第358話 空漠。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また、作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
傭兵の一言によって『白銀の館』の食堂の中は『シーン』と静まり返ってしまった。
「…………」
「……あっ、いや、今のは……その、すまん」
すると、エアや屋敷の皆が『しゅん』としている姿を見て、逆に傭兵はハッとして冷静になったらしく、直ぐに自らの発言を省みて謝りだしていた。
……どうやら、言いたくて言ったと言うよりは不機嫌さから堪えきれずに思わず出てしまった一言であったらしい。
『屋敷の人達はただ祝っていただけなのに、部外者の俺がしゃしゃり出てぶち壊すような事をいっちまった。それも恩人に向かって憤るなんて……。この人たちにイライラをぶつけるなんて間違っているだろう。俺は馬鹿か』と、その表情は自らを責めているかの様に、凄く申し訳なさそうであった。
「……ううん、確かにわたし達も少しはしゃぎ過ぎてたと思うし」
「そうですね。わたくし共もこの屋敷の者に被害が無かったからと言って、あまりに不謹慎でございました。お客様、ご不快な思いをさせてしまい大変に申し訳ございません」
屋敷の皆も、老執事が言う通り被害が無かったからこうして喜んでいられるのだと気づいたようで、この屋敷以外の人は大変な目にあっていたのだろうと察し、あまり浮かれていい問題ではなかったなと反省したようだ。
誰かが悪いと言う話ではなく、それぞれが反省するべき点に気づいて、申し訳ないと感じているらしい。
私からするとどちらも謝る必要なんて無いとは思うのだが、互いに謝れると言うのはそれだけでとても尊い関係だとも思うので静かに見守る事にした。
両方が『むっ』として、憤りのまま相手を非難し、関係が拗れてしまうなんて事態になっていた可能性も無くはないのだ。
もしそんな事になっていたら、話の発端は私の話題が原因でもあったので、とても悲しい想いを抱く事になるところであった。皆が優しく気遣いが出来る人達ばかりであった事を私は嬉しく思う。
ただ、怒りこそは無くなったものの、傭兵は未だにエア達の話で気になった部分があるらしく、それについて尋ね始めた。
『世界各地に、回復や浄化の魔法を使ったのは本当に嬢ちゃんの師匠なのか』と。
『それでもし、そんなことが出来るのであれば、その人は本当に人なのか?例えエルフだとしてもいくら何でもおかしくないか?』と。
……どうやら彼の話によると、最近巷ではあの魔法は『神の奇跡』や『神の癒し』等と呼ばれているらしく、浄化教会などでは特に『聖人が齎した清浄の調べだ!』とか言って、これまでにない位に崇め奉っているそうなのである。
彼らはあの魔法で、今までは居るかどうか定かではなかった『神』の存在を確信したらしい。
そして、そんな『神』に感謝を伝える為に、あの光に救いを得たと感じた者達には教会で祈りを捧げる様に言い広めているのだとか。……実際、あれから浄化教会への寄進などもかなり増えたらしい。
どうして一傭兵である彼がそんなにも教会に関して詳しいのかと言えば、浄化教会は何かと『マテリアル』に対して厳しい風潮がある為に、『マテリアル』に傾倒している彼自身が、下手に揉め事に巻き込まれない様にと普段から情報収集をしていたからだと言う。
私は彼のそんな話を聞いて、道理で幾ら抑えようと思っても中々に制御ができないと思っていたこの力の原因について知ることが出来た。
現状も次から次へと力が増えている状態なので力が安定しない為に、まだ当分は抑えきれないのだろうと私は察したのである。
私が元に戻る為には、今の状態がもっと落ち着いてからではないと無理そうであった。
「でも、ロムは自分の事をただの魔法使いだって言うよ。神とかそんなあやふやな者じゃないって。泥に塗れて、這いずり回って必死に生きて来ただけの野生の魔法使いだってよく言ってるし」
……ただ、そう言ってくれたのではエアだ。流石である。
傭兵の疑問に対して、エアは微笑みながら首を振ってそう語ってくれた。
私の昔語りをずっと聞いて来たエアは、誰よりも私の想いを分かってくれているようだ。
実際、私は『神』だなんだと言うのがあまり好きじゃないし、この『信仰』だなんてあやふやな力も嬉しくはないのである。
だから、エアの言葉は私としてはとても有難かった。
「──だがよ、嬢ちゃん。もしそんな魔法使いがいるのだとしたら、それはもう『普通』っていう枠組みで捉えるのは失礼なんじゃないのか?」
「え?どうして?」
「だってよ。そこまでの存在ならば、もう他の魔法使いとは一緒には扱えないんじゃねえか?『神』だなんだとまでは言わないけど、嬢ちゃんとしても師匠がちゃんと評価された方が嬉しいだろう?評価されるべき人がちゃんと評価されて、多くの人達から慕われ、称賛されるのは当然であって欲しいと俺は思うんだがなぁ。嬢ちゃんから見て、師匠はそう思われるべき人じゃないか?」
「……うーん」
「……?違うのか?」
「ううん、違わないけど……」
そう傭兵から問われると、エアの表情には少しだけ葛藤が見られた。
『自分の大切な人が、他の人からも大事に思われる事は嬉しい』……が、私と言う人物がそれをあまり望んでいない事を知っているので、なんともエアとしては返事がし辛いのだろうと思われる。
不本意ながらもエアを少し困らせてしまっている様で、私としてはなんとも苦笑せざるを得ない状況だった。
なので、一応は『エアの好きに答えていいんだよ』と、魔力で想いを伝えておいた。……今の私だと上手く干渉ができず上手く伝わらないだろうけど、そう伝えておきたい気分だったのだ。
それに、『評価』と言うものはまた難しいものである。基本的に本人の望む望まないに関わらない所で自然と勝手に決まってしまう事も多い話だ。『信仰』の力と一緒で、私としてはどうする事もできないものである。
だから、基本的になんと思われようとも私はあまり気にしない事に決めていた。
気を付けておかなければいけないのは、どう思われようとも、自分がどうありたいかを自分で確りと決めておく事である。……自分がそれさえ見失わなければ、どう評価されようとも私はいいのだ。
──ただ、前々から私の事を若干『神聖視』しかけている節があった老執事や屋敷の者達は、そこである種の閃きを得たのか、『わたし達も実は前々から、あの方の事を神に相応しいお方だと思っていたのです!』等と、なんともとんでもない事を言い始め、不思議な盛り上がりをしていたのは、流石に少しだけ動揺せざるを得なかった私である。
……ま、まあそのおかげで、結果的には傭兵とも自然と仲直りしたような雰囲気になり、楽し気に話が出来る様になっていたので……『たぶん、これで良かったのだろう』と私は思う事にしたのであった。
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