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鬼と歩む追憶の道。  作者: テテココ
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第355話 隙間。




 夜も更け、エアは傭兵の男と交代して眠りについた。

 辺りはエアの魔法で温度が保たれている為に十分に暖かい。


 男は大きな欠伸を一つすると、白いローブに身を包み大きな木に背を預けてすやーっと眠りに落ちたエアを見ていた。……どうだ、凄いだろう。


 エアの寝つきは中々に早いのである。冒険者として、どんな場所でも眠れるようにと、この十数年で鍛えた部分でもあった。男はジーっとエアを見ているが、恐らくはその寝つきの早さに感心していると思う。



「……誰かと話してなかったか?」



 その時、エアが完全に寝付いたところで、男のそんな小さな呟きが聞こえて来た。

 ……男は寝ていたと思ったのだが、どうやら先ほどのエアの話し声が少し聞こえていたらしい。


 男は不思議そうな顔をしつつ、キョロキョロと辺りを見回したり、バウや白い兎さんの様子を窺ったり、エアの身体を注視したりしていた。


 ……因みに、彼は旅をして暫く経つまでは、バウの事を本当にエアのヌイグルミだと思っていたらしく、とある日に偶々バウが『バシュンッ!』とクシャミをしてしまった時には『うおおおおお!動いたああああ!』と、心底腰を抜かしていたのである。



 それ以来、一応この男もバウが『本物』なのだと言う事を知ってはいるのだが、普段からあまりバウや白い兎さんに関しては彼もエアに深く詮索はしてこなかった。

 精々『本当は生きてるのか?』『ずっとヌイグルミのフリをしていたのか?』と言う確認を取ってくる位である。


 本来はもっと気になって聞きたくなってしまうものだろうが、なんの為にヌイグルミのフリをしているのかを考えて、彼もそこは察してくれたのだと思う。



 ……ただ、今回ばかりはそんな彼も、エアが『誰と話をしていたのか』が気になったのか、ちょっとだけその顔には好奇心が窺えた。エアともだいぶ仲良くなったし、ちょっとくらいは探っても怒られないだろうと言う悪戯心と、不寝番の時間がちょっとばかし暇だったからその時間潰しになればくらいのお遊び感覚なのだと思う。



 最初は本当に軽い気持ちで、エアと誰が会話しているのかが、ふと気になっただけなのだろう。


 ……だがしかし、その途中でバウや白い兎さんの様子を窺った辺りから彼は冷汗をかき始めていた。

 二人の様子からエアよりも早くからぐっすりと眠っていた事に気づき、エアの会話相手はそのぬいぐるみ二人ではないと、恐らくは彼が気づいたからである。


 つまりはそうすると、エアが先ほどまで会話をしていたのは、『ただの独り言』だったのか、それとももしくは『今この場には、何か彼の知らない他の誰かが居る』のどちらかという事になるのだ。


 ……正直、彼からしたら、そのどちらも少し怖かったのだろう。表情はいつの間にか少し真剣なものになっていた。


 深夜の時間帯、辺りは暗闇に包まれ、目の前には焚火の淡い光しかない状況。

 そして、仲間が知らない何かとお喋りをしていた……。

 起きているのは自分一人……。

 何かお化け的なモンスターが潜んでいてもおかしくはない雰囲気に息も詰まる……。

 エアの魔法で周囲は暖かい筈だが、何故だか先ほどよりも肌寒く感じていそうだ……。



「……ゴクリッ」



 『大の大人が、それも強面の歴戦の傭兵が、お化けが怖いのか?』と、見ていた私は思わず尋ねたくなったが、声もかけられないし彼の喉からは酷く大きな唾を飲む音も聞こえて来たので、暫くはこのまま見守る事にした。……よく分からないが、何故か突然面白い光景が始まったのである。



 私がもしここで、『わっ!』と少しでも声をあげられれば、その途端に彼は飛び出して逃げ出してしまいそうな雰囲気すらあった。

 ……まあ、今は出来ないし、出来てもやりはしないのだけれど、何となく彼を見ているとそんな悪戯心が少しだけ私も疼いてしまう。



 ただ、それとは別に彼のその姿は私からすると凄く好意的に映った。

 恐れを抱き、ちゃんと考えながらも慎重に行動できる者は長生きができる。

 これは地味に冒険者としても傭兵としても大事な素質だったりするのだ。


 彼は今、そろーりそろーりと恐怖の原因を探っている最中である。

 『化け物の叫び声かと思ったら、本当はただのすきま風の音でした!』みたいな、そんな安心を得る為に、傭兵の男は今、細心の注意を辺りへと払っていた。


 一度気になってしまうと確認せずにはいられない彼の心境は私にもよく分かる。

 だから、彼がエアの手の中にあるその──エアが仕舞い忘れていた──白いゴーレムの姿を発見して、『ホッ』と安堵した表情になった時には、私も一緒になって『ホッ』としてしまった。



「…………」


「…………」



 だがしかし、傭兵は安堵している途中で、その白いゴーレムが自分の方を見上げている事に気づくと、彼は再び息を止めて真剣な顔をし、様子を窺い始めた。


 ……彼はもしかしたら、この白いゴーレムをゴーレムだとは思わず、ただの人形か何かだと思っていたのかもしれない。


 そして白いゴーレムと傭兵の男は、そのまま暫くお互いにジーっと見つめ合っている。

 ……私は正直、そんな光景が面白くて面白くて、内心で笑みを浮かべていた。

 第三者目線からすると、何をしているのだろうかと思わずにはいられない状況なのである。


 ただ、このまま放っておくと朝までずっと両者共に見つめ合って、彼は特に警戒し続けそうな雰囲気もあった為に、そろそろ安心させたくなり私は白いゴーレムに『彼に手を振って挨拶してあげて欲しい』と頼む事にしたのであった。



 すると、その白いゴーレムは『了解しました!』とでも言うかのように素直にコクリと頷くと、彼に向かって小さい腕でピョコピョコと手を振り始めてくれる。



「──やっぱ、うごっいた!?」



 するとその瞬間、傭兵は自分の口を手で覆いながら、驚きを押し殺した。

 傍でエア達が寝ている為に、驚く声を抑えてくれたらしい。……彼は気遣いさんだな。


 そして、向こうが手を振ってくれているならば、こちらも振り返さなければ失礼にあたるとでも思ったのか、強面の傭兵は小さな白いゴーレムに向かって、律儀に小さく手を振り返すのだった。




 ──そして、その翌朝。



「嬢ちゃん!昨夜はビックリしたぜ!あんなゴーレムが居るなら居るって教えておいてくれよ!なんか見られている様な気がして、いつもより警戒しちまったわ」


「あー、ごめん!仕舞い忘れてた!」


「……まあ、次気を付けてくれればそれでいいんだけどよ。そこまで出来の良いゴーレムも初めて見たもんでな。ほんの少しだけビックリしちまったんだわ。ほんの少しな。それに、そいつって嬢ちゃんが寝てても普通に動くのな?嬢ちゃんが寝ている間、そいつ俺に向かって手を振って──」




 朝の食事も終えて、昨夜の事を話しながら、傭兵とエア達は今日もまた元気に走っている。

 目的地である『白銀の館』がある街まではもう目と鼻の先と言う所まで来ているので、若干今日は走るペースも抑え気味で、軽く話を交えつつとても楽し気な雰囲気だった。


 そんな彼の姿を見て……まあ、昨夜の傭兵の驚きが本当に少しであったのかは、胸の内にそっと秘めておく事にしようと思う、私なのであった。





またのお越しをお待ちしております。

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