第356話 誰。
「この街がそうなのか?嬢ちゃんの屋敷があるってのは」
「うん、ここだよ」
「ほー、なんか熱気がある街だな。寒いのにも関わらず人が多いし」
エア達は目的の街へと辿り着き、街の中をズンズンと歩いている。
傭兵の男は初めて来た街の様子をキョロキョロと見回すと、率直な感想を告げた。
気候的な違いはあるだろうが、それにしても人通りが多い事が気になったらしい。普通、他の街であればもっと、この時期に外出する人の数はもっと少なくまばらになっていてもおかしくないのだ。
「うん。きっと剣闘場があるからじゃないかな?有名らしいよ」
「あー、そうか。聞いた事があったな。向こうの大陸よりこっちの大陸の方が『剣闘士』が人気だったか」
「うんうん。それに、この時期は年間のまとめっていうか、ランカーの順位が熾烈に争われる時期だからね」
「ああ、なるほど。各街ごとの剣闘士のランキングか……確か、上位十人に入ると報酬も一気に違うとか聞いた事がある」
「らしいね」
「そうか。それで街の住人も剣闘場によく足を運ぶってわけか。……嬢ちゃんも良く見に行くのか?それとも魔法使いだからあんま興味ねえか?」
「あるよ!よく行く!……ふふっ」
「へー、そうか。お気に入りの選手が居たりするのか?」
「まあね~」
エアはどことなく悪戯な笑みを浮かべつつも、さり気ない感じで傭兵の男にこの街の剣闘士達の事を話し続けた。
『ここの街の剣闘士達は強いらしいよ~』とか、『他の街からも態々足を運ぶ人が居るんだって~』とか、そんな言葉を聞く度に傭兵も段々とウズウズしてきて『見たい欲』が高まっているのが、はたで見ている私にもよく分かる。
まあ、そんな話はしているけれども、エア達は目的地である『白銀の館』へと向かって確りと歩を進めていた。もし剣闘場に見に行くとしても、先ずは当初の目的をこなしてからである。
ただ、『その後でも良かったら、わたしが剣闘場まで案内しようか?』とエアが傭兵へと尋ねると、『おお!そりゃいいな!』と傭兵の男は嬉しそうに微笑んだ。やはり見に行きたいらしい。
そして、そんな傭兵の嬉しそうな顔を見ると、エアも微笑んでいる。
……どうやらエアのその表情を見るに、ここまで一応は護衛役として来てくれた傭兵の男に何かしてあげたくなったようで、剣闘場を案内する事で喜んでもらおうと考えている様に見えた。
『何かをして貰ったら、何かをお返ししたくなる欲』であろう。私もよくなるのでその気持ちはよくわかる。
だが、エアの場合は自らがその剣闘場でかなりの人気を博している事は、まだ傭兵には黙ったままであった。後で知らせて驚かすつもりなのだろうか。……どうやらサプライズもちゃんと用意してあるらしく、流石はエアであると私は思った。
──そうして、街の話も交えて歩いていると、街の入口からはさほど遠くはないが、剣闘場とは反対側にある住宅地区の少し大きなお屋敷へとエア達はあっという間に到着した。
ここが通称『白銀の館』である。
……因みに、建物自体は『白銀色』でもないので、屋敷の者だけがそう呼んでいるだけなのだが、それはここだけの秘密だ。
「ただいまー!」
そんな『白銀の屋敷』の入口の扉を開けて、エアは屋敷へと顔を覗かせる。
「──おや!……おかえりなさいませ、エア様」
「エアさんおかえりー!」
「えあちゃーん!」
すると、これまた丁度良くエントランスの前を通りかかる所だったのか──屋敷の老執事や目付きの鋭いお嬢様メイド、お母さん方と子供達がそこには居り──屋敷の皆はエアに気づくと微笑みを浮かべて出迎えてくれた。
彼らに少し似せて作った各自のゴーレムくん達もそれぞれの足元で、チョコチョコと軽快に動きまわっている。……みんな元気そうで私も一安心した。
「えっ……」
──だが、その直後、エアに続いて入って来るだろうと思っていた人物が、想像していた者と違った為に、屋敷の皆はピタッと固まると、全員が揃って屋敷に入って来た傭兵を『ポカン』とした表情で見つめ出した。
「あー、その……お邪魔します?」
いきなり見知らぬ者が入って来たらそりゃ驚くだろうと傭兵自身も思っていたようだが、それにしてもなんか思っていた以上に場の空気が固まっている為、傭兵は凄く入り辛そうにしている。
傭兵を見る皆の表情は言うまでも無く『だれ?』と物語っていた。
「……えっとー」
そんな独特の空気感の中、流石にどこから話を切り出していいのかと、エアも若干迷いが見える。
だが、そうしていると『彼がどこの誰か』とか言う事よりも、『私がエアと一緒に居ない』事や『見覚えのある白いローブをエアが着ている』事を誰よりも早く気づいて、自分なりにその意味を察したらしい老執事が、一瞬だけ悲し気な表情を浮かべている事に私は気が付いた。
……そして、彼は他の皆がそれに気づくよりも前に再び表情を元に戻すと、普段の朗らかな表情で皆へと声を掛け始めたのである。
「さあさあ、エア様もお帰りですし、お客様もお見えの様です。なので皆さん一旦食堂でお茶にしましょう。作っていたお菓子もそろそろ焼き上がるでしょうし、それを食べながらまた旅の話を聞かせて貰いましょう。さあ、エア様も、お客様もどうぞこちらへ──」
屋敷の皆へと、私の事を説明しようとしてしたエアの様子を見て察してくれたのだろう。困りかけていたエアを見て老執事はすぐさまそう言ってくれた。
そして、そんな素敵なお誘いを頂いたエアは子供達やお母さん方と一緒に『お菓子とお茶!』と楽し気に言いながら、食堂へと嬉しそうに歩き始めている。
残された傭兵は『……エア様?やっぱあの子は貴族なのか?』と呟きを漏らして少し困惑していたけれど、『詳しい事はあちらで説明しますので……』と老執事に囁かれると、エア達の後を追って彼も一緒に食堂へと向かっていった。
──そんな皆の姿を見て、いつものことながら私は、老執事の偉大さに心の底から頭が下がる想いを抱くのであった。
『……本当にいつもありがとう』
私のそんな声は屋敷に居る誰にも届く事は無かったけれど……不思議と何かを感じたのか老執事は少しだけ立ち止まり、こちらへと一度だけ振り返ると、その場で少しだけ遠い目をしてからまた前を向いて歩き出したのであった。
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