第370話 為過。
2020・11・14、後半部分、加筆修正。
言い合いをしていた傭兵と修道女を捕獲した私達は、『第三の大樹の森』がある部屋まで走っていた。
──コテン。
「──むっ!?ぶふっ!!」
だが、屋敷の曲がり角の所で私は躓いてしまい、そのまま直進して壁に頭から突っ込んでしまった。
……危なかった、特製ニット帽をかぶっていなければ怪我をしていた所である。
「──ロムッ!?だいじょうぶっ!!」
すると、エアは大人二人が捕獲された白い大きな繭を一旦廊下の壁に立てかけ、私の方へと走り寄ってきた。……すまん、だが平気だ。全然痛く無いから大丈夫である。
だがどうにも私は運動と言うのが得意ではないらしい。……これも不器用が故なのだろう。
因みに、幼い頃から走れば高確率で転んでいた覚えがある。
そんな何百年も昔の事を、今更ながらに思い出した私だった。
……いっそ屋敷の中でも魔法を使って飛んでしまおうかと一瞬思う程だが、流石に迷惑になるかと思ってやめておいた。
ただやはり私は、ほどほどにのんびりと歩くのが性に合っているらしい。
「歩く?」
「……うむ」
そして、エアはそんな私の顔を見ると察してくれたのか優しく尋ねて来てくれた。
……これではまるで本当に私が幼子のように思える。
私は内心で、少し悶える様な恥ずかしさを感じた。
だが、こればかりは仕方がないのだ。
生まれもっての不器用さなのだから、今更どうこう言うつもりもなかった。
成長して忘れかけていた昔の大事な記憶を思い出す良い機会に恵まれたのだと、そう思う事にしようと思う。
……ただ、そんな事をしていると、立てかけられていた白い繭から声が聞こえて来た。
「──嬢ちゃん、それにロムさん?だったか、いったいこれは何のつもりだ?俺達はなんでこんな状態になってる?」
「ここから出してください!わたし達は今、とても大事な話をしていたんです!」
そう言って、白い繭玉から顔だけ出した二人が、何かとても真剣に表情で憤りを伝えて来るのだが、……なんだろう、見た目のギャップからか全然怒っている様には見えない。
でも、彼らがそう言いたい気持ちは十分に伝わってきた。
大事な場面でいきなり邪魔をされれば誰だって起こるのは当然であろう。
『邪魔をしないでくれ!』と言いたげな二人の気持ちが、その表情にはありありと浮かんでいる。
……なので、こうなった原因を聞きたそうな二人にならば、私の話も聞いて貰えそうだと判断し、先ほど二人に言おうとしていた三つの対処法について私は語り始める事にした。
一つ目は『専用の魔法道具を開発する事』で、二つ目は『彼女が回復と浄化を覚える事』で、三つ目は『彼がマテリアルを制御する事』……現状はこんな対処法があるが二人はどうしたいか、と。
すると、私がその話を始めた途端に、二人は真剣に黙り込んで考え始めた。
……本当は互いに別れたくなんかないと思っているだろう二人にとって、この話はまさに暗闇の中に一筋の光を見つけた様なものなのかもしれない。
だが、正直な話どれも簡単な話ではないのだ。どれを選んだとしても大変である事に変わりはないので、じっくりと考えて欲しいと思う。
……因みに、私の個人的なお勧めとしては一つ目の魔法道具である。
「……二つ目でお願いします!わたしが回復と浄化を覚えます!」
「いや、違う三つ目だ!元々は俺の問題だぞ!俺が制御出来れば全てが解決する話だろう!」
「でも、二つ目の方が──」
「いやいや、三つ目が──」
……すると、どうやら二人はあまり魔法道具には興味がないらしい。
それに、どちらかと言うと道具に頼るよりかは自分達で頑張りたいようだ。
ただ、そのせいで今度は二人のどちらがやるかで話が纏まらなくなっているが……まあ、部屋に着くまでには決めておいて欲しいと思う。
そんな二人の話を聞きながら私はエアへと合図を送ってまた白い繭を持って貰うと、私達はそのまま屋敷の廊下を進んで『第三の大樹の森』がある部屋の前まで辿り着いた。
白繭を見るとまだ二人の話はまとまっていないようだが、私達はそのまま気にせず部屋の中へと入って行く。
ただその際、白繭が扉よりも少し大きかったので扉に入る所で繭も解除してしまった。……ここまで来れれば充分であろう。
それによってマフラーから出てきた傭兵と修道女は、部屋の中に自分の足で一歩を踏み出していく。
「……な、なんだ、この場所」
「……きれいな所ですね」
すると、部屋に入った途端、先ほどまで会話に白熱していた二人は急に静かになってしまった。
私達からするともはや見慣れた光景なのだが、二人にとっては勿論そうではなかったらしい。
屋敷の中の扉を開けた先には見知らぬ森があると言う驚きと、その森がとても美しくて感動している……みたいな表情を二人はしていた。
特に、私には感じ取れない微妙な何かを感じ取ったのか、修道女はそのまま瞳を閉じると急に手を組んで『祈り』まで始めようとしている。
……おっとっと、だがしかし、ここで『祈り』をされてしまうとまた何か少し嫌な予感がしたので、私はすぐさまそれを止めるべく彼らに話を振った。
『二人共、先ほどの対処法はどれにするか決まったのか?』と。
そんな私の問いかけを聞いた修道女は、凄く『祈り』がしたかったのか少しだけ残念そうな顔を浮かべたものの、『わたしがやります』と力強く答えた。
この空間で影響を受けるのは傭兵だけかと思っていたが、どうやら彼女も何か影響を受けているらしく、その顔には先ほどよりも自信がある様に見える。
……それも、逆に傭兵の方が少し、この空間には少し居辛さを感じているようであった。
「なんかここ、少し息苦しいぞ……」
そう言って、少し呼吸すらも苦しげである。
……これはいったいどうした事なのだろうか。
──そこで私は、そんな二人の様子を眺めながらじっくりと考えてみた。
……少し前、私がまだ『信仰』の力を受けていた時には、当然各地の大樹も『ドッペルオーブ』を通じてその力の影響を受けていた可能性は十分に高い。
だから、その力を貰い受けて木々も生長する事で、少なからずその力が残っている事も考えられるだろう。
いつの間にかここにある『白い苗木』も、気づけば私が少し見上げる程の大木へと急成長しているし、表面には少し不思議な光沢も出ているので、かなり有り得そうな話ではあった。
だとすれば、私自身の身体からはもう消え去ったけれど、未だ木々の中にはあの『信仰』の力が残っていて、それが修道女にいい影響と自信を与えている事は説明がつくかもしれない。
……だが、そうすると、何故傭兵は居辛そうにしているのだろうか。
この場所は私からすると単純に精霊達が『マテリアル』の影響を受けすぎない様にする為、『浄化』の効力を少し強めに施しているだけに過ぎない。
だから、基本的には精霊達にも人にも悪影響が出ない様になっている筈なのである。
更にいうならば、もし『マテリアル』の悪影響がある時はここに来るだけでそれを抑え込める様な効果まである場所なのだ。
「……ん?」
だが、自分でそれを考えている途中で、ふとして私は気づいた。
『……ふむ、そう言う事なのか』と。
『マテリアル』の効果である『増幅』は、使用者の力を倍増してくれる力なので、逆にそれを抑えてしまうと使用者は力が落ちてしまうのではないか、と。
つまりは、本来の力を『百』だとして、『マテリアル』の効果で2倍に力が出ている時には、『二百』の力がだせる。
だが、逆に『マテリアル』の効果が抑えられて、『増幅』が0.5倍の力しか出せない時には、本来の力である『百』よりも下になり、『五十』程の力しか出せなくなる、という事なのではないかと言う話であった。
──どうやら『マテリアル』に適応した傭兵は、普段からその力の影響下にあるらしい。
これはある意味で、とても恐ろしい現象だとも私は思った。
そして、同時に浄化教会が『マテリアル』をあまり良く思っていない理由についても私は察する事になる。
なにせ、教会がここと似た様なものならば、『マテリアル』に適応した者だとそこに入った途端に普段以下の力しか出せなくなるのだ。
その光景を見た周りの者達はどう思うだろうか。
……これは教会からしたら看過できない問題になっているかもしれない。
「…………」
だが、とりあえず今は彼ら二人の事を考えようと私は決めた。……少し気にはなるけど今はこちらが優先である。
そこで、私はエア達にもその事を簡単に説明しながら、彼には直ぐに『マテリアル』を発動してみて欲しいと頼んでみた。
「『マテリアル』解放……おおっ、本当だな。ここに居るといつもより楽に感じる」
『増幅』で普段よりも力が出ると言う事は、基本的にどこかしら身体に負荷がかかり過ぎているものだと思う。
その為、『マテリアル』を使いすぎると、その負荷で身体を痛めるらしいのだが、今はそれが少なく感じるのだと彼は言った。
「確かに、この場所で『マテリアル』を使ったまま訓練すれば、身体を痛める事なく訓練できそうだ。それにもっと力を引き出す事も、これなら……」
そして、彼も自信が出てきたのか、彼女と同様にやる気が満ち溢れた顔をしている。
……まあ、最初からそうなるんじゃないかとは少し思っていたけれど、結局二人はどちらの対処法もそれぞれ頑張る事に決めたらしい。
──そうして、エアは修道女と回復と浄化の練習を、私は傭兵と『マテリアル』の制御訓練を、それぞれ手伝う事にしたのであった。
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