第377話 見落。
2020・11・21、後半部分、微加筆修正。
バウと一緒に赤竜の子を小さな檻の中から救い出した私は、エアと赤竜が戦っているであろう方へと顔を向ける。
するとそこでは、今まさにエアが魔力を込めた槍を全力で投擲する寸前であり、赤竜は地上にいるエアへと向かって最大級のブレスを吐く寸前という状態であった。
両者の攻撃はほぼほぼ同時に放たれると、衝突し、一瞬だけ拮抗したかのように思われた瞬間──大きな爆発を伴って辺りへと衝撃を拡散させる。その衝撃だけで木々が幾本も吹き飛ぶ程なのだから、その威力の凄まじさは測り知れないだろう。
【消音】の魔法を張っている為にこちらまで音は届いて来ないが、その光景を見ているだけで両者の気迫がここまで伝わって来るようであった。
衝撃が過ぎ去り、地上に広がった土煙が落ち着きを見せてエアの姿が見えてくると、既に両者は互いに見つめ合っていた。……エアも赤竜も視線で語り合い、心を通じ合わせる何かがある様に見える。
私は最後の瞬間しか見ていなかった為にそこまで詳しい状況は分からないけれど、この戦いの中で両者共に相手の力が油断できないものである事を理解したのだろう。
特に、『ジーっ』と食い入る様に見つめている赤竜のあの仕草は、相手の事を認めたドラゴンがよくする癖の様なものである事を私はよく知っていた。
そして、同時にあの赤竜がエアへと誘いをかけてもいる事も見ていてよく分かったのだ。
『これ以上、やるつもりがあるならかかって来い』と。
お互いに遠距離最大の威力を込めて放った攻撃が、拮抗した時点で次に出来る事は近接戦闘になると十分に理解している。
そして、『天翼』と言う絶対の有利がある空中戦において、ドラゴンは揺ぎ無い自信と誇りを持っているのだろう。
だから、エアを見つめる赤竜の視線は雄々しく、翼を最大にまで広げて宣言している。
『空で私は負けない。来るならばお前を殺す。絶対にだ……』と。
この先の戦いはきっと、始まったら完全なる決着がつくまで終わらないものになるだろう。
今頃はエアにも、そんな赤竜の気迫がビリビリと伝わっているかもしれない。
奴は本気だ。
本気で、エアと命がけの戦いに臨もうとしている。
「…………」
──だがしかし、そんな赤竜に対して、その瞬間にエアはふわっとした柔らかい笑みを返した。
まるで花が開く間際の様な──優し気な雰囲気を放つその微笑みに、赤竜は一瞬だけ目を瞠る。
そして、その笑顔の意味を理解したのか、小さくため息を吐いたのであった。
……相対していた赤竜には、きっと誰よりもよくエアの声が聞こえた筈である。
『もうこれ以上はやる気はないよ』と。
『戦いはここでお終いだよ』と。
「…………」
当然、赤竜からするとそれはかなりの肩透かしに近い行為に感じただろう。
溜息を吐きたくなる気持ちも分からなくは無かった。
『お前はそんなものか……期待外れだ……』と、まるで失望に近い気持ちを今は抱いているかもしれない。
競い合っていたライバルを失うかのような、ワクワクしていた気分に冷や水をかけられたかのような……そんな心境になっていそうである。
──だがしかし、元々の勝利条件が『時間稼ぎ』にあったエアとしては、既に目的は充分に遂げていたので、実はそれ以上の戦闘をする意味がもうなくなっていたのである。
つまりは赤竜からすると、エアは逃げたように思えるかもしれないが、実際はその真逆であった。
そもそも赤竜の目的としては子供を奪還する事をまず優先しなければいけない筈なのに、エアとの戦闘に夢中になってしまっている時点でお察しである。
冷静さを欠いて周りが見えていなかったのは、本当に愚かであるのはどちらの方なのか……私からすると、それがよくわかる戦いであったと思う。
それに、実際戦っていたとしてもエア達が勝っていたと私は確信している。
……何故ならば、実はエアの近くには密かに白い兎さんが隠れ潜んでおり、もしもの時には介入できるように待機していたのであった。
見た目はあんなにも白くて小さくて愛らしい白い兎さんだが、魔力を高めて全力で突撃した時にはドラゴンの身体にさえ軽々と穴を穿つほどの力を持っているのである。……だから、どちらにしても赤竜に勝ち目など無かったのだ。
私達の方へと顔を向けるとエアには、そこら辺の所もちゃんと把握ができていた。
……私が言うと、本当にただただ身内贔屓で褒めているだけにしか見えないかもしれないが、大変にエアは優秀なのである。
それに、パーッとまるで花が咲いたかの様な笑顔を見せるエアの表情は、とても美しい。
最初から最後まで冷静であり続け、こちらの様子も戦いながらちゃんと魔力で探知していたのも評価が高い……うむ、言う事なしで間違いなくエア達の勝利だろう。
「──ッ!?」
そうして遅ればせながら、赤竜はエアの傍に白い兎さんの姿がある事に気づいたり、私達の方へと顔を向けると、そこではもう自分の子供が既に救い出されていて、回復も済みご飯も食べてお腹いっぱいになっていると分かり、『ぐぬぬぬ……』と何やら悔し気な顔をし始めたのであった。
……どうやら当初の目的を忘れていた事や、エアに時間を稼がれていた事なども全て察したらしい。
そうして私は、エア達の方が完全に落ち着いた事を確認すると、ゴロゴロとじゃれ合って遊んでいる二人の幼竜を魔法で浮かせて、あちらへと一緒に連れて向かう事にしたのであった。
……因みに、私へと襲い掛かって来た者達はまだまだジタバタと暴れていた為、馬車の周りで揃って浮かせておき、【消音】をかけたままでもう暫くは放置しておこう。
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