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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
362/790

第362話 灯台。

注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。

また、作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。




 屋敷の一室へと運んで寝ていた修道女は二、三時間程で目を覚ました。


 ただ、起きてもまだ眠そうにしており、どうやら身体がまだ食事を求めているらしく空腹から目が覚めてしまったらしい。



「……ほんとうに、すみません」



 傭兵から水の入ったコップを受け取りつつ、彼女は謝りながら頭を下げた。

 謝る必要はないと傭兵やエアも言っているのだが、どうやら恥ずかしさから謝りたい気分らしく、彼女は何度も謝っている。



 現状は、目を覚ました彼女の為に老執事達が食事の用意をしてくれているので、その用意ができるまではどうして彼女があんな場所にいたのかと、その話を聞こうとしている最中でもあった。 

 どうやら彼女も助けて貰った事に恩義を感じているらしく、倒れるまでに至った経緯を聞くと素直に答えてくれる。




 それによると、彼女はその衣装からも察しはついていたが、どうやらやはり浄化教会の信徒であるらしく、人並み以上に『聖人』に対して憧れを持つ人物でもあるらしい。


 元々は、かなり裕福な商家の娘だったらしいのだが、あまりにその聖人に対する憧れが強すぎて家を出て教会に入ってしまったのだとか。


 ただそうして教会に身を置く様にはなったのものの、彼女は浄化教会も実はあまり肌には合わなかったそうなのだ。



 ……と言うのも、彼女の『信仰』に対する考え方が周りの者達とは少し違っていたかららしいのである。

 そもそも、基本的に教会の信徒達は『祈り』を軽く捉えている者か、一部仕事として仕方なく行っていて『祈り』を義務として考えている者が殆どだったのだと言う。



 教会の在り方も考え方も、そこある教えも指針にしか過ぎず、絶対のものではない。

 出来る限りで良いので、守ればいい。

 綺麗好きでありましょう。汚くならない様に気を付けましょう。

 聖人の残した言葉を守って、皆で清く正しく生きる。

 それが、基本的な浄化教会の方針であった。



 ただ、彼女の場合はそれが、他の者よりも一歩だけ深かったのである。

 『聖人』の逸話が好きで、『聖人』の教えが好きで、綺麗好きである『聖人』の事が大好きであった。


 その憧れの人と出来るだけ同じ場所に身を置きたいと思ったからこそ地元の教会へと入り、彼女と同様に聖人が好きな同志達と聖人について楽しく語り合って、思う存分『祈り』を捧げたかったのだそうだ。



 ……だがしかし、教会で暮らすにつれて、彼女はその夢が儚い物であると知ったらしい。

 理由を聞けば、誰も彼女程に『聖人』に対して『祈り』を捧げる者があまり居なかったから、だそうだ。



 ──信者なのに、『聖人』に『祈り』を捧げないのは何故か……それは『聖人』より上に、教会では『神』と言う存在が居ると教えられていたからであった。



 ……そう。基本的に教会が『祈り』を向ける相手として信者に教えているのは『神』であり、『聖人』ではないのだ。『聖人』は確かに教会の為に活躍した人物だが、過去の偉人でしかなく、その存在は『神の使い』と言う立場であると考えられ、信者にもそう教えてきたのである。



 つまり、基本的に浄化教会の信者たちと彼女とは『信仰の対象』と言う部分で、考え方が違っていたのであった。

 彼女にとって『祈り』は憧れの対象である『聖人』へと向けたい神聖な行為であり、他の信者達の様にただただ漠然と居るかいないかもわからない『神』と言う存在に向けては『祈り』たくはなかったのだ。



 ただ、それでも彼女は憧れの人物である聖人が愛した場所である『浄化教会』こそが、自分の居るべき場所であると信じて、これまでは生きて来たらしいのである。



 そして、きっと何もなければこの先もそれはずっと続くと思っていたのだと彼女は言う。



 『…………』



 だがしかし──



「──あの日、あの『マテリアル』の騒動が起こった日に、多くの人達は感じた筈です。あの素晴らしき光を……」



 彼女は『マテリアル』と言う力に適応していたわけではない為、直接的な被害は何も無かったのだが、あの回復と浄化の魔法を浴びた瞬間に、彼女は聖人のとある説話を思い出し、今までにない程の悟りを得たのだと言う。



 ……あれは、彼女の大好きな説話の一節であり、『聖人』と、かの伝説の魔獣とが邂逅し、そしてその悪しき存在を改心させ、邪悪な心を払ったとされるあの話の状況そのままであると、彼女は気づいたのである。



 多くの者達が『マテリアル』の邪悪に心を蝕まれ悲鳴をあげる中、彼女は周囲の人達が光によって一瞬でその心の内の邪悪を払われていく姿を見ていた。



 だから、その時の彼女は思ったのだ、あの魔法はきっと『聖人』が齎してくれたものであると。

 そして、影響が世界各地に同時に起こったと言う事を知って、彼女の考えはとある『真実』へと至ったのだ。



 『……もしかしたら、浄化教会の言う『神』の本当の姿とは『聖人』そのものではないのか』と。



 そして彼女は、故郷の浄化教会で『何もしてくれない『神』は実は偽物なのかもしれない!本当の『神』は聖人その人である!』と、独自の理論を広め始めたのだそうだ。



 『マテリアル』の被害にあった者は多く、今回の事で不安に陥ったものは数えきれない程に増えていた。……当然、それによって教会が受けた影響もとても大きかった。対応に追われてとても忙しかったという話も聞く。



 だからそんな中に、新たに唱えられた彼女のその説は、大衆も良く知っている『聖人』の大人気説法である『泥の魔獣を改心させた話』にも掛かる部分があって、多くの人々に受け入れられそうな雰囲気になっていったのだとか。



 だが──



「──ですが、そうしたら教会は、私の事を追放いたしました」



 その思想は教会の教えと合わぬと、彼女は故郷の教会を追われ、街からも、そして家からも追い出される事になったのだと言う。



「……最初は、追放と言う処分に私は絶望をも覚えました……でも」


 

 ……彼女は結局、諦めずに再度教えを広める為に歩き始める事にしたのだとか。


 自分の考えが受け入れられる場所へ──真の『神』である聖人へと『祈り』を捧げるに相応しいと思える場所に向かって、身体と心ひとつで、ただその足を光の先へと進めたのだと言う。



 ──そうして、隣街(・・)から、ろくに準備もせぬまま飲まず食わずで歩いてここまで来た所、案の定この街の路地裏で倒れる事になってしまったのだとか……。



「…………」


「…………」



 ……そんな彼女の話を聞くと、部屋の中には『シーン』と沈黙が流れた。

 そして皆、なんとも言えない表情をしている。

 そんな周りの表情を見て、彼女はまた真っ赤になると恥ずかしそうに顔を伏せ始めた。



 『…………』



 ……確かにまあ、私としてもこの女性はまた何とも色々な意味で危うい存在だと思った。

 それはきっと私だけではなく屋敷のみんなも同意であるだろう。


 傭兵に至っては呆れを通り越してしまったのか、先ほどから口が『パカパカ』と開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。……きっと何かを言いたいのだが、言いたい事があり過ぎて何から言っていいのか上手くまとまっていないのだと思う。



 ──ただ、それもどうやらもう直ぐ復帰しそうで、再起動し始めた彼はクワっと眉を吊り上げると、口も大きく開けて、彼女に向かって全力でお説教をし始めたのであった。



 『なんて考え無しなんだ、あんたは世間知らずが過ぎるぞ!』と。

 『そんな事をすれば追放されるなんて当たり前だろうがっ!』と。

 『それ所か、下手したら殺されてもおかしくなかったんだぞ!』と。



 考え方の違いによって、相手を快く思わない場合はそのまま亡き者にしてしまおうとする事は決して珍しくはない。何処にでも邪魔者は消してしまえば良いと考える者はいるものである。


 実際、傭兵はそれによって命を失いかけた者だった。

 だからこそ、尚の事その言葉には重みがある。


 『浄化教会』と言う、汚れを嫌う特殊な場所だったからこそ、『追放』なんて甘い措置で済んだのかもしれないが、他の場所でならもっと酷い目に合う危険性があったのだと彼は真剣に彼女へと語り続けた。



 それこそ他の街に行けば、教えの件を抜きにしても、先ず『綺麗』なあんた自身を狙う悪党だって沢山いるんだぞと。

 それに、そもそも街から街へと移動も全然だめだと、何も準備しないままに歩くだけでどうにかなる訳が無いだろうと、そりゃ当然倒れもするわと。



 一言一言に『心配だ』と言う想いが強く籠っているその説教は、とても熱く真剣なものだった。

 ほぼ間違いなく本心からの言葉だろうし、彼が彼女を『綺麗』だと思っている事も周りの皆にはよく伝わってきた。……正直、途中からは彼は説教をしたいのか、それとも彼女を口説きたいのか私にも判別できなくなりそうだ。



 ──当然、説教されている彼女の方も、そのせいで違う意味でも赤くなりながら、傭兵の真剣な言葉に耳を澄ませ、彼の顔を真っ直ぐに見つめ続けている。……その表情はどこか少し嬉しそうにも見えた。


 気づいてないのは最早言った本人だけであり、説教に夢中でまだわかっていないけれど、既に周りではお母さん方やエア達もずっとニヤニヤとした笑みを浮かべて眺めている。



 ……結局、老執事が食事を持ってきてくれるまで彼のお説教は続いたものの、終わった頃には不思議と部屋の中は微笑ましい空気に包まれていたのであった。





またのお越しをお待ちしております。

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