第360話 路地裏。
剣闘場へと近道をしながら路地裏を通っていたエアと傭兵の目の前には、一人の倒れた女性の姿があった。
そして、二人の耳には聞こえていないかもしれないが、その女性はずっと何かをブツブツと呟き続けている。
耳を澄ませば、『お腹が減って動けない……だれか、たべものを……』と、言う声が。
……その女性はどうやら空腹さんであるらしい。
浄化教会に属するのか、綺麗な純白の修道女の格好をしているのに、その身体は路地裏の誇りで灰色になっていた。
ただ、その女性はただただ空腹で呻き声をあげているだけではなく、ちゃんと修道女らしく『祈り』もしている様で……。
『……おお、神よ、『癒しの光よ』……再びわたしをお救いください。お腹が減って一歩も動けません……届け、わたしのこの想いっ!』と、祈り続けていた。
──正直私からすると、そんな祈りを届けないで欲しいものである。
……あっ、でも、今また少しだけ力が増えたのを感じた。
こ、こんな祈りでも良いのか。簡単だな『信仰』。ほんとうにそれでいいのか。
「おい、あんた、どうした?大丈夫なのか?おい」
「とりあえず、回復と浄化をかけるね」
傭兵とエアが走り寄り、彼が倒れていた女性を抱き起してエアが回復と浄化をかけると、彼女の格好は一瞬で綺麗になった。
そして、その修道女から覗かせる顔を見た時に、傭兵は思わず『うおっ、美人だな』と驚いている。
倒れた事で多少衣服が乱れたのか修道服からちゃんと覗く美しい金の髪と、空の様な綺麗な青い瞳が相まってその女性の美しさはとてもよく引き立たっていた。地味目な修道服だからこそ、なおさら逆に彼女の綺麗さが映えているとも言えるだろう。傭兵が思わず驚いてしまうのも分かる気はした。
……だがまあ、私はエアの方が何倍も綺麗だと──え?そう言う所が『親ばか』だって?いやいやいや、これはただの事実であるからして……なんだ?君達だって同じ意見じゃないか!……ぶつぶつぶつぶつ……。
「……腹が減ってるだけ?それに金もねえのか?しょうがねえな、じゃあ、俺が何か買ってきて──」
「──ううん!わたしが行って来るからっ!ここで少し見ててあげてっ!」
「あっ、おい嬢ちゃん!……まったく」
私がエアを密かに褒めていると、横から四精霊達が『旦那ー!またいつのもですかーっ!』とちゃちゃを入れて来たので、確りと反論しておいた。……まったく、私以上に君達の方が身内贔屓だろうに。彼らには困ったものである。
──とまあ、その話は一旦置いておくとして、エア達の方へと視点を戻すと、どうやら倒れた女性の為に何か食料を買いに行く流れになっているらしい。
そして、ちょうど傭兵が彼女を抱き起して支えている状態だった為、エアの方がサッと買い出しに走りだしたようだ。……私はエアのお気に入りの古かばんである『被褐懐玉』に食糧が入っているんじゃないかと一瞬思ったのだが、まあ、とりあえずはそのまま様子を眺める事にした。
「……う、うん?……あ、あなたはいったい?」
すると、傭兵が支えていた女性は少しだけ意識がハッキリしたのか、薄目を開けると弱々しくも力を振り絞るかのように傭兵へと誰何している。
傭兵は彼女が目を覚ました事に気づくと、強面の顔をクシャっとさせて微笑み、彼女に声を掛けた。
「──あっ、気が付いたか。待ってろ。今、俺の連れがなんか食い物買いに行っているからな。……あんた、腹が減ってんだろう?」
「……あっ……はい、すみません。こんな見ず知らずの、わたしなんかの為に」
「言うな言うな。無理もすんな。顔色が良くねえ。話は後で、腹が膨れたら聞くからよ。連れが帰ってきたら声かけるから、もう少し休んどきな」
「……はい。ありがとうございます」
「……な、なに、大したことじゃねえよ。気にすんな」
見つめ合う修道女と強面の傭兵の図は中々……なんというのか、少し近寄り難い雰囲気があった。
弱々しい修道女を励ます傭兵の男らしさに、美しい修道女は惹かれている様に見えるし、その修道女の美しさに純粋に傭兵も見入っている様な……そんな何とも、『二人だけの空間』みたいな空気が形成されており、私もあまりここに居てはいけないんじゃないかと言う気分になっている。……これはちょっと席を外した方が良いのかも知れない。
……それに、近くの屋台から果物等を幾つかと美味しそうな匂いが漂う肉串をもって、大急ぎでエアも帰ってきたのだが、路地裏に入る所の角からその二人の姿を見ると『……うっ』と、入り辛さを感じて足を止めてしまっていた。
エアは、場の空気を読める大変に素晴らしい子である。
良い雰囲気の二人を邪魔しない様に、路地裏の角からそーっと眺めていた。
その表情を見るに、どうやら興味もあるらしい。
『ぐ~~』
……だが、そうして少しだけ見ていると、倒れている彼女のお腹の自己主張は、路地角にいるエアにまで聞こえたらしく、このままだとお腹が空いて具合が悪そうにしている彼女の苦しみを長引かせてしまう事になるとエアは気づいたらしい。
なので、仕方ないかとエアは思ったのか、ここはもう一気に行くしかないだろうと、エアは気合を入れ始めている。
思わぬ音量でお腹が鳴ってしまった事で恥ずかしそうに顔を赤らめている修道女と、そんな彼女を男らしくも励まし続けている傭兵との間で、ゆっくりと育まれるほのかに甘いそのやり取りを、私の傍にいる四精霊達はもう少し眺めて居たいとぼやいてはいるが、エアは元気よく『おまたせーっ!』と声を出すと彼らの方へと急いで走り寄って行った。
「……とりあえずは柔らかめの果物類とか食べれそうな物を買って来たよ!それで、もし大丈夫そうならこっちに肉串もあるけど、こっちはいきなり食べない方がいいかも!ゆっくりと食べさせてあげて!」
「おうっ!嬢ちゃん、ありがとうな」
「……あ、あの、すみません」
「ううん!いいからいいから。ゆっくりと食べてね。お腹が凄く空いている時に一気に食べちゃうと気持ち悪くなることもあるし、充分気をつけてね」
「……はい、ありがとうございます」」
腹ペコ修道女はそうお礼を言うと、傭兵に皮を剥いて貰った柔らかい果物をゆっくりと口に含んで、少しずつ少しずつ食べていった。
そんな彼女の介助をしている傭兵の姿は、なんとも甲斐甲斐しく頼もしい。
修道女は彼のそんな姿にボーっと見惚れている様な雰囲気である。
そんな修道女の顔を見て、四精霊とエアが一緒に『あっ』と小さく声を出し、一歩二歩と後ずさって邪魔をしないように二人から距離を取り始めた。……そうかそうか、よし、私もそれに続こう。
──そうすると、少し薄暗い路地裏の中、何かが始まりそうな瞬間を期待しつつ、私達は極力気配を消しながら二人の様子を観察し続けるのであった。
またのお越しをお待ちしております。
『ここ暫くの定期報告について』祝360話到達!
本当は毎回書きたい10話毎の定期報告なのですが、やはり何か確りとした報告がある時だけの方が良いかと思い直し、少し自重しておりました。
『目指せ書籍化!』←本当はこれを、『皆のおかげで書籍化できました!』と、報告できる様になりたい。
……その為にも、決して緩まず地道に突き進んでいきたいと思います。
読んでくださる方々にもっと良い報告が出来る様に、これからも油断なく頑張って参りますので、どうか引き続き『鬼と歩む追憶の道。』の応援よろしくお願いします^^!
更新情報等はTwitterで確認できますので、良かったらそちらもご利用ください。
フォロー等は出来る時で構いませんので、気が向いた時にお願いします。
@tetekoko_ns
twitter.com/tetekoko_ns




