第376話 逐。
衰弱した囚われの幼竜を今すぐに助けたいと思い、声を掛けた訳なのだが……不思議な事に、何故か敵視されて現在襲われようとしている私であった。
相手からすると、弱った幼竜を見つけ、悪い商人の身柄を確保した直後に私が後方から接近してきたので、私の事も悪商人の一味であると勘違いしたようだ。
彼らは幼竜を密輸しようとしている不届きな商人組織を捕まえる任務でもあるのか、最初から幼竜を助ける事を目的としてやってきた者達のように見える。
そんな中、今の私の背中にはエアの腕に抱かれて寝ていたバウが目を覚まし、おんぶ状態で引っ付いている為、尚の事一層怪しく見えるのだろう。
……どこの世界に、幼竜を密輸している商人の下に、たまたま幼竜を連れた冒険者が通り掛かり助けに来ようとする事があるのかと、そんな偶然があってたまるものかと。それが彼らの素直な心情だろう。
『それに、森の中で生きる種族であるエルフが、こんなとこに居るのはちょっとおかしく感じる……』
『もしかしたら、彼らの目的としている悪の商人組織に、エルフ達も関わっているのでは……』
……みたいな、そんな『なんやかんや』も彼らにはあるのかもしれない。うむ、ありそうな顔はしている。
だから、そんな彼らからすると、今の私は怪しさの塊でしかなく、現在取り押さえている悪商人と同じで先ずは一旦身柄を確保してしまおうと判断したくなるのも、まあ分からなくはない状況ではあった。
そのせいで、最早彼らには私からの言葉が届く気配は全くない。
『話をしよう』『話を聞いてくれ』と言っても、全然聞く耳もたずこちらへと走り寄って来ている。
これは、私的には少々困った状況だった……。
私はただ単に、あのお腹を空かせている幼竜に『お食事魔力』を与えたいだけなのに……。
それ以上の事をするつもりも殆ど無いし、ここで彼らに襲われるのは理不尽であると、私は内心で嘆息していた。
そもそも、あの状態の幼竜を放っておいてこちらに来るのは間違っているとも思う。
……せめて【回復魔法】の一つでもかけてあげるべきであろう。
「──ばうっ!」
すると、その想いはバウも同じだったのか、バウは得意のブレスを突然あの幼竜へと向けて、いきなり発射したのであった。
……因みに、バウのブレスは基本的に相手を強化したり保護したりする効果がある為、一種の『支援魔法』的な使い方ができるのである。
その白く温かい光にはバウの優しさを感じる。『今助けるよ』と言う想いがこもったその光を浴びて、小さな檻の中に居る幼竜の身体は少しだけ力が戻ったのか、ぐったりとしている顔を少し上げると、私の背中にいるバウの事を視界に捉えて、『ぴー』と小さく鳴いていた。
だがしかし、これもまたどうしようもない事ではあるのだが、当然の如くそんな効果があるとは知らない者達からすると、バウのその行動は傷だらけのあの幼竜に向かって更なる追撃を与えている様にしか見えない訳で……。
「──マズイッ!奴ら、証拠隠滅を謀る気だぞッ!」
「クソッ!早くあのエルフを倒せ!背中にいる竜の攻撃も止めさせるんだッ!!」
……とまあ、そんな勘違いがまたもや生まれてしまったらしい。
悪意のフィルターのみを通して物事を見ると、相手の行う全ての行動が悪く思えてしまうものである。
だがまあ、それも仕方のない事なのかもしれないが、もう少し落ち着いて物事を見て判断して欲しいと私は思った。……大事な場面でこそ特に、冷静さと言うのは欠いてはいけない大切なものなのだ。
という訳で、とりあえずは襲い掛かって来て居る彼ら全員を、私は魔法でいつものように【浮遊】させて無力化していった。……力の差がある場合、なんだかんだとやはりこれが一番役に立つのである。
それに案の定、どうやら大した抵抗もなく彼らは全員空中でジタバタとし始めるだけであった。
何やら罵声や文句も言っているみたいだが、そんな時には【消音】【消音】。……これでよし。
口を沢山パクパクさせているみたいだが、私にはもう何を言っているのかさっぱりだ。分からなくて大丈夫である。
「……ふぅ」
これでもう彼らからの邪魔も気にしなくて良くなったので、私は急いで小さな檻へと近づいて行った。
そして、檻中にいる幼竜の鎖を解きつつ、衰弱しきった幼竜に【空間魔法】の収納からポーションを取りだして振り掛け、じわじわと癒しながら、特製の『お食事魔力』を二つ作るとその赤竜の子と私の背から下りたバウの目の前に一つずつ置いていく。
……バウの目の前にも置いたのは、簡単に言えば『毒見』みたいなものだ。
流石に幾らお腹が空いていても、野生に生きる者はいきなり出されたものを口にできるほど、簡単には警戒を緩める事が本来はできないものである。
なので、赤竜の子の警戒を少しでも緩める事ができればと思い、先にバウに食べて貰う事でその幼竜にも安全だと知って貰おうと思ったのだ。
バウはとても賢い子なので、直ぐに私のその意図にも気づいてくれると、その赤竜の子を安心させる為に寄り添いながら、よく見える様に口を大きく開けてパクリと『お食事魔力』を食べ始めた。
そして、食べながらその子へと安心させる様に声も掛けている。
『これ、美味しいよ?』と。『食べてもほら、安全だよ』と。『もう大丈夫だからね』と。
バウのその様子を見ていて『なんと優しい子なのだろうか』と、私は胸の奥があたたかくなった。
すると、その赤竜の子もそんなバウの気持ちを感じてくれたのか、恐る恐る『お食事魔力』を鼻先で突き、匂いをクンクンと嗅ぐと、それから一気にパクリと口に入れてくれたのである。
そして、その子はゴクリと飲み込んだ瞬間、一瞬だけ身体を硬直させると、バウの顔を見ながら急にブルブルブルブルと身体を振るえさせて、少しだけ悶え始めたのであった。
……因みに、これはバウも美味しい時には良くする行動なので、別に変な毒とかが入っているわけではないと思う。
バウはそんな赤竜の子の様子を見ると、『そうだろうそうだろう。わかるわかる』と何かを納得するかのように頷いて、にっこりと微笑むのであった。
対して、そんな白くて糸目のプニプニドラゴンのぬいぐるみの微笑みを見た赤竜の子は、何となく照れてしまったのか、急にバウへとガバっと抱き付くとそのまま二人でゴロゴロと遊び始めたのである。
そんな二人の姿を見て微笑ましさを感じると、私はその子の事はバウに任せても大丈夫だと判断し、自分は未だ遠くで赤竜と戦い続け、押し留めてくれているエアの方へと顔を向けた。
「…………」
──すると、そこに見えたのは、まさに激戦と呼べる光景であった……。
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