第374話 道草。
エア達とのんびり元の大陸を目指している私達は、人の流れに沿って歩いていた。
往路の時とは違って最短距離をひた走る様な事はせず、商人や旅人などがよく使う道を普通に通っているのである。
私としては、現状は身体こそ縮んでしまっているものの、エア達と普通に会話しながら一緒に旅ができる事をただただ楽しんでいた。
──だがしかし、そんな楽しい時にもまた、何かしらの問題と言うのは起こり易いものなのか……。
「──なんですかあなた方はっ!!」
と言う、そんな叫びに近い大きな声が前方から突然として聞こえて来たのであった。
見ると、そちらには商人の馬車を取り囲んでいる数人の男女の姿が見える。
そして、その数人の男女は、一人が商人と話をし、残りの者達が彼の馬車の荷台へと次々に乗り込んでいる。
そんな彼らの行動を見た商人は、『乗らないでくれ!出て行ってくれ!』と叫び続けていた。
……その言葉だけを聞けば、何やらどうにも穏やかではない問題が起きている最中で、それによってその商人が困っているように見える。
そして、そんな商人と男女数人のやり取りを目撃しているのは、私達の他には旅人と見られる男性が一人居て、私達の数メートル先で私達同様にその馬車周辺の出来事を観察しているようだ。
ただ、観察しつつも少しずつ距離を取っている事からどうやら彼は面倒事に巻き込まれたくなさそうな雰囲気であった。
「…………」
……まあ、自分の身を守る事を優先するのならば、基本的に危険を避けて距離を取る事は正しい判断だと私も思う。旅人としては最善の行為だ。
ただ、無邪気なエアはそんな彼らの様子が気になるのか、少しそわそわとしており、逆に一歩二歩と彼らとの距離を縮めだしていた。もう少し近寄って何かしらの情報を仕入れようとしているのだろう。冒険者としてそれは素晴らしい行動であった。
私が探知系統の魔法を使えないと言う事もあって、今の周辺の探知はエアが魔力でやってくれている。
だが、全部が全部探知で判断できる様になるのは中々に難しいので、声などを聞いて判断材料を増やそうとしているのだろう。
勿論、そんなトラブルに対して私達が必ず介入しなければいけないと言う訳ではないのだが、情報収集をしておく事でその後の私達の身の振り方が変わる事はよくあるのだ。
だから、エアのその行動はとても価値のあるものなのである。
……まあ、私が彼らの様子を見た感じと、知り得た情報からして、きっと何かしらのトラブルは発生している事は間違いないと思っている。
そして、その『トラブルの原因』は中々に厄介な問題を孕んでいそうだと、私は警戒を強めたのであった。……こういう時は、探知系統が使えないのは本当に困るものである。
「──見つけたっ!見つけたぞッ!」
「やっぱりそうか!あったか!!」
「──っ!!」
……そうして、それほど時間も掛からずに馬車の中からはそんな声が響いた。
すると、その声を聞いた──数人の男女の内リーダー的存在だと思えた男性──商人と話していた男はニヤリとした笑みを浮かべ……その反対に対面の商人はとても青ざめた顔をしている。
そんな馬車周辺の動きを見て、面倒事には巻き込まれない様にと少し距離を離して歩いていた旅人だけが、少しだけ警戒を緩めた様に私からは見えた。
……もしかすると、彼からしたら馬車を取り囲む男女数人は、盗賊の様に見えていたのかもしれない。
その為、『彼らが馬車を襲っているのでは?』と、警戒し目撃者である己の立場を考え、彼はいつでも逃げられる様にと距離を離していた可能性がある。
だが、その後の馬車周辺のやり取りを遠目で見るに、どうやら彼が思い描いていた様な展開にはならなそうだと彼は警戒を少し緩めたようだ。
そんな彼の様子からも分かる通り、探知は使えずともどうやら馬車周辺の状況は単純な商人と盗賊と言う構図ではない事が私にも分かった。……それどころか、どうやら事情はもう少し複雑そうでもある。
馬車周辺は今、足を止めている為に、段々と私達との距離は自然と近づいている。
すると、そんな馬車周辺の状況が私の耳にも聞こえる範囲に入ってきた。
旅人や、私の傍に居るエア達にはまだあまり聞こえていないかもしれないけれど、私は一応『耳長族』なのでこういう場合には活躍するのだ。
どうやら、それによると話はこういう事になっているらしい……。
聞けば、あの商人は悪い商人らしく、彼を追いかけてきた数人の男女が役人でその証拠を彼の荷台から見つけたのだそうだ。
それに対し、その商人は『私は無実で、ただただ運ぶように頼まれただけだ』と反論している。
だが、追いかけてきた方の数人の男女からすると、『商人が何らかの関与がある事には変わらないから、見過ごせない』と、彼の事を拘束するつもりのようだ。
だが、それは男女数人の方の勝手な言い分であり、彼らが本当に役人かどうかも分かったものではなかった。
だから、商人からするといきなり見ず知らずの者達から身柄を拘束されようとすれば、反抗して当然だとも思う。
よって、彼はその反抗の一手として先ず、周辺へと助けを求め始めたのであった。
『誰か助けてくれ!襲われている!』と。
すると、そんな商人の悲痛な叫びを聞いたエアの身体は、自然とグッと強い力が入り、今にも動き始めようとしていた。
……恐らくは、流石にエアと言えどもまだ距離が遠く、彼らのそんな会話を正確には把握できていなかったのだろうと思われる。
魔力の探知で彼らの様子はちゃんと窺っていただろうけど、数人の男女が商人の馬車の荷台へと無理矢理押し入り、何かを持ち運ぼうとしている様子を察知出来ていたので、きっとエアは勘違いをしてしまったのだ。
だから、この瞬間のエアは周辺の男女達が『盗賊』で、商人はただただ襲われている側なのだと判断しているようだ。
……ただ、そんな両者の状況は耳のおかげで丸わかりだった為、私は直ぐさまエアを引き止めようとその腕へと手を伸ばして掴んだ。
「──ロムッ!!??」
当然、エアは急に引き止められると、『どうして止めるの!?』と言いたげな顔で驚いている。
……だが、それも刹那の事で、エアは瞬く間に思考を切り替えたのか、『ロムが止めたと言う事は、何かを見落としているのかも?』と察してくれたらしく、すぐさま周辺をキョロキョロと見回し始めていた。
──すると、そんなエアは急にハッと何かに気づいたように遠くの空を見つめだすと、とある一方向を見つめながら静かに武器の用意をし始めたのである。
「…………」
だがしかし、そんなエアの様子を見て、逆に驚いたのは私である。
内心では、『えっ!?まさか!?』と言いたくなるような状況ではある。
……そして、暫くするとようやく私にも『それ』がこちらへと近づいている事が分かったのだった。
エアの見つめる遠くの空の先、空の青に映えて、まるで燃えているかの様な真紅の姿が見える。
恐らく……あの存在感はモドキではないだろう。
奴は、正真正銘の『赤竜』であった──。
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