞くとエアは『前にあの二人がこの国の上空に『第五の大樹の森』が来た時、帰り際に渡してくれたんだよっ!』とニコニコしながら教えてくれた。
「……そうだったのか」
確かに思い出せば、そんなやり取りもあった気がする。
……まあ、エアが嬉しそうだし、行きたそうにしているので、今回は私も行く事にしよう。
『約束』もした訳なので、大切な友二人との時間を久々に楽しみたいと思う。
……まあ、既に心の一部は怪我を負ってしまっているのだが、それはもう忘れようと思った。
──だが一つ懸念事項として、私はああいう場所と昔から基本的に相性が良くないと言う問題はあった。だから、何か問題が起きてしまうんじゃないかと言う気がして、行く前から少しだけ不安からソワソワとしてしまうのだ。
正直な話、今、貴族や王族などと一悶着を起こしたくはない。
かつて、この国の王族たちとはちょっとした因縁もあったので尚更そう思う。
だから、若干不安に感じていた。
……それに、今の私が探知系統と回復や浄化が使えない状態である事も不安材料としては大きい。
だから、もしまた揉め事になったり、戦闘から逃げなければいけないとなった時には、どうしても魔法を使ってしまうだろうし、それによって過剰防衛をし過ぎて、この街にいる人達へと要らぬ騒ぎを与えてしまったらどうしようとか、そんな不安が頭の中で渦巻いていた。……どうにか穏便に過ごしたいものである。
ただ、全ては状況次第だし、絶対に起こるとも言えない為、そこまで深く警戒はしない事にした。
なにせ、逆に気にし過ぎると本当に起こりそうで怖いのである。
例え、それでもしも加減が効かずに、この国の王族とまた争いをする事になり、王都を一日で灰燼に帰してしまうなんて事になったとしら……。
「…………」
いや、もしそんな事になれば……私はこんなにも頑張って街を発展させてきた友二人になんて言えばいいのだろうか。
……なんか、動揺がまだ治まらない為か、先ほどから嫌な想像ばかりが次々と浮かんで来てしまっている気がする。いかんいかん。落ち着く必要がある。
私の目の前では今も尚、あの二人があんなにも頑張っているのだから──
「──ロム任せてっ。だいじょうぶだから。何かあった時には私が頑張るっ!」
──すると、先ほどの動揺もあって、私らしくも無く少しナイーブになりかけていた所を、エアがそう言って励ましてくれたのであった。気遣いも出来る子なんです。凄く良い子です。おかげで落ち着きました。
それも、エアは私のこんな不愛想な顔でもちゃんと表情を読んでくれたようで、私が不安になっている事を直ぐに察してくれたらしい。
「……ありがとうエア、その時はよろしく頼む。ただ、ここ最近は本当に済まない」
ここ暫くは、本当にエアに頼りっぱなしな出来事ばかりなので、私は素直にそう告げた。エアが居てくれてどれだけ助かっているかわからないと、そんな素直に感謝の言葉が出てきた気がする。
「ううん!いいのいいのっ!ロムにだって調子の悪い時はあるよ!だから、わたしに任せてっ」
『わたしはロムに頼られるのが嬉しいんだっ』と微笑むエアは、何とも健気だ。
ただ、嬉しさからか私の頭をクシャクシャと撫でまわしてくる。
……なんかこれだと私がエアから褒められている様だな。
エアは私が何かミスをしたとしても、それは『たまたま今日は調子が悪かっただけだよ』と、言ってあげる事が出来る子である。やさしい子だ。
……だがしかし、流石に最近の私はちょっとポンコツをやり過ぎているので、エアが気を遣いすぎて疲れてやしないかと、私としてはそこだけが心配になった。エアに無理をさせ過ぎてはいないかと。
ただ、そう問うとエアは、少し言葉を回り道させながら微妙に照れつつ、こんな事を言ってくれたのである。
『ロムのカッコいい所はこれまでに沢山見て来たから、今度はカッコ悪い所も見てみたかったんだ』と。
『だから、そんな姿を見られるだけでわたしは嬉しい』のだと。
それに、そんなカッコ悪い所を見て思ったのは、『ロムは可愛いなぁ~』と言う気持ちだったのだと言うのだから……そりゃまあ私としても、先ほど赤恥をかいた事以上に照れざるを得ない状況になってしまった訳で……。
正直言って、エアの顔がまともに見れない程に、その時の私は照れていたのかもしれない。
「…………」
「…………」
──そのせいで、王城への行く道すがら、私達の歩調はどちらも、いつもよりほんの少しだけ速くなっていたのであった。
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