第372話 蒲公英。
のんびりと過ごしていたら、いつの間にか芽吹きの季節がやって来ていた。
訓練も一区切りを告げ、それぞれが動き始める季節である。
私達も、そして傭兵と修道女もだ。
『嬢ちゃんとロムさん。二人のおかげで俺達はもう大丈夫だ。これからは自分達だけでもやっていける。まだ足りてない部分もあるが、それでも旅に出るよ……』
『第三の大樹の森』の中で行った訓練の甲斐もあって、傭兵と修道女は望む力を手に入れた。
……だが、彼の言葉通りまだ完全に会得できたと言う訳ではない。
彼らが当初目標としていた所まで成長するには、まだまだ多くの時間がかかる事だろう。
これから先も、訓練は継続してやっていく事に変わりはないのである。
だが、もしまた以前の様に『マテリアル』の暴走があったとしても、とりあえずはもう私達の力を借りずに彼らは二人で協力すれば元に戻れる様になれたと私は判断したのであった。
傭兵は完全に『マテリアル』の制御ができたわけではないけれど、格段に腕を上げたのだ。
それも、『第三の大樹の森』の中であれば一人でどうにかできる位の高い制御能力を身につける事が出来た感じなので、例えるならば半歩ほどは前進したようなものだろうか。
そして修道女の方も同様に、エアから学べるものは全て教わりきり、これから先は自己研鑽が必要となってくる状態にまで成長していた。彼女の元々の素質の高さもあり、基礎は完全に習得できた感じである。
ただ、彼女もまだ自分の力だけでは彼を元に戻せるほどの力がないので、こちらも半歩前進と言えるだろう。
そして二人共、一人だけで一歩を踏み出す事は未だ適わずとも、二人で半歩ずつ進めばどうにか目標を達成できるまでにはなったのだ。
特に、修道女は面白い成長をしており、彼女の使う【浄化魔法】はこの場所(第三の大樹の森)を再現させる様な効果を合わせ持っていた。
基本的に、私やエアが使う様な普通の浄化は『淀み』を一瞬で消す事に重きを置いて魔法を使うのだが、彼女の場合は最初から『マテリアル』の力を長い時間抑える様な効果を持つのである。
つまりは、それによって傭兵は部屋の外に出ても彼女にその魔法を掛けて貰う事で、外に居ながらも『第三の大樹の森』の中に居る時と同じく動ける様になったのだ。
……それも不思議な事に、彼に使う場合だけなのかは分からないが『増幅』の効果を損なわないままに『痛み』だけを抑えると言うのだから、何とも彼の為にある様な魔法である。
当然、そんな魔法は誰にでも使えるものではないわけで、聞けば逆にその方法で『浄化』を覚えてしまった彼女は、代わりに普通の浄化の方が使えなくなってしまったらしい。……ただ、これについては本人に後悔はなさそうである。
因みに、彼女とこの浄化の話をすると、彼女は必ずと言っていいほどに恥ずかしがって顔を赤くしていた。
『わたしがどれだけ、あの人の事を想って魔法を覚えたのか白状しているみたいで……恥ずかしいんです』と、照れながら笑っていたのである。
ただ、本気でそれだけ彼の事を心配していたからこそ、身についた魔法であると私達は思った。
……誰かを想い、その為に全力を尽くそうとしている彼女はとても立派だと思う。
そう言って屋敷の皆で褒めた所、彼女は更に赤くなり顔を手で覆ってしまったのだが、その姿が何とも微笑ましくて印象的なのであった。
「…………」
そして、そんな二人は今後、各地を旅する予定でいるらしい。
『マテリアル』に対する対処法も得たし、私達も旅に出ると知って自分達も相談してそう決めたのだとか。
因みにその旅の目的は、彼の様に『マテリアル』で悩んで困っている人達を助けに行きたいのだと言う。
……浄化教会が『マテリアル』に対して少し厳しい対応を取っている事をよく知っている二人だからこそ、そこからあぶれてしまう人達も当然居る筈だと察し、そんな人々に助ける為に何かしたいらしい。
当然、そう簡単に上手くいかない事も多いだろうが、せめて困っている人が居れば声を掛けて回り、『マテリアル』に適応した人達の不安を少しでも減らしてあげたいのだとか。
そして、いずれはそんな助けた人達と一緒に、色んな人々の助けになる活動をしていきたいらしい。
『聖人』様に感謝したいだけの傭兵団を作るのも楽しそうだねと修道女は笑い、そんな彼女と一緒に色々な人達と新たな関係を築いていきたいのだと傭兵は語った。
救われたこの命を、今度は誰かを救うために使いたいのだと話す二人は、とても良い表情をしている。
「──嬢ちゃん、あの時、俺を助けてくれてありがとう……」
彼らが旅に出る朝、去り際の本当最後に傭兵はそう言った。
そして、その言葉を告げると直ぐに彼は背を向けてしまい、それからは一度もこちらを振り返ろうとしないのだ。
……ただ、そんな彼の隣で彼の顔を覗き込んだ修道女がクスクスと少し笑っているので、何となく察しはついた。
私達からは少し分かり難かったが、そのたった一言に彼がどれだけの想いを込めたのか、その強面にはちょっとだけ似合わない潤みがその目元には輝いていた気もするのだけれど、……うむ、気のせいだったと言う事にしておこう。
……まあ、修道女が目元を指差すジェスチャーをしているので、屋敷の皆は既にニヤニヤしているのだが。
するとそんな二人に対して、エアが満面の笑みで手を振りながら『また会おうねっ!』と声を掛けた。
そして、エアに倣うように屋敷の皆と私も去り行く二人へと手を振っている。
声が聞こえた修道女は笑顔で振り返ると私達へと手を振り返し、傭兵は背を向けたまま手を上に挙げて背中で応えていた。
彼らは歩き出していったようだ……。
「…………」
そして、彼らの背中が見えなくなった所で、背景達も動き始めた。
……実は、傭兵があんな感じの状態だったために言い出し難かったのだが、本当は私達も今日が旅立ちの日だったのである。だから、空気を読んで時間差でひっそりと出発するつもりです。
「ロム、わたし達も行こっ!」
「ああ、そうだな。まだ少し早い気もするが、そろそろいいか……」
……だがしかし、そうして空気は読んだは良いけれど、結局は街を出る所で再び傭兵達と再会してしまった私達は、『なんだよ!一緒だったのかよっ!』と、目元が少し赤くなった傭兵に後ほどぷりぷりと怒られる事になるのであった──。
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